記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

綾辻行人『再生』を読んで(一部ネタバレあり)

「ホラー小説」というジャンルの響きからは連想しにくいような、なんだか儚く切ない読後感が私のなかに生まれた。

この切なさの正体は何だろう?

異様な光景から物語は始まる。

揺り椅子に行儀よく坐る、白いドレスを着た17歳年下の新妻には頭部がなかった。それは比喩表現でもなんでもなく。

最愛の妻・由伊の首をのこぎりで切り落としておきながら、夫・宇城は待ちわびていた。妻のその身体から「新しい首が生えてくる」のを――

「いや、ばっちりホラーじゃないか」という声も聞こえてきそうだ。

しかし今回は由伊の身体の「秘密」の詳細についてはあえて触れず、「切なさ」の根源を探ってみたいと思う。

本作品では約40ページの中でゾクッとするホラー的な描写、軽妙な会話表現、詩的な描写……が目まぐるしく入れ替わる。

とりわけ、印象深かった描写に注目してみたい。

冒頭、雨の描写

「再生」を願い、由伊の首を切り落とした後。

人里離れた山中に建つこの別荘を外の世界から切り離してしまおうとでもいうように、そうして私たち二人を凍りついた時間に閉じ込めてしまおうとでもいうように、冷たく激しく降りしきっている。

「冷たく激しく降りしきる雨」には二重の意味でナイフのような役割が与えられているように感じた。

一つは、別荘で起きた「非日常」と外界の「日常」を鋭く切り分ける役割。もう一つは「再生」を信じようとする、宇城の心や思考を切り刻む役割。

信じたい気持ちに刃がめり込むとき、彼は降り止まぬ「後悔の雨」に身をさらしたのかもしれない。

交際後、絶頂の描写

由伊の身体の「秘密」が打ち明けられる前。

由伊は、いつもにまして激しく燃え上がった。攻め立てる私の身体にしがみつき、「助けて」と何度も繰り返していた。谷底へ墜落するような声を発して、二人は同時にはじけた。

「助けて」はただ感情の昂ぶりを表現したものではない。由伊の「痛ましい生い立ち」をほのめかしているが、ここでは深入りしない。

快楽の頂へと昇りつめていくのに「谷底へ墜落」という対義語にあたるような表現が面白いと思った。

今思えば、交際したての幸せの絶頂から「歯止めなく落下」していく二人の未来をも暗示していたのかもしれない。

真実を知り、孤独にふける夫の描写

由伊の「残酷な告白」の後。

時間の流れ方は、無数の小さな虫が私たちの心と身体を内側から喰い荒らしていく光景を想起させた。

出会った頃、由伊の妖精のような可憐さに胸をときめかせた宇城。
そんな彼女の口から発せられる悪夢のような「真実」。

仲睦まじく愛し合っていたはずの記憶の否定は、宇城をじわじわと、しかし確実に蝕んでいく。「無数の小さな虫」により「空っぽ」にされてしまう。

それでもなお主語を「私」ではなく「私たち」と置き、あくまで「二人で一つ」なのだと主張するような宇城の心情が読み取れて、哀しい。

狂気のなか、ひたむきな夫の描写

首の切断の契機となる「事件」の後。

真っ白な美しい肌と火傷を負った首から上との対比は、あまりにおぞましく無惨で、私に行動を急がせた。

彼女の身体の「秘密」を思い出し、「再生」を願って血や脂にまみれながら首を切り落とす宇城の姿は狂気じみているかもしれないがひたむきで純真さを感じる。

二人の間に「愛」はなく、ひとりよがりな「恋」に夢中になっていたという真実を知っても宇城の由伊を慕う気持ちが褪せることはなかった。

それはもう「恋」ですらなく、ただ粘度の高い執着だったかもしれないけれど。

そして場面は冒頭に戻り、宇城はただひとり待ちわびる。由伊が「蘇る」ことを信じて――

* *

こうして振り返ってみると「詩的な描写の数々・愛の記憶の否定・宇城のひたむきさ」が私に切ない読後感を与えたようだった。

いつか綾辻氏の長編も読んでみたい。

(引用元)
『角川ホラー文庫ベストセレクション 再生』より。綾辻行人『再生』、角川ホラー文庫

この記事が参加している募集

熟成下書き

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?