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2023一橋大学/国語/第三問/解答解説


【2023一橋大学/国語/第三問/解答解説】

出典は嶋田珠巳『英語という選択 アイルランドの今』。

問 右の文章を要約しなさい(200字以内)。

要約問題は、形式に則った客観的な読み取りと、そこから得られる内容理解と本文構造に即した表現力を問うものである。その点で、現代文における学力がストレートに試されているといえる。したがって、一橋大学の受験生でなくとも、100字~200字程度の要約をして的確な添削指導を受けることは、学力養成の良い機会となるだろう。

要約作成の基本的手順は、以下の通り。
1️⃣ 本文の表現に着目して重要箇所を抽出する(ミクロ読み)。
2️⃣ 本文をいくつかの意味ブロックに分けて、その論理構成を考察する(マクロ読み)。
3️⃣ 本文の論理構成に基づき、要約文の論理構成の骨格を決める(例えば、本文が2つのパートに分かれていれば、要約文も原則2文で構成するとよい)。
4️⃣ 骨格からもれた付加要素を、構文を崩さない程度に盛り込んで仕上げとする。

1️⃣ ①段落。いまいちど確認しておきたいのは、アイルランドはなにか特別なことをしたために言語交替が起こったのではないということだ(a)。その根底にあるのは、「順位づけ」というありふれた社会的行為である(b)。結果的に言語交替を引き起こすことになった、アイルランドの母親の「わが子にはアイルランド語よりも英語を」という選択は、自分の方言よりも標準語のほうにわが子の将来をみる母親、「子どもには英語をしゃべらせたい」と願う日本の親と、なんら変わるところがない。そしてこのことは、言語もほかのさまざまな事物と同様に社会的な価値判断の対象になる以上、しごく自然なことである(c)。…
②段落。日本で近年盛んになっている、早期の英語教育導入の議論、国民が英語を話せるようにするための英語教育の議論は、空気のようにある日本語を前提としている(d)。言い換えれば、その議論は、英語が日本に浸透して多くの国民が英語を日常的に話すバイリンガルになったあとのことまでは考えていない(e)。現代は多様な言語文化をもつ人たちがそれぞれに、たとえば英語やスペイン語や中国語といった大言語をある文脈では利用しつつ、なおかつ自分たちの言語をもっているということが可能であり、インターネットを通して世界中いつでもどこでもつながる時代である。…
③段落。けれども、これからの日本のことばのことを議論するときに、私たちが知っておかなければならないのは、国民の多くが英語とのバイリンガルになったときには英語に傾くスピードが断然速くなるということである(f)。…
④段落。言語はコミュニティを単位としては三世代あれば替わることが可能である。そこにきてもし、最初には上からの「政策」としてなんとか苦労してであっても、日本全体に英語を浸透させ、英語が話せる国民を増やすということをしたとしよう。これはとてもたいへんなことだから一筋縄ではいかないが、一定の条件が整っていけばまるっきり不可能というわけでもない。その「作業」にしばらく時間がかかるとしても、日本語と英語のバイリンガル化が完了したつぎの世代には、世界の状況ないし日本を取り巻く環境によっては、英語の使用が増え、そのつぎの世代には英語のほうが日本語よりも楽、ということは可能性として起こりうるのだ(g)。新しい言語がいちど多くの人の母語として定着してしまえば、気持ちがどうであれ、言語能力と使用に引っ張られることは、アイルランドの多くの人々が民族語であるアイルランド語を話したいとつよく願っていても日常的には英語を用いて生活しているのをみれば明らかである(h)。
⑤段落。ある日、車内広告に、某子ども英語塾のこんなキャッチコピーを見つけた。「お父さんお母さん。英語を日本語と同じくらい使えたらワクワクするよね。だっていろんな夢が選べると思うから!」という女の子の吹き出し。そしてそのあとには、「お子さまの将来の可能性を広げませんか?」との問いかけが続く。英語にみる子どもの将来はアイルランドに重なる。…
⑥段落。そしてもうひとつ、この広告の女の子の「英語を日本語と同じくらい使えたら」という願望。早期の英語教育にある自然でイノセントな、バイリンガル化構想にも通ずる。そして、この女の子の願望は、いまの日本を生きるそう少なくない人々に共通のものとしてあるのだ(i)。そして他方で、アイルランドは民族語を話せるバイリンガルを増やす計画のもとにあり、アイルランドの人々はアンケートに「アイルランド語が話せたら」「せめてアイルランド語とのバイリンガルでありたい」と民族語への思いを綴る(j)。なんだか、私たちがこれからひょっとすると登り始めることになるかもしれない山の反対側のふもとに、いまのアイランドの人々の状況を見なくもない(k)。言語交替を経験した国に生きる人々の言葉に、いま耳を傾けてみたい(l)。

