「午後の曳航」構成解説【三島由紀夫】
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「午後の曳航」は昭和38(1963)年に刊行された長篇小説です。日米英合作で映画化され、ドイツではオペラの原作にもなりました。トーマス・マンの影響を受けながらもそれをうまく翻案し、「絶対性の追求」といういかにも三島らしいテーマが展開されています。
あらすじ
「午後の曳航」は第一部の夏と第二部の冬の二部構成からなっています。
前半の第一部は「男は大義へ赴き、女はあとに残される」話です。女は男を陸の生活に縛ろうとするが男はその感情の戦いを制します。
横浜・山手に母と二人で住んでいる13歳の登は、自分の部屋の大抽斗(ひきだし)を抜き取ったところに覗き穴を見つけ、度々そこから母の部屋を覗いていました。ある夏休みの夜、彼は穴から前日出逢っていた航海士の塚崎竜二と母の二人を覗き、これを奇跡の瞬間だと感動します。
竜二は海に「栄光」や「大義」があると信じている孤独な風情の逞しい男で、登はそんな竜二に「英雄」として憧れを懐きます。そのことを仲間の同級生のグループに話します。
このグループは「首領」と「一号」~「五号」の六人からなる集団で(登は三号)、「世界はいくつかの単純な記号と決定で出来上っている」「生殖は虚構であり、従って社会も虚構である」といった虚無的な思想を共有していました。そして「世界の空洞を充たす」為、猫を殺害して解剖を行います。
一方、登の母房子との束の間の時間を味わった竜二は再び船に乗ることになります。日章旗がはためく夕焼けの中、登と房子は竜二の船出を見送ります。
第二部は、第一部で築かれた物語が腐敗し、やがて崩れ去っていく様が描かれています。
再び横浜に帰ってきた竜二は房子の舶来洋品店・レックスを一緒に経営するため、陸での生活に必要な下らない一般教養を学び始めます。この竜二の変化を俗世への墮落と捉え失望していた登は二人の婚約を聞き、始終を首領に語ります。同級生たちは「父親」と化した竜二を再び「英雄」とするため、処刑を計画します。
登は竜二に、友だちにパパの航海の話をしてほしいと持ちかけ、金沢区富岡の丘の上にある洞穴に案内します。これまでの自分の歩みを思い返しあと一歩で後悔しそうになっている竜二がこれから子供たちに処刑されるところで、物語は幕を閉じます。
「若きウェルテルの悩み」・「ヴェニスに死す」
三島は作家として活動を開始して以来トーマス・マンに非常に強い影響を受け、彼が「トニオ・クレーゲル」で展開した二元論を自己流にアレンジし「認識か行動か」という問題を文学で追求してきました。この作品はマンの「ヴェニスに死す」を典拠としています。恐らく「ヴェニスに死す」が「若きウェルテルの悩み」を典拠としていることも読めています。
「若きウェルテルの悩み」、「ヴェニスに死す」の構成についてはこちらのfufufufujitaniさんと週休二日さんの記事をご覧下さい。
「ウェルテル」は夏至に男女が出会い、冬至に男が亡くなる、太陽と水の恋愛の物語です。一方「午後の曳航」は第一部の夏と第二部の冬の二部構成。クライマックスで竜ニ(ウェルテル)は登(ロッテ)に殺されます。
奇妙な莫迦げた観念が、突然彼の心に割り込んだ。いつか船長が話してくれたことがある。船長が一度ヴェニスへ行った日のことを。満潮時に、船長が訪れて愕いた、一階の大理石の床が水びだしになっている美しい小さな宮殿を。
彼は思わず口に出して言いそうになった。小さな美しい水びだしの宮殿。……(第四章、文庫版48頁より)
「ヴェニスに死す」はアッシェンバッハ(太陽)が「水びだし」の街、ヴェニスに殺される物語です。ヴェニスという街が一人の魔女になっているのです。前後の分脈から察するに、三島はヴェニスが一人の女であることを読めていたようです。そして「ヴェニスに死す」は同性愛の小説。三島は竜二と房子の関係を描くように見せかけて、実は竜二と登の関係を主題としているのです。
登は、母がいつもうるさく叱る、せっかちな咀嚼をくりかえしながら、それでも焼いた固いパンの耳を、太陽をでも嚥み込むように、まぶしく嚥み込みながら、昨夜見たあの完璧な絵の図柄を心に呼び返していた。(第五章より)
これはつまり登が竜ニ(ウェルテル、アッシェンバッハ)の幻想を味わっている場面で、
一度視界から去った竜ニの姿は、もうそれとみとめられるだけの燐寸棒ほどの小ささながら、ふたたび陸地へ向いかがやく夕日へまともに向った船尾の日章旗と共に現れた。(第一部第八章より)
こちらは洛陽丸に乗った竜ニが房子と登の母子と別れるシーン。恐らく陸からの目線では竜ニの姿が夕日と重なっています。竜ニ=日章旗=太陽の等式が成立つのです。
つまるところ、三島は陸の生活(房子・登の母親)を否定するためにウェルテルを下敷きにしたのです。これによって彼は形而上的な男の大義(太陽・海に挑む男)の肯定に成功しました。この背景には勿論、戦後日本に対する批判の意味も込められています。
「カラマーゾフの兄弟」?
子供による親殺しと言えばオイディプスを典拠とした「カラマーゾフの兄弟」ですが、父フョードルを殺害した犯人は隠し子のスメルジャコフでした。謂わばスメルジャコフはニヒリズムの擬人化であり、猫を殺害していました。猫好きで有名な三島ですが、もしかするとカラマーゾフからアイデアを得て描いたのかも知れません。
関連リンク
fufufufujitaniさんによる「グレート・ギャツビー」の構成解説です。この作品も「午後の曳航」と同様「若きウェルテルの悩み」を典拠としており、経済を語る上で非常に重要な要素である通貨発行権を扱っています。
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