アンドレー・クルス クラッキ列伝 第163回 下薗昌記 月刊ピンドラーマ2023年6月号
ブラジル代表では数多くの名手が直接FKを決めてきた。
ペレやリヴェリーノ、ジーコら美しい軌道を描くキックをブラジル国民は数多く目撃してきたはずだ。
しかし、自陣ゴール前で体を張るはずのザゲイロ（CB）がFKを直接沈める光景は決して多くない。
しかも、パワフルなシュートでなく、美しいシュートならばなおさらだ。
1989年10月13日。イタリアのボローニャにあるレナート・ダッラーラ・スタジアムで行われたブラジル対イタリアの親善試合には33,800人の観衆が集まった。
翌年に控えたワールドカップイタリア大会に向けてのテストマッチで、もちろん場内の大多数はイタリア人サポーター。しかし、彼らはカナリアイエローのユニフォームを着たザゲイロの芸術弾に沈黙する。
世界的名手、ワルテル・ゼンガが守るゴールマウスに直接FKを叩き込んだのはアンドレー・クルスだった。
1990年のイタリア大会出場は逃したものの、1998年のフランス大会は準優勝メンバー。アンドレーがブラジル代表で決めたゴールは、イタリア戦の1点にとどまったが、左利きで技巧派CBのアンドレーは、幼少からシュートセンスを持ち合わせるクラッキだった。
1968年9月、サンパウロ州のピラシカーバ市で生まれたアンドレーは、地元のアマチュアクラブでプレーしていた幼少期、その得点力で自らの人生を変える。
ある日の練習試合のこと。対戦相手はすでに名門グアラニーの下部組織に合格している11歳から12歳の少年だったが、幼きアンドレーは2得点。そしてカンピーナス市のグアラニーの下部組織に誘われ、合格するのだ。
当時は中盤でプレーしていたが、ある時、CBの選手が負傷。コンバートされた。
アンドレーはこのポジションを気に入り、得点を奪う立場から、守る役割に立ち位置を変えるのだ。
一年を過ごしたグアラニーでクビになり、次に向かった下部組織はライバルのポンテ・プレッタ。ここでプロに上り詰めたアンドレーは成功の道を歩み始める。欧州で初めて所属したベルギーのスタンダール・リエージュでも得点力を発揮したアンドレーだが、1994年から在籍したイタリアのナポリは特別な瞬間だったという。
「マラドーナとカレッカがいたクラブでのプレーは実際、特別な瞬間だった」（アンドレー）。2023年5月、イタリアのセリエAでナポリは実に33年ぶりの優勝を飾ったが、前回優勝の英雄だったのがマラドーナとカレッカのスーパーコンビだった。
ナポリ在籍の一年目、CBとしては異例となる7ゴールを決めたアンドレーは1997年、ACミランの一員となる。
2002年にブラジルに帰国し、ゴイアスに移籍。その後、インテルナシオナウに在籍した後、左利きの技巧派CBは2004年にゴイアスで引退を決意する。
コパアメリカやACミランの一員としてイタリアのセリエAで優勝するなど数多くの成功を手にした守りの人は2021年、カンピーナス市近郊のサンタ・バールバラ・ド・オエステ市で経済開発部門の長官に就任。新たなキャリアを歩んでいる。
ブラジル代表としてピッチに立った33試合で決めたゴールはイタリア戦の1点のみ。しかし、あの日、ボローニャの街で描かれた美しい弧は、セレソンの歴史の一部として永遠に刻まれる。
下薗昌記（しもぞのまさき）
大阪外国語大学外国語学部ポルトガル・ブラジル語学科を卒業後、全国紙記者を経て、2002年にブラジルに「サッカー移住」。
約4年間で南米各国で400を超える試合を取材し、全国紙やサッカー専門誌などで執筆する。
現在は大阪を拠点にJリーグのブラジル人選手・監督を取材している。
月刊ピンドラーマ2023年6月号
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