見出し画像

ベトナム国内の組織にいてわかったこと

先日、日本人の友人と話していて、ベトナム人の上司に提案も含めた報告書を提出したが、特に意見や感想も無かった。「あなたの感想が欲しい」と言うと、変な顔をされた、と。そういった経験から、報告書をもとに、何かしらの建設的な議論をする習慣がないのか?そもそも、ベトナム人(特にマネージャー)は報告書に意見を述べる習慣が無いのだろうか?という話になった。

確かに、私自身もよく業務報告書や出張報告書を書くことがあり、上司含め同僚にも全員共有するが「OK」と一言。もしくは「これは良いレポート!でも私は厳しいから90点!」(←根拠は?w)だけ。もちろん、「あれ、伝わっているのかな」とか「何かしらのアクションは無いのかな」と思うときもあるけれど、私自身は「報告書」はあくまでも「報告するためのもの」と割り切っている。もしくは、必ず読んでほしい考えや提案があるのであれば、「どうやったら、読みたい報告書が作れるか?この想いが伝わるのか?」を考える。議論が必要であれば、「私はこの地域の現状課題はこうだと思っており、こういう目標と数値を持って、こういうことを行っている。ただ、この部分では、あなたのこういったサポートが必要だ。」と、より具体的に、自分が相手に求めていることを伝えていく必要もあると思う。なんせ、ただでさえ行事や情報量が多い部署で、個人の時間は貴重だ。

何より、ベトナム人は自尊心が高く、主観的に物事を考える人々だ。場合によっては、予め時間を決めて、場所を決めて、参加者を決めて(理由と共に)「この報告書をもとに、意見交換の場を持ちたい。その意見交換の目的はこれで、あなたはこういう経験があるから、こういう立場で参加してほしい。」と伝えると、理解してもらいやすいのかもしれない。

正直、勤務先からの日々のスケジュールに関しても、いろいろ急なことも多い。前日に数日間の出張を伝えられるときもあるし、直前になって気が変わったのか「この配置を変更する」と強行突破するときもある。これは、ベトナム人のマネージャーの能力や経験というより、「仕組」の問題の場合もあるので、その「仕組」や「環境整備」から考えていく必要もあるのかもしれない。(例えば、いくら相手からの予定の伝達が急でも、相手に「もっと前に教えて」と言う前に、「相手は相手」と割り切り、自分自身のスケジュールは前もって細かく伝えるなど、先に行動で示したり、報告書の書式をよりグラフ化・可視化したものを共有して「わかりやすい」と体感してもらうこと等)

こういった一連の会話から、個人的な考えではなく、ベトナム人の組織体制やマネージャーについてより調べたくなり、「ベトナム人 マネージャー」「ベトナム人にとっての良いマネージャー」と検索してみたが、出てくるのは「ベトナム人を上手くマネージメントするコツ」「ベトナム人の社員と良い関係を築く方法」「ベトナム人の社員を社内定着させるためには?」など、前提がマネージャーは日本人、雇用される側がベトナム人、そして日本語だから当然かもしれないけれど完全に日本人視点のみ、もしくは「ベトナム人マネージャー向け管理者強化プログラム」などで、なかなか、「ベトナム人上司と良い関係性を築くコツ」であったり、「ベトナム人にとっての『良い』マネージャーとは?」が見えてこない。

ベトナム人の意見が知りたい。

同僚に、唐突だが「あなたにとっての、良いマネージャーと悪いマネージャーとは?」を聞いてみた。この「同僚」というのは、以前語学学校で20名の講師陣をまとめていた元マネージャー(当時26歳)で、現在は政府観光局・開発センターにて同じ広報部署に務める女性だ。(現在28歳)

26歳の時点で、20名の国際色豊かな講師陣をまとめる役割、そんな彼女の能力と向上心がそもそも凄いのだけど、そんな彼女にとっての良いマネージャーと悪いマネージャーは以下だ。

良いマネージャー
・高い経験、技術、知識を持っている
・チームの全員をまとめることができる
・数値目標を達成できる
・傾聴力がある

悪いマネージャー
・自分のことしか考えない
・数値目標だけ達成すればよいと考えている
・個人的な意見を押しつける
・チームが成長しない
・お金と権力で全て解決しようとする

