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2018東大国語/第一問/解答解説

【2018東京大学/国語/第一問/解答解説】

〈東大国語の解答を示す理由〉
①難度は高いが考えを深めることができる良問であること。②同じ良問でも、例えば京都大学などの問題と比較して、標準的な形式で他大学の学習にも応用がきくこと。③国内最高峰の大学の問題なのに、大手予備校などが公開している「解答例」の精度が低いこと。

〈本文理解〉
出典は野家啓一『歴史を哲学する~七日間の集中講義』。表現に着目して重要箇所を抽出する。極力、本文の言葉のみで内容理解を試みる。
①段落。過去は知覚できないがゆえに、その「実在」を確証するためには、想起や物語り行為をもとにした「探究」の手続き、すなわち発掘や史料批判といった作業が不可欠である。
②③段落。過去と同様に知覚できないにもかかわらず、われわれが「実在」を信じて疑わないものとして、ミクロ物理学の対象である素粒子を取り上げよう。われわれが見ることができるのは、霜箱や泡箱によって捉えられた素粒子の飛跡、すなわちミクロな粒子の運動のマクロな「痕跡」だ。「その痕跡が素粒子の「実在」を示す証拠であることを保証しているのは、量子力学を基盤とする現代の物理学理論にほかなりません」(傍線部ア)。その意味では、素粒子の「実在」の意味は間接的証拠を支えている物理学理論によって与えられていると言える。素粒子が「実在」することは背景となる物理学理論のネットワークと不即不離なのである。(②段落)
科学哲学では、このように直接的に観察できない対象のことを「理論的存在」と呼ぶ。むろん理論的存在と言っても「「理論的虚構」という意味はまったく含まれていない」(傍線部イ)ことに注意されたい。それは知覚的に観察できないだけで、れっきとした「存在」である。しかし、その「実在」を確かめるためには、巨大な実験装置と一連の理論的手続きが要求される。その「実在」の意味は理論的「探究」の手続きと表裏一体のものである。(③段落)
④⑤段落。物理学に見られるような理論的「探究」の手続きは、「物理的事実」のみならず「歴史的事実」を確定するためにも必要である。歴史的事実の「実在」を主張するためには、直接間接の証拠と、史料批判や年代測定などの理論的手続きが要求される。その意味で、歴史的事実を一種の「理論的存在」として特徴づけることができる。(④段落)
(ポパーの引用)。歴史記述の対象は、「もの」ではなく「こと」、個々の「事物」ではなく関係の糸で結ばれた「事件」や「出来事」である。「「フランス革命」や「明治維新」が抽象的概念であり、それらが「知覚」ではなく、「思考」の対象であること」(傍線部ウ)は、納得していただけるのではないか。(⑤段落)
⑥⑦段落。(地理学の例)。赤道や日付変更線も、直接知覚できないが、地理学の理論によりその「実在」を保証された「理論的存在」である。この「理論」を「物語り」と呼び換えるならば、われわれは歴史的出来事の存在論へと一歩足を踏み入れることになる。(⑥段落)
(「前九年の役」の例)。その「実在」の確信は、文書史料、絵画資料、発掘物に関する調査など、「物語り」のネットワークに支えられる。「前九年の役」という呼称そのものが、すでに一定の「物語り」のコンテクストを前提としている。つまり「前九年の役」という歴史的出来事は「物語負荷的」な存在であり、その存在性格は認識論的に見れば、素粒子や赤道などの「理論的存在」と異ならない。言い換えれば「歴史的出来事の存在は「理論内在的」あるいは「物語内在的」なのであり、フィクションといった誤解をあらかじめ防止しておくならば、それを「物語り的存在」と呼ぶこともできます」(傍線部エ)。

〈設問解説〉
問一 「その痕跡が素粒子の『実在』を示す証拠であることを保証しているのは、量子力学を基盤とする現代の物理学理論にほかなりません」(傍線部ア)とは、どういうことか、説明せよ。(60字程度)

内容説明問題。文が長いので「因→果」で整理すると、「…物理学理論(A)→{その痕跡(B)→素粒子の「実在」(C)}」となる。ここで、Bは「素粒子の運動の痕跡」で実験により知覚できるが、Cは知覚できないものである。ならばAが「保証」する必要があるのは、知覚できるBから、知覚できないCへの「橋渡し」である(B→C)。
では、どのようにして? 同②段落最後の文「素粒子が「実在」することは…物理学理論のネットワークと不即不離」が根拠になるはずだが、「ネットワーク」のイメージがつきにくい。
そこで他に「ネットワーク」を使っている箇所を探すと、最終⑦段落「「物語り」のネットワーク」とある。全文を通して「理論」と「物語り」は相似形にあるので、ここを参考にできるはず。ここでは「物語りのネットワークの中に歴史的事象が位置づけられる」という内容。ならば「理論のネットワークの中に素粒子が位置づけられる(その結果『実在』が保証される)」と言えよう。

