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ペン・シャープナーを回すと・・      止まった筆が動く?

今日のテーマは
 「ペン・シャープナーを回すと止まった筆が動く?」です。
  副題:懐メロの小説の一行の魔法


先週末、有楽町の飲み屋で、旧い友人と酒を飲んでいた時の話です。

彼はいきなり、話を振ってきた。

A君:
「なぁ!ふくしまぁ、仕事で書く材料も集め終わってさ、
 さあこれから企画書を書こうって時に、
 手が動かなくて、書けない時ってあるよなぁ。
 そんな時、お前はどうしている?」

A君:
「タバコを吸いにいくとか、コーヒーを飲んで気分転換とか・・
 そういう後ろ向きの話じゃなくてさ。
 もっと前向きの話さ。
 文章を書きはじめる前に、自分の気持ちを乗せていく時に、
 お前は何を”儀式”としてやってる?」

そういきなり話を振ってきた友人(A君)。
彼は親しい仲間と話す時は、いつも論理がぶっ飛んでいる。
そう、聞く相手の脳に汗をかかせるのを楽しむ悪い性癖だ。

私は、彼の質問に即答はせずに・・
いつものように質問のボールはそのまま相手に返す。

私:
「A君こそ、お前は、どんな儀式をやってんだよ?」

A君:
「・・・・ん。 (質問をしてから自分で答を考えている)」

私:
「私は医学Data屋だから、デスクに座ってキーボードに手をおく。
 真正面のモニターにエクセルを開いて
 両サイドのモニターに関連する資料を開いて・・
 数字を眺めているだけだ。

 ずっとその患者のDataをみていればスイッチが自然と入る。
 EXCELの上の女性のホルモン値の動きってのは美しんだよ。」


それから、A君は焼き鳥のカシラををシャブリながら
ゆっくりと口を開いて・・面白いことを言った。 


A君:
 「ペン・シャープナーって知ってるか?ペン先を鋭く尖らせるあれだよ。
  ”ペン・シャープナーを回す”という儀式を知っているか?」

 「文書を書き出す前に、自分を集中させる儀式に役立つ材料のことだ。
 本でも音楽でも散歩でも何でもいい。俺は小説の書き出しなんだ。」

ボストン社製のペン・シャープナー


 
 「俺はキーボードを叩きはじめる前に、
  過去に読んで情景がキレイだと思った本の最初の書き出しを読むんだ。
  書き出しを、ちいさな声で読み出すと、まず心地がいいんだ。

 そして、2-3ページを読み進めると再び最初の1行目にもどって、
 それ繰り返す。すると書きたくなる・・魔法のスイッチが入るんだ。」

「文豪が書いた本で、書き出しの一行目から優れている奴ってあるじゃん、
 遠藤周作とかさ。たとえば『沈黙』とかお前覚えてるか?
 高2の時、おれがあの本をお前に強制的に読ませただろ?」


沈黙(遠藤周作)

ローマ教会に一つの報告がもたらされた。ポルトガルのイエズス会が日本に派遣していたフェレィラ・クリストヴァン教父が長崎で「穴吊り」の拷問をうけ、棄教を誓ったというのである。この教父は日本にいること33年、管区長という最高の重職にあり、司祭と信徒を統率してきた長老である。

 稀にみる神学的才能に恵まれ、迫害下にも上方地方に潜伏しながら宣教を続けてきた教父の手紙には、いつも不屈の信念が溢れていた。その人がいかなる事情にせよ教会を裏切るなどとは信じられないことである。

「沈黙」は、このような書き出しで始まります。


「その情景が一発で頭の中に見えちゃうって奴よ。
そして、それを読んでいた昔の自分に”パっとフラッシュバック”させちゃうって文章ってあるじゃん。
まあ、自分が好きな小説って、書き出しから大好きだろ?”
懐メロ小説のイントロ当てクイズ”って奴さ。」


■ 回想

A君と私は高校(男子校)2年生の時のクラスメートなのですが、
何十年たった今でも色褪せることなく付き合っています。
A君は軽音楽部のベーシストだった。ハードロック専門だった。
別の顔も持っていて・・当時から純文学少年だった。

A君はレッド・ツェッペリンのジミーペイジにちょっと似ていた。
そしてシャイだったから
ものすごく他校の女子にもてて学園祭のときは
黄色い声が飛び交ったのを覚えている。
でもA君は、女には目もくれず硬派だったから、落ちこぼれ同士!私とその当時から馬があった。今もそうだ。

