見出し画像

このジャケットはな、コロナの時代に買ったんじゃ。

今日もまた、なつかしい知人に連絡を取る。しばらく連絡せずにいた間に、さまざまな重荷を背負ってくたくたになってしまっている人もいた。そうか、ぜんぜん知らなかった。ここまでよくがんばってきたね、大変だったね、と声をかけるしかできなかったけれど、気にかけていること、伝わっただろうか。

夫が長年通う服屋から、ずっと追いかけているブランドの春夏ものが入荷したという連絡があり、夕方、見に出かけた。このお店は、緊急事態宣言下では1組ごとの完全予約制で営業している。これまでも、他のお客とはち合わせをすることはほぼなかったように思うため、こちらとしては何かがそれほど大きく変わったようには感じなかったが、お店側の負担や苦労ははかり知れない。きっと、いろいろと悩み、考え、この営業形態をとることにしたのだろうな。

久しぶりに会う店員さんと、近況を話す。休業せずに完全予約制でお店を開けていたものの、4月はほとんどお客が来ず、そのうえ海外からの新作も届かなかったため、「もう店を続けていけないんじゃないか」と思ったという。5月に入り、感染の状況も落ち着いてきたため、ちらほらとお客が戻り、品物もようやく入荷するようになってきて、少しもち直してきたそうだ。「こういうときでものぞきに来てくれるお客さんに本当に感謝している。ずっと支えてくださって、ありがとうございます」とまで言われてしまった。お客にできるのは、ただ、好きなお店で買い物をして応援することだけだ。もちろん、感染防止に気をつけながら。

夫は、目当てのブランドの新作をてきぱきと見て回り、1着のジャケットを手に取った。装飾が削ぎ落とされたシンプルなジャケットだった。イタリアにあるというこのブランドのアトリエには、保健所から定期的に人が派遣され、ソーシャル・ディスタンスや換気などについて細かくチェックされているのだという。ロックダウンがいちばん厳しいときには、それぞれの職人が自宅に布を持ち帰り、自分の工程を仕上げて次の人に渡していくというリレーのような方式で製作が進められていたのだそうだ。そんなふうにして、このジャケットはつくられたのだ。そう思うと、よくぞはるばる日本に来てくれたという気持ちになった。

「念のため」と言って、他の服にも試しに袖を通して見た後で、夫は、やはり最初に目を留めたジャケットを選んだ。一つ一つの工程で、丁寧につくられた品物だから、大事に手入れしながら使えば、きっとこれから10年も20年も着続けることができるだろう。10年後、20年後、このジャケットを着た夫が「このジャケットはな、コロナの時代に買ったんじゃ」とか話す日は来るだろうか。

関西の3府県で、緊急事態宣言が解除とのこと。ついにこのときが来た。この間、日々の出来事をとりとめもなく書き記すこの「緊急事態宣言日記」をつけてきたが、それもここで終わることになる。1か月と少し続けてきたことだけに、もはや生活の一部になりつつある。日々のリズムを崩さないよう、やはり続けたくなってしまうかもしれない。あるいは、今後、何か書くべきことが起きた日には、しれっと復活するかもしれない。とはいえ、ひとまずおしまいだ。

(2020年5月21日)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?