〈GV解答例〉
ミクロ物理学の理論が提示する関係性により、実験を通し知覚できる運動の痕跡の主体が、知覚不能な素粒子として位置づけられるということ。(65字)

〈参考 東大現代文P解答例〉
現代の物理学理論があってこそ、素粒子の運動の痕跡は、直接知覚できない素粒子の存在を示す間接的証拠でありうるということ。(59字)

〈参考 S台解答例〉
素粒子は知覚的に観察できないが、理論に基づくことで実験を通して痕跡として認識可能になり、その実在を証明できるということ。(60字)

〈参考 K塾解答例〉
知覚できない素粒子の存在は、その運動の痕跡を観察する実験によって確証されるが、その作業は物理学理論に即してしかなされないということ。(66字)

〈参考 T進解答例〉
知覚しえない素粒子の「実在」を、素粒子の飛跡という知覚可能な実験的証拠によって確信できるのは、背景にある現代物理学の理論の支えがあるからだということ。(75字)


問二 「『理論的虚構』という意味はまったく含まれていない」(傍線部イ)とはどういうことか、説明せよ。(60字程度)

内容説明問題。主語は「理論的存在」(観察できない対象のこと)。それは「「理論的虚構」(A)/ではない」。否定の後の肯定を見ると次文「それは知覚的に観察できないというだけで、れっきとした「存在」であり」とあるが、これではまだAに迫れない。他にAの直接的な言い換えを探しても無いようだ。
この場合、「虚構」を辞書的に言い換える、では安易すぎ。もう一つ、「対比から迫る」手法がある。そこで同③段落最後の文「「実在」の意味は理論的「探究」の手続きと表裏一体」に着目。「探究」というからには、本来的に実在しており、それを実験などの理論的手続きで確認するのである(③段落4文目)(B)。
逆に考えて「理論的虚構」とは「理論の都合で事後的に構築されたもの」(A+)と言えるのではないか。「(理論的存在は)Bという点でA+ではない」とまとめた。主語は、自明な場合、字数の都合上カットして良いだろう。

〈GV解答例〉
知覚的に観察不能だが、実験を伴う理論的手続きを踏めばその実在性が再現できるという点で、理論による事後的な構築物ではないということ。(65字)

〈参考 東大現代文P解答例〉
科学哲学の理論的存在は、直接的に観察できないが、実験装置と理論的手続きで実在を確証でき、観念的な非実在ではないということ。(61字)

〈参考 S台解答例〉
理論的存在とは、証拠に基づく理論的探究を通じて構成されたものであり、それを無視した恣意的な構築物ではないということ。(58字)

〈参考 K塾解答例〉
理論的手続きによって導き出されたものが直接知覚できないからといって、ありもしないものを捏造しているわけでは毛頭ないということ。(63字)

〈参考 T進解答例〉
直接知覚できないが、実在性に疑いの余地はなく、適切な実験装置と一連の理論的な手続きによってその証明は可能で、決して単なる観念的創造物ではないということ。(76字)


問三 「『フランス革命』や『明治維新』が抽象的概念であり、それらが『知覚』ではなく、『思考』の対象であること」(傍線部ウ)とはどういうことか、説明せよ。(60字程度)

内容説明問題。主語を一般化した上で、語順を変えて言い直すと「歴史的事実は/知覚の対象ではなく(A)/抽象的な概念であり(B)/思考の対象である(C)」。
Aと(B→C)は対比の内容なので、同⑤段落から分けてピック。すると「A/もの/個々/具体」に対し「B/こと/関係/抽象」となる。
またBについては、同一意味段落④段落3文目4文目から「直接間接の証拠/史料批判や年代測定などの一連の理論的手続き」が「抽象」との関連で使えそう。Cについては、Bの結果として思考の対象となる、という「因果的な関係」を示し、適切な言葉で言い換えておけば良いだろう。

〈GV解答例〉
歴史的事実は、知覚できる事物の集合ではなく、直接間接の証拠から法則的理解に基づき抽出された事柄として思考の上で存在するということ。(65字)

〈参考 東大現代文P解答例〉
歴史記述の対象は理論的存在であり、観察される個々の事物ではなく、関係性に基づいて把握されることがらであるということ。(58字)

〈参考 S台解答例〉
歴史的事実は、過去の事象から知覚可能な具体性を捨象し、特定の視点に基づき出来事を関係づけていく思考の産物だということ。(59字)

〈参考 K塾解答例〉
歴史的出来事は、具体的に知覚される個々の物ではなく、一連の事象を理論的に関連づけ、ひとまとまりの事柄として構成したものだということ。(66字)

〈参考 T進解答例〉
歴史記述の対象は、個々の具体的な事物を恣意的に関連づけた概念であり、直接観察することは不可能で、「理論的存在」として特徴づけられるものであるということ。(76字)


