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自分の機嫌をとるのって案外大変だよねっていう話。

 最近、私がnoteをはじめた頃に読んだ記事を読み返しています。なんとなくそういう気分なんですよね。
 もうnoteをはじめてから2年が過ぎ、今年の8月には丸3年が経ちます。その間に特に大きな心境の変化があったわけではないのですが、やはり少しずつ気持ちの変化というものを感じます。

 フォローする人やフォロワーは、少しずつ変化していきます。
 私の記事を読んでくださる人、私が読みたいと思う記事。ガラッと一夜にして変わることはありませんが、少しずつ入れかわりながら変わっていく。

 親しくしていただいた方が休止されたり、退会されたり。そして、また戻っていらっしゃったり。。。
 毎日投稿をつづけて、毎日いろいろな方の投稿を読んでいると、変化を感じにくいものですが、ふと「なんか違うんだよな」という違和感を持ちます。

 ハッキリと「こういう違和感があります」とは言えず、「なんだろうな?」と思うとき、初心に戻りたいというか、初期の頃に楽しく読んでいた記事を読み返してみたいな、という気持ちになります。

 特に大きな不満があるわけでも、特に最近noteがつまらないとも思いませんが、まわりの人に迎合しているというか、どこか歯切れの悪い記事が増えたな、という印象はあります。


 この記事のタイトルは、先日の記事と同じように、奈津さんの記事のタイトルをそのまま使わせていただきました。

自分の機嫌をとるのって案外たいへんだよねっていう話。

 小さい頃は、自分の機嫌をとってくれるのは自分自身ではなく、まわりの大人、特に両親、どちらかと言えばお母さんだった、という人は多いと思います。

 しかし、当然のことながら、いつまでもかまってもらえるわけでもないし、かまってもらいたくもない。そのかわりに、友だちや恋人に機嫌をとってもらうようになった、なんて人もいるかもしれませんね。

 けれども、親しい人だって不機嫌になることもあります。自分の不機嫌を相手にぶつけるのに、相手の不機嫌は回避したい、なんて気持ちになっちゃうこともある。
 お互いに不機嫌をぶつけ合えて「よかったぁ」と思える人はそれでいいけれども、自分で自分の機嫌をとれるなら、それに越したことはない、と思う人もいます。

 私は、親しい人であればあるほど、自分の不機嫌を相手にぶつけたくない。また、相手の不機嫌を受け止めるには、自分が比較的元気な時じゃないと「無理」って思ってしまう。

 孤独・孤立を望んでいるわけではありませんが、なるべく自分の機嫌は自分でとりたいな、と思います。でも、自分1人で自分の機嫌をとるって難しいんですよね。


 少し話は変わりますが、自分の機嫌をとるために、自分のお金を使うことを「自分へのご褒美」って言いますね。「褒美」とはどういう意味でしょう?

 いくつかの辞書にあたってみましたが、褒美とは基本的に人から与えられるものであって、自分の身銭をきることを意味しません。だから、本当は「自分への~」という言い方は本来の言葉の使い方から考えるとおかしい。

 それはともかく、「自分へのご褒美」という言葉がいつ頃から頻繁に使われるようになったのだろう?、と思って考えてみました。
 「自分へのご褒美 いつから🔎」と検索してもよくわからなかったので、自分なりに考えてみました。

 「おそらく」ですけれども、アトランタオリンピックの時に、有森裕子さんが「自分で自分を褒めたい」と言った頃から、自己肯定感を表現する「自分へのご褒美」という言い方が増えてきたのかなぁと思います。
 バブルが崩壊して以降、昭和的な価値観を多少ひきずりつつも、自らを鼓舞する言い方が増えたように感じます。

 「自分へのご褒美」の他に、その頃から耳にする機会が増えた言葉に「癒される」「癒された」という言葉があります。

 私が「癒された」と言うとき、癒してくれたモノやヒトには、私を癒そうなんて意図はまったくないことが多いでしょうね。なのに「癒された」と口にするのは、ふだん自分の思いどおりに癒してくれるような存在がいないからか?あるいは求めていないからか?それとも、他人を求めたくなるほど傷ついているからか?


 「自分へのご褒美」「癒された」。

 1人でつぶやくぶんにはいいですけれど、人前で「自分へのご褒美」だの、「癒された」だのいう言葉を聞くと、「そんなに人にかまってほしいの?」とか「私になにか不満でもあるの?」と突っ込みたくなってしまう。そういう気持ちになると、自分でも口にしてるクセに!って思ったりします。

 いずれにせよ、「自分へのご褒美」とか「癒された」という言い方は美しくないな、と感じます。代替案がないから、自分でも使ってしまうんですけどね。


結び


 あまり議論したい気持ちはありませんし、積極的にコントラヴァーシャルな物言いをしたいとも思いません。
 だから、エッセイはあまり書かないで、詩や小説、語学関係の記事を書いてきました。
 けれども最近「人に優しい記事」が多すぎて、物足りなさも感じるので、せめて今月くらいは言いたいことを言いたいように、批判を恐れずに書いてみようと思います。

 








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