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ショートショート「最後の親孝行」

「なんかさ、本屋さんで本に手を伸ばしたら、「僕も好きです、太宰。」なーんて話しかけられて、恋が始まったら素敵だよね~」

「そんなの、あるわけないでしょ。」


パートさん2人が話しているいつもの光景。
俺は内定も決まり、来月の就職までの間にバイトをしている。

突然すぎる自己紹介かもしれないが、俺は最初に話していた女性の心が読めている。
いわゆる人の思いを読める力を持っている。

子供の頃からその能力と付き合っていて、本当に面倒くさいなと思っている。この世の中に、いわゆる「読める人」はいくらかいて、社会に揉まれる生活を送る頃には、その能力は薄れてなくなっていくらしい。

          ◇◆

人の心が読めるついでに、
最初に話していた女性の紹介を。

彼女は36歳独身、実家に両親と住み、本を読む時間を増やしたいからと今のパートを選んでいる。ルックスは「東野圭吾が好き。しかも比較的軽めな作品の方の。」と言いそうな今時の風貌ではあるが、そこは予想外にも太宰治を中心とした昭和の純文学を好む傾向にあるようだ。

彼女はパートがある日はほぼ、帰りに職場近くの本屋へ行く。

目的は2つ。1つは本。もうひとつは、本屋の店主にかなりの好意を持っていることだ。

今日のバイト終わりに、失礼ながら本屋まで尾行させてもらった。俺の読み通り彼女はまっすぐに本屋に入り、最近になりやや充実してきた太宰治のコーナーへ向かった。俺も側まで後をつけ、何気なく店主がいるかとレジの方へ目をやった。

彼女の情報によると、ここ数ヶ月から、店主から軽い挨拶や、天気の話が出来る距離感をゆっくりと築いているらしい。

店主と目が合ったが、俺ではなく、近くにいる彼女を見つけたようだ。こちらに寄ってきたので、俺は店主から死角の位置に移動した。


「いらっしゃいませ。まだ寒いですね、
春はもうすぐですが。」

「えぇ、春が早く来てほしいな…。って
思います。」

会話が終わってしまう。
と思った彼女が、続けた。

「あ、あのぅ……。
ここの本屋さん、太宰が充実していていいな。って思います。」

「いつもここにおいでになるので存じておりました。僕も好きですよ、太宰。」

彼女はハッと息を呑んで、
高鳴る心臓を手で押さえコクリと頷いた。

         ◇◆

店を後にした俺は、踵を返し店の勝手口から本屋の事務室に入った。うっすらと笑みを浮かべた店主に、俺は言った。

「で、どうだった?」

「ん、まぁな。
少しずつお近づきになれそうな気がするよ。」

「ふーん、よかったじゃん。」

「この歳になって、人を好きになるなんて恥ずかしいが、まさか息子のお前の力を借りるとは思わなかったよ。彼女の情報をくれてありがとう。礼を言うよ。」

「いえいえ、こちらこそ。男手ひとつでここまで育ててくれてありがとう。お礼の代わりっちゃなんだけど、役に立ててよかったよ。」

「お前も、就職してからがんばれよ。
たまには帰ってこいよ。」

「あぁ。ありがと。
そっちも第2ステージがんばれよ。」

(fin)