連載小説①漂着ちゃん
リュックサックにロープだけ入れて山を目指した。日に数人しか利用客がいないような駅だったらどこでも良かった。駅周辺には、数件の家屋しか見えない。そこに魅力を感じたから下車した。
細い道が一本あって山頂へとつづいている。けもの道だろう。だったらなおさら好都合だ。道なりに進んで行った。それにしても長い道である。もうすでに人家はひとつも見えなくなっていた。なのに道はどこまでもつづく。
何時間歩きつづけたことだろう?
だんだん冷えてきた。もうここら辺でいいだろう。しかし、喉が渇いた。少し潤してからにしよう。ここまで来たら急ぐ必要はないのだから。
辺りには雪が積もっている。それをとかして飲もうか?いや、水があるならそれに越したことはない。
耳をすますと微かに川のせせらぎが聞こえる。私はせせらぎの聞こえるほうへ歩を進めた。
小さな森をすり抜けると、はたして川が流れていた。思ったより水量が多い。ほとりまで近寄って、両の手で水をすくい、ゴクリと飲んだ。雪解けの水が体にしみる。凍えているのに少し温かいような気がした。私はむさぼるように水を飲んだ。
喉の渇きがおさった。その時である。視野の片隅に人影らしき漂流物を見た。目を凝らす。
「えっ、そんなバカな!」
もう一度目を凝らす。間違いない。眼前の中洲には裸体の少女が横たわっていた。
私に生きようという積極的な意志があったならば、そのまま放置していたことだろう。しかし、どうせ生きる希望などない身の上だ。死んでもともとなのだから、少女を助けたいと思った。私は冷たい川の中を歩き始めた。
ようやくたどり着いた。ぶるぶる震えながら、少女のもとへ近付いた。
遠くから見た時には分からなかったが、顔立ちが整っていてとても美しい。おそらく高校生くらいの女の子だろう。少し膨らんだ胸に手をあててみた。柔らかい感触の先に鼓動を感じた。
「良かった! 生きている!!」
私は必死だった。そのあとのことは良く覚えていない。少女を背負って山を降り始めた。しかし、途中からの記憶がない。気がついた時には、麓の茅葺き屋根の下にいた。
「お目覚めになりましたか?お加減はいかがですか?」
見知らぬ老婆が私に語りかけた。
「それより、あの女の子はどうなりましたか?無事ですか?」
「ははは、大丈夫そうですね。自分の身のことより女の子の具合のほうが気になるとは。もしかして、惚れましたか?」
なんともズケズケ聞く婆さんである。
「いえ、そんなんじゃありません。たまたまあの女の子を見つけて心配で…」
「たまたま、ですって?!こんな山奥にたまたまお越しになったのですか?」
「はい、そうです。この場所を選らんだのは、本当にたまたまなのです」
老婆はにっこりと笑った。
「とにかくお元気そうで。何があったのか存じませんが、死のうなんて考えないことですね。あなたがここにたどり着いたのも何かのご縁でしょう。体が温まるまでごゆっくりなさい」
「ありがとうございます。けれど私は、自分のことより、あの女の子が元気なのかどうか知りたいのです。会わせていただけませんか?」
「会ってどうするんです?あのような女の子が川で発見されるのは、ここではよくあることなんです。決して珍しいことではありません。とにかく、今はお休みになりなさい。お話はそのあとにしましょう。私はこれから出かけます。留守番していてください」
妙なことになった。しかし、凍傷した足や腕がいたむ。とりあえず今は、老婆の言う通り休もう。
そういえばさっき、おかしなことを言っていたな。川で女の子が発見されることは珍しくない?
いったいどういうことなのだろうか?
裸の女の子が川に流れているのが珍しくない?
もっと上流に温泉でもあるのだろうか?
しかし、こんな山奥に少女が一人でやって来るとは思えない。親と一緒ではないのだろうか?
謎が多い。今は考えてもムダか?
私はいつの間にか、暖炉の火にあたりながら眠りに落ちた。
つづく
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