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宗教とマーケティング

先日訪れた、長野の善光寺
開闢1400年を数える、日本でも有数の
お寺の一つと言って良い。

この善光寺、何と檀家がいないそうだ。
お寺と言えば、檀家の方々の墓地の
管理や、お葬式や供養の際にお経を
読むことが主な仕事を占めており、
そこから収入を得ているイメージを
持っていた。

となると、他の収入源のみでお寺の
経営を成り立たせている
ことになる。
観光地的な要素が強く、参拝客も多いゆえ、
まず考えられるのはお賽銭だ。
それ以外には門前の店舗や宿坊などから
いただける不動産収入や、
祈祷や御朱印などのサービスないし
物販的な収入
、そして心ある方々から
寄進などが考えられる。

観光地的な収入源に依存する割合が
高かったとすると、コロナ禍で相当な
ダメージを被ったはずだ。
実際のところは何とも分からないが、
この時代、お寺だって電気や水道、
ガスといった公共料金はかかるし、
食べ物や飲み物も必要。
そして何より、立派な建物を維持管理
していかなければならず、それには
相応の費用がかかるわけだ。

そういった費用を賄うためにも、
しっかりとした収入基盤を確保する
ことが必要不可欠。
だからお寺にも商売のセンスが必須!
とか、マーケティングの知識が必要!
と結論づける必要はないものの、
経営、マーケティングについてそれ
なりに把握しておくことが、確実に
収入基盤の安定化に資する。


話は飛ぶが、今日はドラッカー学会の
年次大会
が福岡で開かれている。
今年のテーマが、禅やマインドフルネス
とドラッカーを結び付ける
という、
興味深い内容。

いくつもの素晴らしい講演と、パネル
ディスカッションが行われたのだが、
その中で臨済宗のお坊さんでありながら
精神科医でもある川野泰周氏のお話を
聞いていて、改めて気が付いた。

川野氏は、仏教が日本に広がっていく
過程で、様々な「方便」を使って、
民衆の側が分かりやすいように、その
教えを説いていった、という説明を
してくださった。
仏教の教えを、かみ砕いて、一般の
人にも理解できる言葉で伝えないと、
そもそも誰もありがたがってくれない、
すなわち普及できないこととなる。

これは、仏教もマーケティングしてきた
のだ、ということに他ならない。
「お客様」たる民衆が分かるように
彼らがメリットを感じられるように、
「商品」たる仏教の教えを伝えていく
努力をしてきたと説明できるのだ。


同様に、キリスト教の世界的な布教に
関しても、マーケティング発想が至る
ところに詰まっていることを指摘する
ことが可能である。
この点については、少々長くなりすぎる
と思うので、今日のところは一旦止めて
おきたい。

いずれにせよ、マーケティングの発想や
ノウハウは、宗教にも極めて効果的だ

ということは間違いなく言えるのだ。

己に磨きをかけるための投資に回させていただき、よりよい記事を創作し続けるべく精進致します。