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予言者 | 第3話 | もう1人の予言者との遭遇

 どれくらいの時間が経っただろう。アカネが話しかけた。

「ユウキがカナコさんの未来を探っているとき、どんどん顔が険しくなっていった。たぶんユウキが未来を見つけた瞬間、今までに見たことがない恐い顔をしてた」

 アカネの目は少し涙ぐんでいるように見えた。

「やめておいたほうがいいかな。人の過去とか未来を探ることなんて」と僕は尋ねた。

「そのほうがいいかもしれないわね。正直に言って、カナコさんの過去にも未来にも、すごく興味があるけれど、ユウキがどうにかなってしまったら、私、耐えられない」

「ありがとう、僕のことを気遣ってくれて。ここらへんで、人の過去を探ったり、未来を探るなんてやめておこう」

「ごめんね、ユウキ。いろいろ私がけしかけちゃって。今度はさぁ、また二人でどこか外へ出掛けようか?こうやって家の中で過ごすのもいいけど、手をつないで歩いたりとか、普通の恋人がやってるようなこと、してみたい」

「恋人?僕のこと恋人だと思ってくれてるのかな?」

「それはそれでしょ。キスなんて、普通の友達の男の子とできるわけないわ」

「ありがとう。今度はどこへ出掛けようか?」

「どこってことはないけど、今度また、二人でブラブラしよう」
アカネは微笑みながら言った。


 しばらくアカネと会うことはなかった。もしかしたら、他人の過去を探るということより刺激的なことはあまりないのかもしれない。
 カナコさんの過去や未来を探ることをやめた僕たちに、いま、会う口実はなかった。でも、またいずれ会うだろうから。


 あれ以来、街中を歩いていてすれ違う人の過去が「見えてしまう」ということはなかった。いまだにどういう場合に「見える」のかは分からなかった。ほんの一時期限定の能力だったのかもしれない。

 未来がわからないから人は生きるのであって、なにが起こるのか事前に分かっていたら、生きる意味がない。


 アカネと最後に会ってから、1ヶ月が過ぎたころ、思いがけないことがあった。
 公開されたばかりの「君たちはどう死ぬのか」という映画をひとりで見に行った帰り道、僕はカナコさんに偶然出会った。
 カナコさんは、初めて会ったときと同じ青い服を着ていた。

 僕は思わず、「カナコさん!」と呼び止めた。
 カナコさんは驚いた表情を見せた。
 あいさつより先に出てきたものは、「どうして?」という表情だった。

「なぜあなたは私の名前をご存知なのです?」

 しまった。うっかりしていた。僕はカナコさんの過去を何度も探っていたから、名前を知っていたが、面と向かってお名前を尋ねたことはなかったからだ。

「なんであなたは、私の名前を知っているのですか、ユウキさん」

「えっ?!」

 今度驚いたのは僕のほうだった。

「なぜあなたは、僕の名前を知っているのですか?」

 この前、アカネと僕が一緒にカナコさんに出会ったとき、僕たちはお互いの名前を伝えていない。それなのにどうしてカナコさんは僕の名前を知っているのだろう?


「ずいぶん不思議そうな表情をするのですね、ユウキさん」

 にっこりと微笑みを浮かべながら、カナコさんが語り始めた。

「私もあなたと同じですよ。私も、人の過去を脳内スクリーンに映し出すことができるんです」

 僕にできることなら、他に同じような能力を持つ人がいても何ら不思議ではないのに、やはり僕は驚いた。

「相当驚いたようね。この前ユウキさんに出会ったとき、私は直感したんです。この人も私と同じ力をもつ人だって。だから、この前にあなたとお会いしたあと、あなたの過去を少し探らせていただきました」


「アカネさんにそそのかされて、(『そそのかす』って言葉はあまりよくないけど)ユウキさんは、私の何年か前の過去を探っていましたね。私には知られたくない過去があります。だから、あなたが私の一番好きだった男の子のことを知ろうとしたとき、あなたの脳内スクリーンにそれ以上私の過去が映らないように邪魔したんです」

「そんなことがカナコさんには出来るんですか?」

「できちゃうんですよ。私がこの能力を身につけたのは、あなたよりも、ずっと前のこと。能力というものは、神様から与えられるものですが、研鑽を積まなければ、自然に向上していくようなものではありませんから」


「ユウキさんは、私が私の過去をあなたに見られないように妨害したとき、あなたの能力を忘れようとしましたね。私はあなたとは違って、恐い過去を見れば見るほど、もっと自由自在に自分の能力を高めるための努力をしてきました」

「カ、カナコさん、あなたはこの能力がなぜ僕に身についたのか、もしかしてご存知なのでしょうか?」

「それは、、、。私の口からは『今は』言えない。けれども、あなただって薄々気づいているじゃないかしら」

「あの神社が何か関係している?!」

「それはこれから、ユウキさん、あなた本人がご自分の能力を高めれば分かることです」

「カナコさん、聞いていいですか?あなたは、この能力を高めたことで幸せになりましたか?僕はこの前、あなたのことを知ろうとしたとき、ものすごい恐怖感を覚えました。あなたはご自分の能力を恐いと思ったことはありませんか?」

