見出し画像

2023大阪大学(文以外)/第二問/解答解説

【2023大阪大学(文以外)/国語/第二問/解答解説】

〈本文理解〉
出典は塩原良和『分断と対話の社会学──グローバル社会を生きるための想像力』。
①段落。「たとえ話」はしばしば非科学的だとされる。…
②段落。だが実際には、そのようにして集めた情報を整理・分析して、概念化・理論化していく際に、メタファーを用いた思考は有効である。…目の前の事象の記述や分析から一歩離れ、その事象がより広い社会的文脈のなかでどのように位置づけられているのか、そしてそれが自分自身とどのように関わっているのかを考える際、メタファー的思考は豊かな想像力の源となる。
③段落。たとえば(ジョン・)アーリは、グローバリゼーションという社会現象を理解する際に、「移動」をイメージさせるメタファー、特に「フロー(流れ)」と「ネットワーク」という言葉の有効性を強調した。…「流れ」は、人、モノ、カネ、情報等の国境を越えた頻繁な移動の過程を表現している。それに対して「ネットワーク」はそれらの流れを方向付け統御するために作られる制度、いわば「水路」というイメージである。このようなメタファーを用いることで、政府や企業などが「流れ」を「水路」によって制御しようとするという関係を明確に想像できる。そして川の流れがしばしば水路の堤防を越えて氾濫するように、人、モノ、カネ、情報等の流れも、しばしばネットワークの制御の限界を超えて氾濫する。「国境を越える難民の激増」(傍線部(1))、輸入品の優位による国内産業の衰退や低賃金労働者の流入による国内労働市場の条件悪化、…といった現象が、それにあたる。そして洪水の後、残された堆積物によって、水路の流れが変わっていることがあるように、ネットワーク自体がフローによって変えられていくこともある。
④段落。テッサ・モーリス=スズキは、既存の国境線を自明視した「地域(国家)」を前提としていた地域研究のあり方に異議を申し立てた。そして「地域(国家)」を、外部から絶えず、流れ込んでくる人・モノ・カネ・情報のおびただしい「流れ」が交流して形成される「渦」とみなす分析視角を提唱した。「渦」の内側と外側には境界が形成されるが、それは「流れ」の変化によって絶えず変わるし、「渦」の内部のあり方も常に変化する。…モーリス=スズキの言う「渦」とは、制御しきれない人・モノ・カネ・情報等の移動としての「流れ」が、人々の住む空間/場所、すなわち領域性に影響を与えていくありさまを表現したメタファーである。
⑤段落。この「渦」というメタファーに私が付け加えたいのは、水の底に沈殿していた堆積物が「渦」によって巻き上げられていくイメージである。この場合、「堆積物」とは「流れ」が以前もたらした歴史や集合的記憶のことである。…それ(→「渦」というメタファー)は、ある場所の集合的記憶が現代の出来事によって呼び覚まされ、再解釈され、歴史が語られ直されていくプロセスを表現している。…
⑥段落。このように、メタファーを適切に用いることで、私たちは社会や歴史の成り立ちや、そこで起こっている現象を具体的なイメージとともに理解することが可能となる。…
⑦段落。…メタファー的思考には、そのメタファーが、他者に伝わったときに、他者がどのように解釈するかを、あらかじめ考慮することが含まれる。それが十分にわかりやすいものなら、その「メタファー的表現を受け取った相手はそれに刺激され、新しい思考と表現を加えて」(傍線部(2))自分に返してくれるだろう。それに、いかにして応答するか。つまり、その人が社会と他者への「真摯さ」を伴う強勢で臨む限り、メタファー的思考は私たちの想像力と対話の可能性を広げていく。

