183回 高気圧ガール


上京すると途端に頭が痛くなる。
比喩ではなく、実際に頭痛が生じるのだ。
長い間これは東京に行くと目を使い過ぎて眼精疲労のためだろうと思っていて、確かにそれもあるだろうが、ふと気付いた。
原因は短時間でいきなり気圧が高くなるせいだ。

昨今気象病という概念が一般的になってきた。
天気痛とも言われるもので、気温・湿度・気圧の変化によって頭痛や関節痛、眩暈や気分の落ち込みなど、様々な症状で体調が悪くなる状態を指す。医学用語ではないが、因果関係からするとかなり的確な名称だと思う。
昔から「梅雨時は古傷が痛む」「雨が降る前は頭が痛い」などの現象は、よく知られていた。冷えたりしてそうなるのだろうとは思っていたが、どうやら気圧が一番大きな要因らしい。

気圧を感知するのは、耳の奥にある内耳である。
内耳は体の平衡感覚を司る器官であり、気圧が変化するとこの内耳から「体のバランスが崩れた」という情報が前庭神経に伝わる。平衡感覚の維持には、内耳からの情報と視覚情報の二つが一致する必要があるのだが、気圧が変化しても視覚情報としては「体のバランスは崩れていない」ため、脳の中では混乱が生じストレス反応を引き起こした結果、交感神経が興奮する。
そうすると内耳の血流が低下して眩暈が起こったり、いったん収縮した血管が反動で拡張して痛みの神経を刺激して頭痛が出たりするのである。
乗り物酔いをしやすい人は内耳のセンサーが敏感なので、気圧変化に弱いと言われている。またただでさえ自律神経のバランスが崩れやすいPMSや更年期の人は、気象病になりやすい。なかには天気予報ができるほど敏感な人もいるが、いずれにせよ体調が悪くなるのは避けたいものである。

気圧という言葉は、通常大気圧のことを指す。
我々の体には常に、地球を覆っている大気の層の圧力がかかっている。それは単純に言えば、体より上方にある空気柱の重さを背負っているとも表現できる。海面での大気圧を1気圧とするのだが、緯度や気象条件によっても微妙に異なるため、標準大気圧というものを決めてそれを「1気圧」と定めている。
気圧の単位は、長い間ミリバール(mbar)で表されていたが、1992年からはヘクトパスカル(hPa)が用いられている。難しい換算式は置いておいて、ミリバールとヘクトパスカルはイコールと考えてよい。通常1013hPaが1気圧である。
低気圧や高気圧には絶対的な基準があるわけではない。低気圧は周囲よりも気圧が低く閉じた等圧線で囲まれたところを指し、高気圧は周囲よりも気圧が高く(以下略)を指す。あくまでも周囲との関係によるものなので、ヘクトパスカルの値が大きくても低気圧という場合もあり得るのだ。
天気予報の台風情報などで、「940ヘクトパスカルの超巨大台風」などというのを聞くことがあると思うが、台風も単に気圧がとても低いというわけではなく、熱帯低気圧の中でその中の最大風速が17m/s以上のものと定義されている。

気象病の中でも気圧の変化によるものには、いくつかのパターンがある。大きく分ければ、気圧が下がる時に出るタイプと上がる時に出るタイプということになる。もちろんどっちでも変化があれば痛いんだよという人もいるに違いない。
一番多いのは、気圧が下がる時に体調が悪くなるタイプだ。天気が悪くなる時には気圧が急降下するため、雨の前に頭痛が出現する人が多くなる。
いまは気圧の変化から頭痛を予報してくれるツールなどもあるが、「要注意」の爆弾マークを見ても決して頭痛が良くなるわけではない。それでも面白いもので、理由がわかれば納得するというか、あきらめがつく。おとなしく寝ていようとか、早目に鎮痛剤を飲もうとかの対処ができると、かなり気が楽になる。
このとき漢方薬の五苓散が効く場合が多いので、機会があれば試してみることをお勧めする。五苓散は体内の水分のバランスを調整してくれるので、内耳の浮腫を減じたりすると思われる。

さて私が現在住んでいるところは、標高600m付近だ。結構な高地と言ってもいいだろう。一方生まれ育った東京の上野は、ほぼ海抜0mに近い。そうなると双方の気圧差はかなりのものとなる。
どちらもそこにずっと住んでいるぶんには気圧の変化はないわけなので、問題は無い。移動するから問題なのだ。
1気圧下では水の沸点は100℃であるが、標高が1000m高くなるにつれ気圧は約100hPaずつ低下する。標高600mというと気圧は940hPa程度なので、水の沸点は100℃にならない。
東京に行くということは、940hPaの場所から数時間で1000hPaの場所に移動するということで、これは急激な気圧の上昇にさらされることに等しい。そして私は気圧が下がる時よりも上がる時に頭痛が出るタイプなのである。
何日か滞在する場合は徐々に体が順応するようで、頭痛もましになってくるのだが、日帰りとなると気圧は上がったり下がったりで、辛いわけだ。

最近はツイッターのハッシュタグにまで「#気圧のせい」というのがトレンドに上がってくるほど、悩まされる人が多いとみえる。
とりあえずなんらかの不調がある際には、気圧のせいにしておくというのも手であると思う。


登場した用語:気圧
→我々の体にかかっている空気の重さは、おおよそ15トンだそうだ。重いよ。どうりで肩がこるわけだ(それは違う)。
今回のBGM:「上々颱風」by 上々颱風
→1曲目「上々颱風のテーマ」は、気分があがる。

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