20名の講師陣も、そんな彼女に慕っていたそうで、「私は、マネージャーとして、数値目標は達成できておらず、そこは上手くいかなかったけど、チームをまとめることや全員の意見を聞くこと、人として接することには長けていて、自分でも誇りに思っている」と言っていた。このような話を聞き、私は改めて彼女を尊敬した。そして現在、一緒に働いていて誇りに思う。残念ながら、そんな若い素晴らしい能力や才能、可能性も、その上のポジションにいる人々の「数値的な目標圧力」「個人の見解」によって押し殺されていた。もちろん、仕事として「数値的成果」は当然大事なのだが、社会主義国ベトナムで、能力や知識があり、これだけチームの成長を考えられる人はとても貴重な気がする。数年後、彼女はストレスを抱えて、語学学校のマネージャーという立場を去った。(同時に、3割の講師陣も彼女と一緒に学校を去ったという)

ベトナムは、圧倒的に「プレーヤー」が多い世界だ。プレーヤーとして、自分のキャリア向上意欲は高い。ポジション、セミナー登壇、院卒、祭典時の発表など、ネームバリューに拘る。知識は、持ち合わせている人々も多い。しかし、「マネージャーとしての立場」、つまり「マネージャーとしてチームの他のメンバーの成果を高められる」人々、「チーム全員の各業務へのフィードバック」や「モチベーション管理」等ができる人は?というとまだ少ないように思う。これは、政府組織のみならず、民間企業でも同様だ。「企業文化」の歴史が浅く、その仕組みがまだ出来上がっていない。

ちなみに、驚いたが「世界全体で見ると、政府で働く人間のうち30歳未満は、わずか2パーセントしかいない」らしい。この2パーセントの中に入る、向上心溢れる人物数名に囲まれた私は幸せだ。

一番最初の、ふとした「疑問」や「違和感」に戻るが、日々の自分の業務で、目の前で何かが起こったときに、その相手と自分の関係性や立場、お互いの知識や能力の把握はもちろんだけど、そもそも組織全体の「仕組の問題」もあるのかもしれない、と考えてみるのも良いのかもしれない。完全にトップダウン型なのか、部署の役割が明確なのか、昇給制度や人事制度(そもそも確立されているのか?)、現在の局長や社長は、どのような経緯で今の立場になったのか?など。政府組織は、残念ながらまだまだ金とコネの世界だというのは否定できないが、人柄を尊敬する人もいる。

同時に「仕組みの問題」はチャンスでもある。少し組織の話からそれるが、ベトナム人は地図を読むことが苦手だ。場所は全て、通りの名前で覚える。オススメのカフェやお店も、例えば知り合いが運営している、会社で繋がっている、家族のオススメ、等、人がそこに媒介している。Google Mapは信用していないし、そもそも掲載されていない路面店、名前すらない路面店も多々ある。それ自体、つまり「知り合いのオススメを絶対的に信用する」「友人のお店を案内する」など、「人の媒介」は、現代の先進国で薄れているものなので、すごく尊敬し羨ましい点でもあるが、時に訪越外国人(ベトナムを(観光や仕事で)訪れる外国人)にとっては、厄介なものでもある。その為、どちらの事情も知る自分がここにいる意義がある。

何よりも、異文化、異国、異言語での生活だ。私自身も、まだまだ駆け出しの、試行錯誤の日々であり、とにかく学び続けなければいけない。その際、主観的に捉え(自分のベトナム語ができないから、人間関係構築が上手くできないから等)自身を成長させていく必要はもちろんあるけれど、同時に、もう少し大きな枠組みで所属組織や社会を見てみるのも面白いのかもしれない。

何よりもそうした記録を残し、今後に生かすためにも、書き続ける。

創造の場所であるカフェ代のサポートを頂けると嬉しいです! 旅先で出会った料理、カフェ、空間、建築、熱帯植物を紹介していきます。 感性=知識×経験 மிக்க நன்றி