一方、
私はというと、硬派になっちゃたメカ好きのバイク少年だった。
A君と私のの高校は、1クラスで5人くらいは東大に入る高校だったが、
A君も私も落ちこぼれだった。本当に見事にこぼれ落ちた。 

A君はハードロック大好きのバンド少年で、
私はというとバイクのローリング族だった。
二人とも不良というカテゴリーではなかった。
趣味がそれだった。
高校生なんだけど、二人とも大学生みたいな生活をしていた。

確か、高2の時だっただろうか?
彼と私はあるゲームをした。のちに人生を変えるゲームだった。
彼いわく、”タイム・マシーンゲーム”を読んでタバコをふかしてた。

学校の帰りに、二人で、もんじゃ焼き屋で、大学生のように
ビールを飲みながらタバコを吸っていて、
未来が変わるような・・あるゲームをやろうという話になった。

だから ちゃんと数学や物理の試験勉強はしっかりやっていた。
興味のある科目だけでやり、あとは赤点だけとらなければ
どうでもいいと二人とも思っていた。

Q: さて、どんなゲームをやりはじめたのか?というと・・・


1️⃣ 自分の好きな小説を相手にわたす。
  当然 相手はその本にはまるで興味はない。でもそれがいい。

2️⃣ それで、相手がその本を本気で読んだら、
  自分の興味を惹かれたところを相手はどう思ったのか?
  本気で質問をするんだ。

  自分とは全く別の反応が返ってくるから、
  自分とは別の感覚があるのを楽しもうというゲームだった。

小説の選定条件: 小説を選ぶ条件を二人で決めた。条件は2つ。

①それは、10年後・・お互いが友達の関係がなくなったとしても、
 相手の記憶に残るような脳にぶっ刺さる”プラスのトラウマ”になって
 欲しいと思うもの。 ▶ ”タイムマシーンゲーム”と彼は呼んだ

②今の自分(高校生2年生、セブンティーン)では理解するのが難しいと
 思えるもの。背伸びしないと読めない本。

この2つを条件とした。

Q:17歳の二人は・・
お互いにどんな本を相手に貸し与えたのか?!

A君は私に遠藤周作の「沈黙」を貸してくれた。
キリスト教を捨てるとう宣教師の話。

一方、
私は、A君に大藪春彦の「汚れた英雄」を貸した。

当時は80年代だったので、角川文庫が絶好調だった。
映画も小説も・・。
映画は、薬師丸ひろ子とか原田知世とかすごかった。
そして 「あおはる」と今ならば、呼ぶのもしれないが、
その時代をいま振り返ると

さて、私が彼に貸した本は・・
「汚れた英雄」は角川春樹社長が、初めて演出を手掛け映画で、
その原作がハードボイルド小説の作家の大藪春彦だった。 
角川映画の方は全く興味がなくて、原作の小説の方に私は夢中になった。


大藪春彦:【汚れた英雄/第Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ・Ⅳ(4巻揃)】

天性の美貌を武器に上流社会の女たちに金を貢せて、レースに生命を賭ける若きライダーの青春を描くSTORYだったのですが、
私が夢中になったのはその時代背景1960年代のオートバイ黎明期の試行錯誤の葛藤だった。時代設定は1957年からだった。


1962年マン島T.Tを走るMVAgusta500

本は内容は色っぽいところもあるが、
オートバイや車のメカの紹介がすごかった。
まるでメカニック向けに書いている内容だったから、
私はその工学知識を貪り読みまくった。

私自身が実際に高校生ながら、まるで大学生のように学校に内緒で
オートバイをイジったり、乗っていたりしていたから
その本から得られる知識が脳に「トラウマ」のように刺さりまくった。

小説は当然ながら縦書きなのだが、メカの用語や(物理)単位や数字が縦に
並んだ。
最初見た時は、なんだこりゃ・・・横書きにすれば読みやすいのに思ったのだが、
その縦書きの数字や、物理の単位が独特の世界観をだしていた。
今みてもハードボイルドで本当に美しい文字の並びだった。

私は、バイクのローリング族だったから工学の知識欲に飢えていた。
だから・・どんどん吸収できた。
1960年代の車の名車も沢山でてきてそのスペックもこの小説で覚えた。

MV Agusta 350 (1961年製)

そして なによりも印刷レイアウトではなくて
大藪春彦の文体は本当に美しかった。
ベースがアメリカのハードボイルド思考なのですが、車やバイクの工学と銃の書き込みが偏執的で、その書き込みが実に緻密にされているんです。 
1960年代の日本の(古)財閥の上流階級の生活もしっかり書かれているので面白かった。