2️⃣ ①段落は、かつてアイルランドで起こった英語への「言語交替」(a)の事例の説明。それが「順位づけ」という「社会的行為」として(b)、「社会的な価値判断」としてごく自然に起こったこと(c)、そして日本でも起こりうることが示唆される。
②段落の冒頭「日本で近年盛んになっている、早期の英語教育導入の議論〜」(d)以降が本題となる。特にその議論が「英語が日本に浸透して多くの国民が英語を日常的に話すバイリンガルになったあとのことまでは考えていない」(e)と筆者は問題点を指摘する。それを承けたのが③段落「国民の多くが英語とのバイリンガルになったときには英語に傾くスピードが断然速くなる」(f)、④段落「バイリンガル化が完了したつぎの世代には〜英語の使用が増え、そのつぎの世代には英語のほうが日本語よりも楽、ということは可能性として起こりうる」(g)。そして、そうした日本の近未来における危惧を、筆者はかつてのアイルランドの経験と重ねるのである。「新しい言語がいちど多くの人の母語として定着してしまえば〜言語能力と使用に引っ張られることは、アイルランドの多くの人々が民族語であるアイルランド語を話したいとつよく願っていても日常的には英語を用いて生活しているのをみれば明らかである」(h)。
⑤⑥段落は、某子ども塾の車内広告におけるキャッチコピーの例を承け展開する。そして「英語が日本語と同じくらい使えたら」という女の子の願望は「いまの日本を生きるそう少なくない人々に共通のもの」とし(i)、他方に「アイルランド語が話せたら」という言語交替を経験したアイルランド人の思いがある(j)、とする。それを承けたのが最後から2文目の印象深いメタファー「私たちがこれからひょっとすると登り始めることになるかもしれない山の反対側のふもとに、いまのアイランドの人々の状況を見なくもない」(k)。そして「言語交替を経験した国に生きる人々の言葉に、いま耳を傾けてみたい」(l)と筆者は文章を結ぶのである。

3️⃣ 2️⃣の分析に基づいた要約構成は以下の通り。
A「日本で近年盛んな早期の英語教育導入の議論は(d)/英語が日本に浸透して国民がバイリンガル化した後の視点が抜けている(e)」(②)。
B「バイリンガル化が完了すると英語の使用に一気に傾くことは(fg)/アイルランドの言語交替の例からも明らかである(h)」(③④)。
C「これから日本が登り始めるかもしれない山の反対側のふもとで(ik)/民族語への思いを綴る(j)/アイルランドの人々の言葉に、いま耳を傾けたい(l)」(⑥)。
ここでのポイントは、具体例である⑤段落とともに①段落の内容をいったん捨象したことだ。この文章の主題はあくまで「日本における言語交替の危機」であり、要約ではこれを主旋律(主メロ)、「アイルランドにおける言語交替」を副旋律(ハモリ)として明確に分けた。また、kのメタファーも主旋律と副旋律の交差を分かりやすく伝え、結論に直結するものなので、あえてそのまま使用した。

