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誤字脱字の指摘は感想ですか?


 たまに頼んでもいないのに、誤字脱字を指摘する人がいます。
 最初に言っておきますが、私は誤字脱字を指摘されることをまったく望んでいません。

 だいたいそういう指摘をする人は、記事に関する感想はほとんど皆無であり、誤字を見つけて喜んでいるようにしか私の目には映りません。

 誤字脱字を指摘されて「嬉しい」と思う人の心理は私にはまったく分かりません。
 私は自分の間違いを指摘されることは嫌いです。

 あなたが私の文を読んで「誤字脱字だ!」と気がついたのなら、それでいいんじゃない?
 わざわざ書いた相手に「誤字脱字があった!」と指摘する意味は何でしょう?

 「私はあなたの文章をきちんと一字一句読みましたよ」というアピールなのでしょうか?

 学生時代の時にも「何か質問はありますか?」と先生から聞かれると
「先生!、さっき先生の書いた『田』の書き順が間違っていました」とか
「ここでは『追及』ではなく『追求』を使うべきじゃないですか」という"感想"しか言えない人がいました。

 間違いを指摘されて喜ぶという感覚は、私には分かりません。指摘して相手に恥をかかせたり、嫌な思いを与えることがそんなに楽しいですか?


 こういう話を私が言うと、「自分の間違いを認めない人なんですね?」とか「器が小さいですね」とか、嫌味の上乗せをしてくる。
 
 あなたが間違いだと分かる程度の間違いならば、私にとってはたいした間違いではないから、放っておいてほしい。

 誤字脱字を少なくする努力は必要でしょう。どうしても指摘したいなら、そういう時こそ、相手のことも考えて「クリエイター問い合わせ」を使ってみたらどうですか?


 私だって、毎日たくさん記事を読んでいれば、「ん?」とか「あれ?」とか思うことはあります。けれどもいちいち指摘はしません。誤字ひとつをもって記事全体の価値が損なわれるとは思っていませんし、指摘しても相手に不快な思いを与えることしかないことを知っているからです。

 「間違いを指摘してくれてありがとう」と思う人もいるでしょう。そして、「うわっ!メンドクセー奴が来た!」と思っても表面上「ありがとう」という返事をもらうことも多いのでしょう。

 ただ、私の経験上、誤字脱字の指摘ばかりする人は、イヤな奴が多いです。人の些細な間違いが気になって気になって仕方のない人。おそらく、そういう人って、ニュートンやアインシュタインの計算間違いとか綴りの間違いを見つけて、「私のほうが賢い!!」なんて思うような人種です。

 ものにはいい方やタイミングある。相手の距離感、信頼関係をどれだけ構築できているかにも依る。

 こういうことを書くと「じゃあ、もう二度と間違いを指摘しません!」と逆ギレしたりする。だから、そういうのがウザいんだってば。
 間違いなんて、そのうち自分でも気がつくものだし、何度も同じ間違いをしているようだったら、人目のないところでこっそり相手に伝えればいいでしょ?あなたが本当に相手のことを思っているならば。
 
 はい、確かにあなたの書く文章には誤字脱字はほとんどないようですね。あなたの書く話は、つまらない話ばかりですけどね。
 


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