☆☆☆
話をもどしましょう。



汚れた英雄の小説で、初めて主人公が登場するシーンの記述を私は
何十年たっても好きであきないので、

日曜日の有楽町の飲み屋で
「俺の「ペン・シャープナーを回す」儀式を飾る小説の書き出しは、
 ”汚れた英雄”に今日からすると決めた」と私はAに宣言をした。



そう、そのカウンターで決まった。 
高校の頃の知識の刺激っては、まるで懐メロのように・・
一発であの頃のワクワクした知識欲と興奮に直結するからです。

大好きだった小説の書き出し1行目。
懐メロの最初のPhraseを読みだすと・・
気分はもうあの頃の輝いていた”あおはる”にフラッシュバックする。

2サイクルのオイルの匂い、日本車でも外車でも80年代は今の時代とは比べ物にならないくらい技術革新のスピードが速かった。



■ 以下が私のペンシャープナーである「汚れた英雄 第一巻 野望篇」の書き出しです。

朝霧に包まれた信濃沓掛(くつかけ)―現在の中軽井沢―から北軽に向けての登り坂を
十八歳の少年が、リヤカーを曳いた自転車のペダルを踏み続けていた。
リヤカーには、キャンヴァスで覆われた単車が積まれている。

道の左右はアカシアやモミや白樺の林にカエデやブナやナナカマドの紅葉が華やかな彩りをそえていたが、
曲がりくねった路面は凹凸が多かった。


少年は額から流れて眼に入る汗を、色褪せたデニムのリー・ライダースの
ウェスタン・ジャケットの袖で拭う。
昭和三十二年十月のことであった。



少年は背が高かった。
細っそりした体は強靭であったが、通りすがりの女が息をとめるほどの美貌には、まだ稚さが強く残っていた。
特に少年特有の淋しげな襟足には、脆さの印象が濃い。
少年の名前は北野晶夫(あきお)といった。


峰の茶屋の前の広場で自転車を一度とめた。
広場の下に狭い旧道、上側に浅間登山口の林道がある。
浅間の山は霧に包まれて見えなかった。
晶夫はジーパンの尻ポケットに突っ込んでいたタオルで
顔と胸の汗を拭った。


高原の冷気に汗はたちまち引いていく。
リヤカーのカヴァーの下から英語新聞で包んだ分厚いビーフ・サンドを取り出して平らげた。
酸っぱい青リンゴをかじった喉の渇きを鎮める。

汚れた英雄 第一巻 野望篇」の書き出し


ヤマハYA-1(1955年型)

主人公の軽井沢でリヤカーにいれて押していたのがこれです。
ヤマハ発動機の製品第1号。黒一色で重厚なデザインが常識だった当時、栗茶色のスリムな車体から、“赤トンボ”の愛称で呼ばれた。また、1955年7月の第3回富士登山レースや同年11月の第1回浅間火山(全日本オートバイ耐久)レースで上位を独占し、走行性能の高さも実証。

大卒初任給が平均1万円ほどの時代に13万8千円という価格にも関わらず、3年間で約1万1千台が世に送り出された。

  • 全長 × 全幅 × 全高: 1,980mm × 660mm × 925mm

  • 車両重量: 94kg

  • エンジン型式: 空冷, 2ストローク, 単気筒, 123cm³

  • 最高出力: 4.1kW(5.6PS)/ 5,000r/min

  • 最大トルク: 9.4N・m(0.96kgf・m)/ 3,300r/min

  • 販売価格(当時): ¥138,000


■追伸P.S


 17の時にA君から借りた『沈黙』は
 20年後に私の中で火を吹いた。カトリックの洗礼をうけた。
 
 ただ、彼が予想したとおり10年後には、
 私は聖書オタク、西洋史オタクになり信仰とはまるで関係なく・・

 遠藤周作の本「沈黙」は文字通り、
  私の背中を押して海外にベクトルを向けさせてくれた。

 スペイン・イタリア・フランスとキリスト教圏の国の扉を開いた。
 

遠藤周作が「沈黙」を書いた動機が本人からこう語られている。

数年まえ、長崎ではじめて踏絵を見た時から、私のこの小説は少しずつ形をとりはじめた。長い病気の間、私は摩滅した踏絵のキリストの顔と、その横にべったり残った黒い指の跡を、幾度も心に甦えらせた。転び者ゆえに教会も語ることを好まず、歴史からも抹殺された人間を、それら沈黙の中から再び生き返らせること、そして私自身の心を底に投影すること、それがこの小説を書き出した動機である。

沈黙 by遠藤周作   昭和41年3月30日発行 


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