見出し画像

死 心がもたないよ

あの日、産婦人科で
血液に異常がある

と、言われた日から
なにもかもが変わった

約2年、入退院を繰り返し
無菌室での生活が長いから
全ての物が菌にみえる

家に帰ってもおちつかない

なにを食べていいのか
どこまで気を付けて生活するべき
なのか、、

子供はあっとゆう間に大きくなってる
赤ちゃん時代
私は少しでも役にたてたかな?
お母さん出来たかな?

名前さえも
夫婦でちゃんと決めて上げれなかった

NICUのお見舞いもちゃんと
行けなかった

夫婦共に、心に余裕がなかった。

身体に少しでも異変があると
恐怖で泣いた
息苦しくなって
動悸が凄くて泣いた

人間こんなにも涙でるの?
ってぐらい泣いた

いつまでも泣いてる私に
旦那は呆れていた
いや、疲れていた。

でもね、再発の不安、
パニック発作は死ぬ程怖いだよ。

パニック発作さえなければ
少しは私にも余裕があったかもしれない

だけど
なんでこんなにも
動悸がするのか
本人が1番訳がわからないんよ

私だってせっかく
白血病の治療を終えたんだから
笑いたいよ

待ちに待った
家族で楽しく暮らしたいよ


私は病から抜け出せない

定期検診は順調にいっていた

そんな時、主治医が大遅刻する検診の日が
あった。

なんか嫌な予感がする、、、

私の採血は問題なし

その時、電話がなった

悪性リンパ腫と闘って
同じ時期に移植をうけ
励ましあったお姉さんが
亡くなったと、、。

泣けなかった。

呆然とし
病院の前で立っていた

入院中に知り合った人が
連絡くれた
きっと泣いてると思って、、、
どこいてるの?って。

一緒にお姉さんに会いに行く事にした。

車できてくれて
乗った瞬間
私は号泣した。

病気になってお友達なって
すぐお別れなんて。。

悲しいね

お母さんが
「また乳癌のお友達が亡くなった。」
と、泣いてたのを思い出した。


お姉さんは穏やかな顔をしていた

頑張ったよね。
すんごく頑張ったよね。

今でも思い出すと辛い

お母さんもお姉さんも
皆、天国で痛みから解放されてるのかな

会いたいよ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?