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私はメキシコに行きましたか?

記憶というのは、それが遠い過去であればあるほどぼんやりしてくるものだ。40代にもなると幼少の頃の記憶なんてもはや、ラノベで異世界転生した主人公が高熱を出して思い出す前世の記憶と同じくらい曖昧なものになっている。

そんな幼少期の記憶らしきものをふとしたきっかけで思い出したとしても、それが本当に自分が体験したことなのか、それとも誰かに聞いた話なのか、はたまた風呂で妄想したものなのか…確信なんて持てない。

いや幼少期の記憶どころか、1年前の記憶ですら危うい。
ついこないだも「これは面白いものになったぞ!」と自信満々でエッセイを書き上げた後でふと、どこかで読んだ内容だな...と思って調べたら何ヶ月か前の自分がまったく同じことを書いていて戦慄した、なんてことがあった。幸い公開前だったので最悪の事態は避けられたものの、あれはなかなかの恐怖体験だった。あまりに怖かったので今回の内容も既に書いていないか念入りにチェック済みである。


話を戻そう。
なぜこんな話を始めたかというと、幼少期にメキシコへ旅した時のことを唐突に思い出したのだ。


乾燥地帯をひた走るボルボエステートっぽい車。運転しているのは母。後部座席には小学校低学年くらいの年齢の私と妹が乗っている。
当時両親と私たち兄妹は父の仕事の関係でアメリカ南部のジョージア州に移り住んでいた。そのアメリカの自宅を遠く離れ、父を除く母子3人でメキシコを旅している場面だ。

長いドライブの末、我々は目的地である街にたどり着く。
雑多な町並みを抜け、とある2階建てのアパートの前で母が車を停める。車を降り、アパートの一室のインターホンを鳴らす。母の後ろで待つ私と妹。ドアが開き、中からげっそりやつれた男性がふらふらと出てきた。

父である。

出張でメキシコに滞在していた父は現地の水に当たったのか嘔吐と下痢が止まらなくなり、動けなくなっていたらしい。「助けて死にそう…」という父からのSOSを受けた母が私達兄妹を連れ、はるばるメキシコまで助けに来たのだ。

持参した薬と母の手料理と私たちの笑顔による癒やしで、瀕死だった父も無事復活。数日で仕事に復帰できるところまで回復した。任務を終えた我々は「もうやだ帰りたい」と弱音を吐く父を励ましつつ置き去りにして、ひとしきりメキシコ観光を楽しんでからジョージア州の自宅に帰ったのだった…。


そんな忘れ去っていた記憶が、バーガーキングの期間限定"メキシカン"アボカドワッパーの広告を見ていた時に突然蘇ったのだ。

ブリトーやらエンチラーダなどのそれっぽいメキシコ料理ではなく、メキシコにはなさそうな期間限定バーガーで記憶が蘇ったというのがちょっと納得がいかないところではあるが、ともあれ思い出したのである。

この40年間自分がメキシコと縁があることなどすっかり忘れて過ごしていたが、思えば何度か無性にメキシカンな味が恋しくなることがあった。きっとあのメキシコで過ごした日々のなかで私のどこか深い部分にメキシコ愛が刻まれていたのだろう。決して何年かに一度訪れるメキシカンブームに踊らされていただけではないはずだ。


さてこのメキシコ旅行というかメキシコ救出大作戦というかを思い出した時は子供時代になかなか面白い経験をしていたんだな、とエッセイのネタができた程度にしか捉えていなかった。しかし改めて自分の頼りない記憶力を省みた時に、果たしてこの記憶が本当に私の経験に基づいた記憶なのか…ちょっと不安になった。

そういえば思い出したその日はちょうど「父の日」だった。
父のことに思いを馳せる日である。そんな父のことを思い出しやすい状況で、バーガーキングのメキシカンアボカドワッパーのチラシを見て興味をひかれた私。そんな私の妄想力が爆発して偽りの記憶が生み出されたという可能性はないか?
私は本当にメキシコに行ったのか?

もはや私の記憶だけでは確信を得ることはできそうにないので、(私の妄想でなければ)同じ経験をしたはずの両親と妹に直接尋ねてみた。

しかし悲しいかな彼らも私と同様に年月を重ねているわけで。
私と同じかそれ以上に忘れっぽくなっているわけで。

「あーあったあった!あった…あったっけ?」とだいぶ疑わしい反応が返ってきた。私の妄想である可能性が全然小さくならない。むしろ彼らの脳に行ってもいない偽りのメキシコの記憶を植え付けてしまったかもしれない。


当事者全員の記憶が曖昧なのでもはや答えは出そうにない。そう諦めてみんなで昼でも食べに行こうかと立ち上がったその時、あいつの姿が脳裏に浮かんだ。
メキシカンアボカドワッパーだ。

そもそもこのメキシコの記憶が蘇る発端となったメキシカンアボカドワッパー。広告を見ただけであれだけのことを思い出すことができた。
ということは、バーガーキングに行ってメキシカンアボカドワッパーに直接かぶりつけば、より鮮明に記憶が蘇るのではないか?

これは試す価値がありそうだ。

ポテトとドリング付きのセットにしたら1000kcalを超えていて、ダイエットで減り始めた体重が一瞬で元に戻りそうだが…この際やむをえまい。最近我が家の近くにバーガーキングの店舗ができて気になっていたのだ。

食べに行こう。食べた後ですべてを思い出した自分自身に問おう。

「私はメキシコに行きましたか?」と。


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