「私の場合、恐いとか恐くないとか、そういうことは関係ないんです。この能力を使わなければ、今まで生きてこれなかった。ただそれだけです。じゃあ、ここで私は失礼します」


「待って!待ってください、カナコさん。僕はもっとあなたのことを知りたい」

「私のことを知りたければ、あなた自身の脳内スクリーンに私のことを映し出せばいいだけのこと。もちろん、私はユウキさんが私の過去を探ることは妨害しますけど。あなたが私の能力の以上の能力を身につけることですね。じゃあ、私はここで」

 カナコさんはそう言い残すと、僕に背を向けた。このままお別れか?と思った瞬間、カナコさんは振り向いてこう言った。

「あ、そえそう、あなたの彼女のアカネさん。アカネさんはあなたにとって一番好きな女の子なのかしら。もうすでに死んでしまった女の子も含めて、の質問ですけど」

 僕はなにも言い返すことが出来ないまま、その場に立ち尽くしていた。いつの間にか、カナコさんの姿は僕の視界から消えていた。


 僕の耳には、カナコさんの「一番好きな女の子なのかしら」という言葉が残響していた。間違いなく僕は今、アカネが一番好きだ。しかし、「もうすでに死んでしまった女の子も含めて」という言葉が気にかかっていた。
 そう言われてはじめて、まだハッキリと自分でも分からないのだが、もしかしたら、僕の人生の中にそういう女の子がかつていたような気持ちになっていた。


「あれっ?!ユウキじゃない?こんなところで何してるの?」

 その言葉で僕は我にかえった。背後から聞こえた声は、アカネだった。

「アカネこそどうしてここに?」

「今ね、友だちと一緒に『君たちはどう死ぬのか』を見てきたところ。ユウキからデートに誘われるのを待ってたんだけど、全然誘ってくれないから、女友だちと行ってきたの」

「そうだったんだね。『君たちはどう死ぬのか』なんて、アカネと一緒に見るような映画じゃないと思って誘わなかった」

「あら、そうだったの。言ってくれれば良かったのに。ユウキと一緒に見たかったな。ま、友だちと見るのも楽しかったけどね」

 アカネは会わなかった期間の穴埋めをするように話しつづけた。

「今、見てたんだけどさ、ユウキはカナコさんと一緒に映画を見たの?ずいぶん親密そうに会話してたけど」

「違う、違う、そんなんじゃない。映画を見終わったあと、カナコさんにばったりと出会って」

「ふ~ん、そうなんだ。こっそり覗くのは悪いと思ったけど、ユウキはもしかしてカナコさんのことが好きなの?」

「そんなことは絶対にない。綺麗な人だな、とは思うけど、僕が一番好きなのはアカネだよ」

「もう死んでしまった女の子も含めて?」

「聞こえてたのか?」

「ぜんぜん。でもなんとなく。聞いてもいい?カナコさんとどんな話をしていたの?」

「過去を覗く能力について」

「えっ、ユウキの能力のこと、カナコさんに話しちゃったの?」

「僕から話したんじゃないよ。カナコさんのほうから。実はカナコさんも僕と同じ、人の過去を探る能力を持っているようなんだ。この前、アカネが一緒に僕の部屋いたとき、カナコさんの過去を探っていたことを知っていた。どうやら、カナコさんの能力は、僕の能力より格段に上だ」

「驚いた。予言者はユウキだけじゃなかったのね。ということは、カナコさんにユウキの過去も探られているってことね」

「そういうことになるね。だから、僕たちがここでこうやってカナコさんの話をしていることも筒抜けってことだね」

「負けてちゃいられないわね。カナコさん以上の能力を身につけないと」

「正直に言えば、もうこの能力は捨ててしまいたい。けれども、カナコさんの能力より上をいかなければ、僕の過去を探られてしまう」

「そうだね。退くことはできないね。これは宿命かもしれない」

「宿命か、、、。『運命』ならば、自分の意思でコントロールできることもあるけど、『宿命』からは逃れることはできない」

「私はユウキのことが一番好き。だから、ユウキにずっとついていきたい。これからも一緒にいていい?」

「すごくありがたいと思う。けれども、もしかしたら、アカネの将来を変えてしまうかもしれない。僕がもつ『脳内スクリーン』の能力は、(なんとなくだけど)人の『死』に関係しているような気がしているんだ。アカネの身に、何か起こってしまうかもしれない、と考えると正直迷う気持ちもある」

「私は、、、一番好きな男のためなら、命を差し出すことも厭わないという覚悟があるよ。ユウキにはその覚悟がないのかな?」


予言者 | 第3話 | もう1人の予言者との遭遇
終わり。



記事を読んで頂き、ありがとうございます。お気持ちにお応えられるように、つとめて参ります。今後ともよろしくお願いいたします