問四 「歴史的出来事の存在は『理論内在的』あるいは『物語り内在的』なのであり、フィクションといった誤解をあらかじめ防止しておくならば、それを『物語り的存在』と呼ぶこともできます」(傍線部エ)とあるが、「歴史的出来事の存在」はなぜ「物語り的存在」といえるのか、本文全体の論旨を踏まえた上で、100字以上120字以内で説明せよ。

理由説明型要約問題。基本的な手順は以下の通り。
1⃣ 傍線部自体の端的な理由をまとめる。(解答の足場)
2⃣ 「足場」につながる必要な論旨を取捨し、構文を決定する。(アウトライン)
3⃣ 必要な要素を全文からピックし、アウトラインを具体化する。(ディテール)

1⃣ まず、この問題は長い傍線部の中から、「歴史的出来事という存在」(S)と「物語り的存在」(G)だけを抜き出し、なぜSはGといえるのかを問う。この場合、傍線の全てを置き換え説明する必要はないということだろう。ここでは「フィクション…ならば」は解答に直接反映させなくて良い。問二ですでに答えたからだ。ただし、Sが「「理論内在的」あるいは「物語り内在的」(A)なのであり」は踏まえる必要があろう。「SがAであり、それをGと呼ぶこともでき」ると、Aが中継点となってSとGをつなぐからだ。
Gの「〜的」には一般に「〜のような/〜についての」などの意味があるが、ここは歴史的出来事が「物語りのような」存在だ、という意味だろう。以上より「Sは/Aなので/(物語りとの重なりを指摘(B))だから(→Gといえる)」とつなげたら良さそうだ。
2⃣ 傍線部(最終文)の近い所から視野を段落に広げる。まず、後ろ3文目で、それまでの長い例を受け、歴史的出来事は「「物語り」のコンテクストを前提」とするとし、それを後ろ2文目で「物語り負荷的」と、傍線部で「物語り内在的」と言い換える。これより「Sは/物語りの文脈に位置づけられる(A)ので/Bだから」。
次に、後ろ2文目「(歴史的出来事の)存在性格は認識論的に見れば、素粒子(物理学)や赤道(地理学)などの「理論的存在」と異なるところはありません」に着目。これより「歴史的出来事(S)は/他の科学的事象がCなのと同じく/物語りの文脈に位置づけられ初めて認識される(A)ので/Bだから」とアウトラインを決める。
3⃣ Cについては、Aと相似形になるように、関連段落の③④段落から「(他の科学的事象が)理論的探究の中で実在を認識(保証)される」とした。
Bについては、Aからのつながりを意識した上で、科学理論について述べてある②③段落の「(実在と理論は)不即不離」「(実在と理論的探究は)表裏一体」を参考にし、「理論」と相似の関係にある「物語り」に援用した。
他、①段落より歴史的事実と科学的事象が「知覚できない」こと、④⑦段落から「物語り」の説明を加えた。

〈GV解答例〉
実在を確信されながらも知覚できない歴史的出来事は、他の科学的事象がその理論的探究の中で実在を保証されるのと同じく、直接間接の証拠を吟味し総合した物語りの文脈に位置づけて初めて認識されるという意味で、本質的に物語り行為と一体化して現れるから。(120字)

〈参考 東大現代文P解答例〉
歴史的事実は直接的には知覚できず、その実在を主張するには、直接間接の証拠と一連の理論的手続きを要する。この点で歴史的出来事の存在は、理論的存在と同様の性格をそなえ、虚構と異なり、歴史学の理論に相当する物語行為によって、実際が確証されるから。(120字)

〈参考 S台解答例〉
歴史的事実は、物理学における理論的存在と同様、直接知覚することはできないが、史料や調査といった証拠に基づく理論的な探究を通じて、恣意的に捏造された虚構を排し、諸々の出来事を特定のコンテクストにおいて再構成した物語りとして実在するものだから。(120)

〈参考 K塾解答例〉
過去の歴史的出来事は、現在の我々からは直接的に観察できず、その存在は、我々が文書史料の記述や絵画資料、発掘物を理論的に検証する手続きを通じて、個々の事象を関連づけ、一つのまとまった出来事として構成することではじめて確証されるものだから。(118字)

〈参考 T進解答例〉
物理学や地理学における「理論的存在」と同様に、歴史的事実は過去のもので直接的な知覚が不可能であるため、歴史的事実の実在を確証するためには、史料批判や発掘物の調査といった、「物語り」行為をもとにした理論的「探究」の手続きが不可欠であるから。(120字)

問五(漢字)
a. 蓋   b. 隣接   c. 呼称

〈設問着眼点まとめ〉
一.一文把握→構文変換/相似性の利用。
二.直接言及なし→「虚構/実在」対比の利用。
三.対比は要素をそろえて明確に。
四.一文把握/「始点→A→終点」設定/類比。

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