片翅の傷ついた蝉
「23日にね、彼氏とあのふたりに会いに行くの」
私の誕生日だなと思った。
グラスの水はとうにいっぱいで、気付けば私の手はびしょ濡れだった。
6月、小学校からの大親友の結婚式に、これまた幼稚園からの大親友と参列した。
ドレス姿楽しみだね、お色直し何色かなぁ、新郎側の参列者に素敵な人がいればいいね、なんて話しながら。
真っ白なウェディングドレスに身を包んだ友人はとても綺麗で、ただただ嬉しくて。なんだか感動して、ふたりそろって泣いてしまった。
そんなだから、せっかくドレスアップするのだから、マッチングアプリ用にお互い写真でも撮ろうなんて約束も、完全に忘れていて。
新郎側の参列者にひとり、いい感じの人がいたなんて、そんなことを言うから、新婦に連絡先聞いてみなよ、なんて言いながら帰ってきて。
そして翌日、3人のグループLINEで気まずそうに、彼女が新郎新婦経由で、その気になっていた人から連絡先を聞かれていたことを、伝えられた。
気を遣ってくれたとすぐにわかった。
それでも、結果として私の預かり知らぬところで親友ふたりが先に進んでいて、それを後から知らされるのは堪え難いほどに寂しく、私の心をズタズタにした。
「なんでリアルタイムで教えてくれないのよ〜」なんて取り繕った。嬉しいことだから、おめでたいことなのだからと祝いの言葉を贈り、その後もしばしば相談に乗り、心の底から応援した。
そうやって、残業だらけの日々を、どうにもならない想いをごまかしながら、ひとり必死で過ごしていたときに、彼女と彼が付き合うことになったから、新郎新婦にふたりで会いに行くのだと、そう報告を受けた。
そうか、私の誕生日に、私の親友カップルは4人で楽しく会うんだなぁなんて。
水を注いでいたグラスはとうにいっぱいで、気付けば私の手をびしょびしょに濡らしていた。
苦しくて、寂しくて、ふらりと家を出た。
梅雨明けのじっとりとした夜風が、優しく私の髪を揺らす。
この道も、あの角も、3人で笑いながら毎日通っていたのに。いつの間にこんなに遠く離れてしまったのだろう。
ふたりの幸せが嬉しいのは本当の気持ちで、でも私だけが取り残されているのがたまらなくつらくて、そんな自分が本当に嫌で。
3人のなかでひとりだけ彼氏がいたこともない私に気を遣ってくれていて、それが手に取るようにわかるから、余計に苦しくて。
惚気話なんてみじめな気持ちになるだけだから聞きたくないのに、仲間はずれはもっと寂しくて。
私がこうやって至らないから、一点の曇りもなく幸せでいてほしいのに、きっと申し訳なさそうな顔をさせてしまっていて。
いっそ消えてしまえればいいのに—。
ジジジッ。
突如、大きな音がした。
びっくりして足を止めると、片翅が半分欠けた蝉がもがいていた。
他の虫か猫か、それとも鳥にやられたのだろうか。その姿は痛々しく、哀れを誘った。まるで、どうにもできない感情から逃れようともがく、私のよう。
深手を負い、不恰好で、もう飛ぶこともできまい。きっと長くは持たないだろう。それでも、蝉は私という脅威から必死で逃げようと—生きようとしていた。
涙が頰を伝った。
こんなにもボロボロなのに、それでも前に進もうとするのか。
消えてしまえばいいなんて。この蝉は、明日をもしれぬ命を必死で長らえようとしているのに、何を考えたのだろう。
家族も、友達も、あのふたりも、私のことを心から大切に思ってくれているのに。
ひとしきり路地裏で泣いて、真っ赤に腫れた目で家に帰る。
すぐに自室に向かい、きっと不安げにスマホを見つめている彼女とのトーク画面を開く。
「寂しい気持ちがあるのはどうしようもないけど、それとふたりの幸せが嬉しい気持ちはまた別だから! 23日は楽しんできてね!」