今度はサル。また変なモノ出てきましたな。 開業医のひとりごと 秋山一誠 2022年6月号
#開業医のひとりごと
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#秋山一誠 (あきやまかずせい) 文
コロナ禍で我々の生活が大変な制限を受けている今日この頃、「マスク外せ」、「いや、また戻せ」といった行ったり来たりの不安定な状態です。現時点では当地サンパウロでは「まあ落ち着いているでしょう」といった感じですが、これでコロナ収束に向かう保証はありません。まだいつまた流行がぶり返しても不思議ではない世の中です(註1)。
世界を巻き込んだ保健衛生的緊急状態でそれだけでも大変なのに、ここにきて何やら新規のよくわからん感染症が出現してきました。「原因不明の子供の急性肝炎」と「サル痘」です。前者はアデノウイルスが関与しているらしい。後者は天然痘の親戚ウイルスが原因です。今年夏期のブラジルの年始年末でインフルエンザが流行ったように、コロナ禍で今までと違った生活(註2)をしていると普段では見ることのない感染症が現れます。いわゆるバイ菌は「空いている場所を占拠する」のが一つの特徴であるので、感染症全体がコロナ対策で減ると、「じゃあ」といって他のが出てくるということです。
『まあ、生物であればなんでも混んでいる所より空いている場所のほうが繁殖しやすいからなあ。人間でもそうか。ブラジルでは空いている土地持っていたら(いちおう不法)占拠される確率大だからな』
サル痘は元々アフリカ大陸で局地的に見られる感染症(註3)だったのですが、ここ数か月で欧米の少なくとも12か国(註4)で100件近い発症例が認められています。コロナ禍の規制緩和で人の往来が増えているのでブラジルへ来るのも時間の問題でしょう。サル痘は人の天然痘の病原ウイルスの親類でオルソポックスウイルス属に含まれます。「サル」と言われますが、自然界でサル痘ウイルスを保有しているのはリスやネズミなど小さなげっ歯類だと考えられています(註5)。天然痘自体は新型コロナでも大議論になった「ワクチン」のおかげで撲滅された感染症です。罹患者の半数が死亡し、生き残ったのも顔に痕がついた大変な病であったのが、英国人医師のジェンナー(下の絵)が開発した種痘法が認知され普及したため1977年を最後に姿を消しました(註6)。世界保健機関は1980年に天然痘根絶宣言をだし、それ以来予防接種は行われていません。日本では1956年に最後の感染例があり、1976年に接種が中止されています。ブラジルでの最後の感染例は1971年で、1975年までに予防接種が行われました。ただし、当地は南米で最後に国内感染が勃発した国であるため、1966年から1973年の間、国家をあげて大々的に天然痘予防接種を進めました。その間に国内で2.68億回分のワクチンを製造した実績があり、これが1975年から始まったPrograma Nacional de Imunização(PNI、予防接種国家プログラム)に発展した歴史があります。
『このプログラムのおかげで現在もブラジルは世界的に予防接種先進国と認知され、ブラジル人のワクチン好きもここから来ると考えられる。それが今回の新型コロナの場合も功を奏して非常に高いワクチン接種率に至ったと一因と言えるのでは?』
筆者を含め、現在大半の医師が天然痘を診たことがないので、良い機会なのでサル痘をダシにおさらいしてみましょう。医療の現場では潜伏期間や症状などが似ているので「天然痘」「サル痘」「水疱瘡」の見分けが難しいとされます。実際は「天然痘は根絶してるし、サル痘はアフリカだし、では水疱瘡であろう」といった診断の仕方になっていたのですが、ここにきて水疱瘡と同じく子供が罹りやすいサル痘が出てきたので注意が必要です。サル痘は5日〜21日、平均7〜14日(天然痘は7〜19日、平均10〜14日;水疱瘡は平均7〜21日)の潜伏期間を経て、発熱、強い頭痛、リンパ節の腫れ、筋肉痛、強いだるさで発症します。発症から24時間くらいで水疱が頭と顔に出現し、やがて体躯に広がります。水疱は顔以外では特に手のひらや足の裏にできやすく、口の粘膜や眼、生殖器にも出現します。出現から10日ほどでかさぶたになります。かさぶたが消えるまでは3週間程度かかります。水疱がある間は伝染します。水疱のでき方や特徴は天然痘そっくりで見分けがつきません。唯一の違いはリンパ節の腫れが天然痘にはないのですが、水疱瘡にはあるので、ややこしいです。確実な判定は水疱内の分泌物をPCR検査することで得られます。
『そうです、コロナ禍で有名になったPCR検査はコロナ専用ではないのです』
サル痘はヒトからヒトへの伝染は難しいとされていますが、今回の流行はアフリカへ渡航歴(つまり、アフリカ現地で動物と接触があった)がない人達なので、ヒトからヒトへの伝染はあるのでしょう。感染は飛沫感染と接触感染ですが、「長期にわたる接触」が必要とされています。アフリカでは致死率が20%まで報告されていますが、彼の地では栄養不足の子供が多いのが理由と考えられています。WHOの試算では一般人口では致死率3〜6%程度とされています。治療薬はありません。いちばん有効な対策は「予防」であり、現在コロナ禍で行っている措置、マスク使用、手洗い、アルコール消毒、ソーシャルディスタンスで十分と考えられいています。また、天然痘の予防接種を受けた人は交差免疫があり、サル痘に感染しにくく、85%の発症予防率がある報告がされています。現在だいたい55歳以上の方は天然痘の予防接種を受けている(註7)ので、安心ですが、問題は小児ですね…24人の読者様は接種されていますか?年齢がわかりますよ。
月刊ピンドラーマ2022年6月号
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