コンプレックスと幸福
彼とは個別指導塾のアルバイトで知り合った。パーテーションを挟んで向かいの席から彼が三角関数の微分公式を読む声が聞こえる。落ち着いて低い声。この授業が終わったら、彼はその低い声で私に甘えるんだろう。私は中学生に英語の問題集を解かせながら、彼の声を味わった。時々、それが何故だか性的にも魅力的に感じて、2人きりのときも数学の証明問題を音読してほしいとねだったこともある。
年中無休の正月のバーゲンセールのように乱れた彼の部屋で、地べたに落ちた解析学の参考書、どこかの学会のジャーナル