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カルタヘナ法

 最近ニュースで比較的よく聞く言葉だ。詳しいことは上のリンク先(↑)を見ていただきたい。
 簡単に言うと、カルタヘナ法とは、遺伝子🧬を組み替えられた生物の取引を規制する法律である。自然界には決して存在しない生物を規制することで、もともといる生物の多様性を保持しよう!という趣旨である。日本も批准した法律である。

 研究目的で作られた「光るメダカ」を学生が持ち出したことが報道された。


 私自身は生物に詳しくない。ただ、自然界に存在するものに手を加えて、新たな生物を作ることは、直感的に良くないと思うだけだ。
 しかし、こういった遺伝子組み換えの技術は、例えば、害虫に強い作物を作ることであるとか、医療の分野において、欠かせない技術のひとつである(そうだ)。


 品種改良と遺伝子組み換えの違いはわかる。だが、品種改良はよくて、遺伝子組み換えは規制されるというのは、「倫理的」になかなか難しい問題だと思う。

 今存在する生物、例えば犬にしろ猫にしろ、自然状態のままでは、決して生まれなかったであろう品種が作られてきた。
 人間以外の他の動物ならば、まだよいが、例えば、すべての人間の体を長寿な遺伝子に置き換えるなんてことになったらどうだろう?


 高齢になっても、病気にかかりにくくなることは、よいことのように思えるが、100歳になっても働かなくてはならないという風潮が強くなるだろう。果たして幸せな社会だろうか?
 年金・医療費は、高齢者が増えるごとにかさむ。だからといって「年老いてもずっと働きつづけて下さい、元気なんだから」という感じになると、やはり生きづらい社会だと思う。

 ある程度の年齢になったら「もう働かなくていいよ、ご自分の好きなことを思う存分やって下さい!」という社会のほうが私の理想に近い。
 「働く=お金を稼ぐこと」という考え方ではなく、仕事以外の楽しみを満喫できる「働く=楽しみ」となるといいなぁ、なんて思ったりする。

 「働く=楽しい=お金ももらえる」という人もいるだろうけれども、多くの人にとって「働く=疲れる=大してやりがいもない=ただの義務」だろう(と思う)。

 いつまでたっても、死ぬまで、ボケられない、働かなくてはならない、では医療もそんなに進歩しなくていいよ、っていう感じ。適当なところで、あの世に行く自由がほしい。
 みんながそんなふうに考えたら、社会は成り立たない、という人もいるだろうけど、労働から開放されるというのは、けっこう古くある理想郷のイメージではないだろうか? 


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