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季節の味を存分に楽しんで、という作り手の気持ち。

朝から雲が厚い。今日は雨降りそうだ。なんだか映画づいてしまって、「ミッドナイト・イン・パリ」(ウディ・アレン 監督)を夫と観る。何度も観たことのあるわたしの好きな映画だが、夫にとっては初めて観る映画だ。

冒頭、ゆったりと流れる「オー・シャンゼリゼ」のテンポに合わせて、ゆっくりとパリの街の映像が映し出されていく。モンマルトル、オペラ、凱旋門、ムーラン・ルージュ、ノートルダム、ルーブル……。あー、パリに行きたーいという気持ちをかき立てられる。これまでにこの映画を観て思った中でいちばん強く、切実さをもって。今、パリは元気にしているのだろうか。今度パリに行けるのは、いつになることだろうか。

映画はウディ・アレン作品を好かない夫にも、おおむね好評だった。主人公のギルの裏のないのんびりした人のよさや文学オタクっぽさが、なんかいいんだよね、そういうふうに思わせるのは、役者さんの力だよね、などと話をした。ギルを演じているオーウェン・ウィルソンという人は、俳優に疎いわたしは知らなかったが、映画好きの夫にいわせれば有名で実力のある役者なのだそうだ。ふーん。邦画ならまだしも、洋画を観て、出演している俳優を即座に把握し、その人の過去の出演作品までひもづけることができるっていうのは、頭の中でどういう整理がなされているのだろうと思う。わたしはきっと、映画を観るとき、俳優ではなく、登場人物を観ているのだろうな。

夕方、予約しておいた鍋セットを受け取りに、いつもの京料理店へ。今日のセットは“鴨ねぎ鍋”だ。板前さんが出迎えてくれる。先々週・先週に比べれば、店内にはだいぶ落ち着いた雰囲気が戻ってきたように感じる。新たな営業形態に対応するためのリズムが生まれつつあるのだろう。そろそろ通常営業を再開するお店も出てきていますね、と水を向けると、「それでも、うちはもうしばらくテイクアウトでやらせてもらうおうと思ってるんです。やっぱりお客さんに店内で食事してもらうことには慎重にならないと」と、返ってきた。お客や従業員の安全を考えると、すぐには元に戻れない。しかし、テイクアウト営業でしのぐにも限界がある。今、小さな飲食店を営む人々は、一人一人、重い決断を迫られているのかもしれない。

いつものようにお惣菜も買って、義母のもとへ。今回はあらかじめリクエストも聞き、家の近くの八百屋で季節の豆を数種類買って持っていった。そら豆、スナップえんどう、うすい豆。それから、ズッキーニと玉ねぎも。義母がここの野菜を高く評価しているのは知っている。われわれも、ここで野菜を買うようになってから、野菜を食べるのが楽しくなった。「よい美容室を見つけるのと同じように、家の近くによい花屋を見つけるのは大事なこと」というのは友人の言だが、その中に、よい八百屋も入れてもいいだろう。

夜、待ちに待った、鴨ねぎ鍋の時間。鴨肉は、スライスしたものと肉だんごとが、かごの中に美しく並べられている。上に木の芽も散りばめて。野菜のかごには、ポロネギ、水菜、レンコン、菜の花などが、例のごとくぎっしりと詰められている。季節の味を存分に楽しんで、という作り手の気持ちが伝わってくる。奇数個だった肉だんごを夫と取り合いつつも、無心で鍋をつつき合い、いろいろなエキスがしみ出しただしで、最後はおそばを食べて、食事を終えた。板前さんの仕事って、尊い。季節が終わってしまう前に、もう一度、最初の“春のお鍋”を食べて、春の記憶を刻みたい。

(2020年5月16日)

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