4️⃣ 細部については、3️⃣の時点で必要な要素はほとんど繰り込めているが(d〜l)、Bの「英語に傾く必然性」として「社会的行為(b)/社会的な価値判断(c)/世界の状況ないし日本を取り巻く環境(g)/(言語能力と)使用に引っ張られる(h)」を踏まえ、「社会的な使用価値から英語に傾く」と直した。また、バイリンガル化まで一定の時間を要すること(g)、一度バイリンガル化してしまえば「気持ちがどうあれ」英語に傾くこと(h)、をBに加えた。

以上より解答は「日本で近年盛んな早期の英語教育導入の議論は(d)/英語が日本に浸透して国民がバイリンガル化した後の視点が抜けている(e)//それまで時間はかかっても(g)/一度完了すると気持ちはどうであれ(h)/社会的な使用価値から(bcgh)/英語に傾くことは(fg)/かつて英語への言語交替を経験した(a)/アイルランドの例からも明らかである(h)//これから日本が登り始めるかもしれない山の反対側のふもとで(ik)/民族語への思いを綴る(j)/アイルランドの人々の言葉に、いま耳を傾けたい(l)」となる。


〈GV解答例〉
日本で近年盛んな早期の英語教育導入の議論は、英語が日本に浸透して国民がバイリンガル化した後の視点が抜けている。それまで時間はかかっても、一度完了すると気持ちはどうであれ、社会的な使用価値から英語に傾くことは、かつて英語への言語交替を経験したアイルランドの例からも明らかである。これから日本が登り始めるかもしれない山の反対側のふもとで、民族語への思いを綴るアイルランドの人々の言葉に、いま耳を傾けたい。(200)

〈参考 S台解答例〉
アイルランドの言語交替は英語をアイルランド語より上位に置く社会的な価値判断によって生じた。よく似た事態として日本では早期の英語教育導入による国民のバイリンガル化が進められようとしており、将来国民の多くがバイリンガルになったとき、状況によっては英語への言語交替が一気に進行する可能性がある。アイルランドでは現在民族語への思いが高まっており、日本人は現時点でこのアイルランドに教訓を得るべきではないか。(199)

〈参考 K塾解答例〉
アイルランドで起きた民族語から英語への言語交替は、英語に将来性を見出す国民の願望によるものである。近年日本でも同様の願望に基づきバイリンガル化を目指す英語教育が志向されているが、日本語は安泰だと思われている。だが日本でも英語を使う頻度が高まり、英語への言語交替が起きる可能性は十分考えられる。とすれば、バイリンガル化による民族語の復興を目指す今のアイルランドの人々の言葉を、私たちは傾聴すべきである。(200)

〈参考 Yゼミ解答例〉
アイルランドでは子供に民族語よりも社会的な価値の高い英語を学ばせたいとの思いから、民族語から英語への言語交替が起こった。近年日本では英語の早期教育により日英のバイリンガルを育てる動きがあるが、それが成功すると、後の世代で日本語の地位が脅かされる恐れがある。アイルランドでは現在、民族語を話したいという思いが強いという。日本の将来の問題点を示唆するものとして、言語交替を経験した人々の声に耳を傾けたい。(200)

〈参考 T進解答例〉
言語交替は、ある言語が母語よりも社会的価値が認められることで発生する。日本の英語教育は母語として日本語が使われることを前提としているが、日本国民の多数が英語とのバイリンガルになったら、日本語が好まれず英語がより選ばれる可能性はあるし、一度言語交替が起こると元の言語が母語として復活するのは難しい。英語に希望を見てバイリンガル化を目指すなら、同時に、かけがえのない母語を失う可能性にも目を向けるべきだ。(200)

〈一橋大学 出題意図〉
文章全体の論理を正確に読み取る読解力と、それを200字で要約する文章表現力を問うことを意図している。素材となる文章は、アイルランドにおいて言語の価値の序列化をきっかけに民族語から英語への言語交替が起こったことを論じ、その事例との比較から、日本の英語教育に関する議論に再考を促している。この文章の内容を200字の解答制限の中で要約するには、単に元の文章で論じられている順に要点を抜き出すだけでは不十分であり、全体の論旨を把握した上でそれらを再構成し、新たな文章として簡潔に表現する必要がある。

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