⑧段落。「流れ」「ネットワーク」「渦」といったメタファーで表現されるグローバリゼーションは、誰もが聞いたことがあるが、定義が曖昧なままに使われることが多い。…本章ではメタファー的思考をもう少し続けて、グローバリゼーションという社会変動のイメージを明確にしてみる。
⑨段落。グローバリゼーションは、政治・経済・社会・文化の領域で同時進行している。それゆえもっとも広く捉えれば、それは私たちを取り巻く「時代の流れ」そのものである。…
⑩段落。「時代の流れ」という表現は、制御しきれないものとしての「流れ」という先述したメタファーのバリエーションである。この「流れ」と私たちの人生との関係を示すためにしばしば使われる表現が「船」である。私たちは、人生を航海になぞらえる。グローバリゼーションという大きな時代の流れと、私たちの人生という船の関わり方のイメージは、以下のように分かれるだろう。
⑪段落。第一に、その流れに徹底的に抗うという選択肢である。(カヌーのイメージ)。第二に、ある程度流れに身を任せながら、自分の行き先に到達するためにそれを乗りこなすという選択肢がある。(ヨットのイメージ)。第三に、流れのなかで完全に自律性を失って流されてしまうという選択肢であり、これはエンジンの壊れた漂流船のイメージである。
⑫段落。このうち、もっとも「力」が必要なのは、1番目の「流れに抗う」という関わり方である。この「力」とは個人の主体性と、それを可能にする潜在能力のメタファーである。…時代の変化の流れが激しいほど、それに抗して変わらずに、動かずにいることは、個人の主体的な選択となる。ただし流れが急になればなるほど、この選択には強大の力と意思が必要である。それゆえ多くの人々は、多かれ少なかれ、第二の「流れを乗りこなす」選択肢を選ぶ。だが完全に流れに身を任せてしまっては遭難してしまうから、慎重に航路を保つだけの力が必要である。流れのない淀みに入り込んでしまったら、自分でオールを漕ぐ必要もある。嵐に入り込まないように強引に進路を変えることも、ときには必要だ。…一方、第三のように、エンジンが無力化し舵取りも不可能になり、「流される」がままに船の上から空を眺めるしかない漂流船のイメージは、グローバリゼーションという時代の流れに対する個人の無力さ、自分の人生を自己決定することの不可能性を表現している。
⑬段落。こうした思考から明らかになるのは、不可避な時代の流れとしてのグローバリゼーションに対処する私たちの主体性は、移動すること自体ではなく、どのくらいその移動を自己決定できるかという可能性として体験されるということである。…つまりグローバリゼーションの時代においては、自分の意思で動かずにいられる人がもっとも自己決定可能性が高く、自分の意思にかかわらず動かざるをえない人がもっともそれが弱く、「大半の人々はその中間にいる」(傍線部(3))ということだ。


〈設問解説〉
問一「国境を越える難民の激増」(傍線部(1))という現象について、本文のメタファーを用いて、40字から60字で説明しなさい。

内容説明問題。まずは大問の構成として、結構な分量の本文に対して設問が三問しかないので、本文のすべてを使いきれていない。具体的には全⑬段落のうち、本問は③段落、問二は④⑤段落(傍線部は⑦段落)、問三は⑩〜⑬段落を解答根拠とする。
つぎに、本文は「メタファー」をテーマとした章より採られており、全設問が「メタファー」を用いて解答を作成するように条件づけられている。「国境を越える難民の激増」という「現象」の説明を、「本文のメタファーを用いて」説明しなければならない。「現象」の説明なので、傍線部を逐語的におきかえて良しとするのではなくて、現れのメカニズムとして示す必要があるだろう。
傍線部「国境を越える難民の激増」は、ジョン・アーリに準じて、グローバリゼーションの過程で「人、モノ、カネ、情報等の流れ」が「ネットワークの制御の限界を超えて氾濫する」現象の事例の一つとして挙げられている。ここで「流れ」と「ネットワーク」というのは、アーリが特にその有効性を強調するメタファーである。「ネットワーク」は、筆者のイメージに基づき「水路」と置き換えることも可能。その「水路」を制御する主体は「政府や企業など」のうち、「難民」に関しては「政府」にしぼってもいいだろう。
以上の理解に基づき、「現象」をメカニズムとして説明すると、「グローバル化による/難民の「流れ」が/あまりに急激であるため//政府による「水路」の制御を/超えて「氾濫」を起こしている現象」。「流れ」「水路」の他に、「氾濫」も「流れ」「水路」から敷衍されるメタファーとして、カギカッコをつけて強調しておいた。


〈GV解答例〉
グローバル化による難民の「流れ」があまりに急激であるため、政府による「水路」の制御を超えて、「氾濫」を起こしている現象。(60)

〈参考 S台解答例〉
難民が、大幅に増加し、大きな川の流れとなって氾濫し、国境のネットワークという堤防の制御の限界を超えて移動するという現象。(60)

〈参考 K塾解答例〉
グローバリゼーション下、国境を越えて移動する難民の流れが、それを制御する制度としての水路の限界を急激に越え出ていること。(60)

