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金閣寺

"しかし今までついぞ思いもしなかったこの考えは、生まれると同時に、忽ち力を増し、巨きさを増した。むしろ私がそれに包まれた。その想念とは、こうであった。『金閣を焼かねばならぬ』"1956年発刊の本書は、実際の事件をもとに硬質、精緻な文体で描かれた著者の代表作にして近代日本文学の代表傑作。

個人的には主宰する読書会の課題図書として学生の時以来、数十年ぶりとなる再読をしてみました。

さて、そんな本書は1950年に実際に起きた『金閣寺放火事件』を題材に、子供の頃から父親から繰り返し金閣寺の美しさを聞かされ、いつしかその美に取り憑かれた生来の吃音をコンプレックスにしている溝口が、父親の友人が住職を務める金閣寺に入り、修行生活を始めて成長していくうちに、いつしか【金閣寺に焼かねばならない】と放火行為にいたるまでを一人称告白体で描いているわけですが。

既に様々な解説がされている本書ですが。個人的な再読の印象としては、学生の時に読んだ時は【描写の美しさ】に圧倒されつつ、当時年齢の近かった溝口には全く感情移入できなかった記憶があったのですが。再読して溝口の父親や金閣寺住職に近い年齢になった現在、今度は溝口の金閣寺はもちろん【何かや誰かに対して依存し、反応を期待する】ことで自身の存在を再三確認する"ぼんやりとした不安"(by芥川龍之介)所在なさげな様子が印象に残りました。

また、直接的な取材は『金閣寺側に断られた』らしいのですが、金閣寺の内部描写や修行僧の生活、京都各地の様子など、実際の事件を含めてかなり取材して描いたのが本書全体からも充分に伝わってきて、河上徹太郎の"これは『足で書いている作品』との評価にも納得。しかしこれを30代前半で書き上げたのですか。あらためて才能に驚かされると共に、やはり【ノーベル賞をとって欲しかったな】そんな事も読後に思ってしまいました。

著者の代表作、あるいは近代日本文学の傑作として。また自我に悩む若者や、京都観光のお供の一冊としてオススメ。

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