〈参考 Yゼミ解答例〉
紛争や災害などをきっかけとして、ネットワーク制御からもれ出た人々が、国境を超えて他国に大量に流れこむこと。(53)

〈参考 T進解答例〉
人の流れの合流点に形成された渦が国家であり、それが流路による制御の限界を超えて判断したものが、激増する難民に他ならない。(60)


問二「メタファー的表現を受け取った相手はそれに刺激され、新しい思考と表現を加えて」(傍線部(2))にあるように、既存のメタファーに新たな思考と表現を加える事例として、筆者自身は「渦」というメタファーにどのような新しい思考と表現を加えたか。100字から120字で説明しなさい。

内容説明問題。傍線部は⑦段落にあるが、「筆者自身は/「渦」というメタファーに〜」という設問の条件づけ=誘導に従えば、解答の根拠が⑤段落にあるのは自明のうちだろう。「(新たな)思考と表現」というように、着地する箇所が「並列」の要素をもつ場合は、解答もそれぞれに即した要素を示す必要がある。ただ、本問の場合は⑤段落の構成からしても「並列」の要素と見るのではなく、「新たな思考→その結果としての表現」として一体化したものと見なしてよい。その分、④段落の内容に戻り、「渦」というメタファーの元から(モーリス=スズキによる)意味するところ(A)、を明確にした上で、そこに筆者の加えた「思考→表現」(B)を足して解答とすればよい。「「渦」についてのAというメタファーから/Bという意味を引き出し(思考)/新たな表現とした」という解答形式にする。
Aについては、④段末文「「渦」とは、制御しきれない人・モノ・カネ・情報等の移動としての「流れ」が…領域性に影響を与えていくありさまを表現したメタファーである」をベースに、前提としてのグローバリゼーション、「流れ」によって「渦」の境界と内部のあり方が変化するという要素を加味する。Bについては、⑤段落「「渦」というメタファーについて私が付け加えたいのは…堆積物が「渦」によって巻き上げられていくイメージ(B1)→「堆積物」とは「流れ」が以前もたらした歴史や集合的記憶(B2)→ある場所の集合的記憶が現代の出来事によって呼び覚まされ、再解釈され、歴史が語られ直されていくプロセス(B3)」を根拠とする。
以上より、解答は「グローバルな「流れ」が「渦」の境界と内部を変えるというメタファーの含意から(A)/地域の内部に「堆積」した歴史や集合的記憶が(B2)/「流れ」のもたらす(A)/出来事によって呼び覚まされ、再解釈され、語り直されていくプロセスとして(B1B3)/「渦」を捉え返し新たな表現とした」となる。


〈GV解答例〉
グローバルな「流れ」が「渦」の境界と内部を変えるというメタファーの含意から、地域の内部に「堆積」した歴史や集合的記憶が「流れ」のもたらす出来事によって呼び覚まされ、再解釈され、語り直されていくプロセスとして「渦」を捉え返し新たな表現とした。(120)

〈参考 S台解答例〉
ある場所の集合的記憶が現代の出来事によって喚起され、再解釈され、歴史が語られ直されていく過程を考え、水の底に沈殿していた堆積物が渦によって巻き上げられ、浮上し、新しい流入物と混合し、以前とは異質な堆積物が再び沈殿していくという表現を加えた。(120)

〈参考 K塾解答例〉
外部から新しく流入する人・モノ・カネ・情報等が複合しつつ領域性に影響を与えるさまを表現する「渦」に、そうした事象と混淆しながら、地域の「堆積物」としての過去の集合的記憶が呼び覚まされ再解釈されていくという歴史の生成変化のイメージを付加した。(120)

〈参考 Yゼミ解答例〉
ある場所にかつてもたらされた集合的記憶が、グローバリゼーションの「渦」によって呼び覚まされ、再解釈され、歴史が語り直されていくという新しい思考と、その思考をイメージとして示す「堆積物が『渦』によって巻き上げられていく」という新しい表現。(118)

〈参考 T進解答例〉
地域や国家は人・モノ・カネ・情報の流れの合流点である渦だという既存のメタファーに、渦に巻き上げられる堆積物は歴史や集合的記憶だという思考、そして、それらが現代の出来事によって呼び覚まされ、再解釈され、語られ直していくプロセスの表現を加えた。(120)


問三「大半の人々はその中間にいる」(傍線部(3))について、「その中間にいる」とはどういう状態であるか。人生を航海になぞらえ、「流れ」と「船」の関わり方のイメージを用いて、150字から170字で説明しなさい。

内容説明問題。まず「流れ」と「船」の関わり方について。⑩段落より、「制御しきれない/大きな時代の流れ」としての「グローバリゼーション」を現代人は生きることを強いられるが(A)、その時、人生という航海を進むために「船」(カヌーorヨットor漂流船)がある(B)。そして、その進み方は両極(C/D)とその中間(E)に三分され、直接的にはEの説明を求めているのが本問である。といっても制限字数を踏まえ、前提としてのABに続けて、両極のCDを対照的に説明し、そこからなぜ「大半の人々」は中間を選択するのかという必然性と合わせて、Eの内容を説明していく。
両極については、C「流れに徹底的に抗う⑪/個人の主体的な選択⑫/もっとも自己決定可能性が高く⑬」、D「流れのなかで完全に自律性を失って流されてしまう⑪/時代の流れに対する個人の無力さ⑫/もっともそれ(=自己決定可能性)が弱く⑬」を根拠とし、解答の前半(Eの前提)を以下のようにまとめる。「グローバリゼーションという制御しきれない時代の「流れ」の中(A)/人生という航路を「船」で進む時(B)/一方には流れに徹底的に抗うという主体的立場(C)/他方には流れのままに漂流するという受動的立場がある(D)」。
では、なぜ多くの人々がEの立場をとるのか。それは、Dの立場を好んでとらないのは自明だとして、Cの立場は「流れが急になればなるほど、強大な力と意思が必要である(→それゆえ…第二の「流れを乗りこなす」選択肢を選ぶ)⑫」からである(R)。それでは、Eの立場は?根拠となるのは「ある程度流れに身を任せながら、自分の行き先に到達するためにそれを乗りこなす⑪/(遭難を避けるため)慎重に航路を保つだけの力が必要⑫/強引に進路を変えることも、ときには必要⑫」。これらを総合して、解答の後半(Eの説明)を以下のようにして、前半に接続する。「このうち前者は強大な力と意思を求めるので(R)/目的に達するため流れに身を任せながらも/慎重に進路を保ち/時に積極的に力を尽くすという/多くの人が選択する状態」。


〈GV解答例〉
グローバリゼーションという制御しきれない時代の「流れ」の中、人生という航路を「船」で進む時、一方には流れに徹底的に抗うという主体的立場、他方には流れのままに漂流するという受動的立場がある。このうち前者は強大な力と意思を求めるので、目的に達するため流れに身を任せながらも慎重に進路を保ち、時に積極的に力を尽くすという、多くの人が選択する状態。(170)

〈参考 S台解答例〉
グローバリゼーションという大きな時代の流れの中を、人生という船で航海する現代人の多くが、強大な力と意思をもち、自己決定可能性が高く、流れに徹底的に抗うという生き方ではなく、無力で自分の意思に反して、流れのなかで完全に自律性を失い、流されるがままという生き方でもなく、流れに身を任せながらもある程度船の移動を自己決定して人生を生きていく状態。(170)

〈参考 K塾解答例〉
グローバリゼーションという時代の激流に動かされずに、人生の航路を主体的に決定しようとするには、超人的な意思と力が求められ、他方、時流に呑まれて漂流するだけなら、自己の無力さを痛感させられることになるため、多くの人々は、時代の流れに乗りながらも、遭難しないように自らの人生の舵を取り、流れを乗りこなすをしているという状態。(159)

〈参考 Yゼミ解答例〉
人生という海を航る上で、グローバリゼーションという時代の流れに抗い、自分の意思で動かずにいるような強大な自己決定力をもった船でもなく、自分の意思にかかわらず流れに翻弄されるような自己決定力の弱い船でもなく、風を巧みに用いたり、必要があれば自力で対処したりして上手く流れに乗り、慎重に航路を保つような操舵力をもった船に乗っている状態。(166)

〈参考 T進解答例〉
グローバリゼーションという大きな時代の流れの中で、人間は人生という船をなんとか操りながら航海しているが、自律性を失って無力に漂流し遭難するわけにはいかないものの、強大な力と意志を持って流れに抗い続けることは難しく、大半の人間は航路や風や流れの変化を読んでそれに身を任せつつ、自己決定の可能性を模索しながら人生を操っているということ。(166)

この記事が参加している募集

国語がすき

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?