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夢Ⅰ(35)

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☆主な登場人物☆

Ν Ν V Λ

 リックの前を赤い羽織を靡かせて《赤色》が、後ろには《青色》。
 《赤色》の前、一行の先頭を《茶色》が進んでいた。
 「起点の石柱」を後にして、「果て無き森」に踏み込み。ひと月分の夜を過ごしたが、森の中で起こる出来事は、日増しに難解さを増し、リックは森に対して理解しようとすること、予測することをすでに諦めていて、進むごとに起こること、出会う物を素直に受け取めることに力を注いだ。
 また、《水色》と別れて、森に入ってから、リックは《茶色》や《赤色》、《青色》とこれからのことを積極的に話すようになった。
 目的は、変わらなかった。必ず「力の民」の元へと辿り着く。そして。
 そのために、できる限りの努力をすることにした。

 

 《赤色》の羽織を追い、彼が一歩で進む凸凹とした根の隆起を、リックは這うように登り、また、尻を着いて滑り降り進んだ。汗の滲む額に手をやり、空を見上げると、朝からの雲が白く陰影をつけて頭上を覆っている。雲が姿を変える様子は無く。一行の目指す先には、濃い白を突き上げて巨大な木肌が聳えていた。地平をまたぐ異様な大きさを持つ木肌は、晴れた日には、まるで空の青を代替わりするように塗りつぶし。天頂部は、白い光と溶け合うように、空の先へと消えていた。常軌を逸した「巨大すぎる木」の存在は、その光景を受け入れようとする視覚が奮闘し、次第に天地が有耶無耶になるほど混乱してしまうため、注視することが危険なほどだった。
 曇りから晴れ、晴れては曇り、そして雨と、森の天候は刻々と変化したが、太陽を見かけることはなかったし、曇りの日を除いて、空が明るさを失うこともなかった。
 この森では、《茶色》から離れる程に、光は速度を失い、目に映る出来事が、真実とは限らなかった。風に乗ってやって来る、彼方の景色は、遠い昔の出来事の投影かもしれなかったし、近づくと、数歩前まで見えていた巨木が根こそぎ打ち倒されていたり、目の前に突然断崖が現れたりした。
 森の中を進む中で、とてつもなく大きな、四足歩行のクジラ面の怪物や、般若面の化け物の残光を目にすることがあったが、三人のヌエ達のおかげで、この森を縄張りとしている、それらの「危険な物」に相対することはなかった。
 木々が作り出す影もまた、一か所にとどまり続け、少し深い影に潜り込めば、光は遮られすっかり夜のような闇に包まれた。

 

 

 根の隆起を超えると、リックは、眠気から来る体のだるさと向き合いながら、腰の高さ程の枝葉を分け、しっかりと足を運んだ。昨夜は、あまり眠ることができなかった、というのも大木の洞で休む一行のすぐ脇を、大きな何かが、ゾルゾルと一晩中這い進んでいたからで。「あれは、危害を加えて来ないから大丈夫だよ。」と寝付けないリックに《茶色》が付き合い起きていてくれたことを思い出す。

 二人は、《赤色》と《青色》が目を覚ますまで、夜を通し様々な話をした。リックは、森に踏み込んでからは、自らの声を使い話す事を心掛けたが、思うように言葉が出ずに、会話の合間に、何度も、何度も詰まることがあった。《茶色》は、その間を埋めようとはせずに、続く言葉が出てくることを知っているというように、穏やかに流れを遮ることをしなかった。
 リックは初めて、自身の声を使って《茶色》に崖の棚の家族に「力の民」がした行いを話した。詰まりながら、時々の感情を思い出しながら、少しづつ少しづつ、先に進む話を《茶色》は優しく受け止めてくれた。
 《茶色》に向けて話すうちに、思いを言葉にすることで、本当は何を思っているのか、核の部分を純粋に見つめることができているような気がし、ヌエ達の生活に紛れ込んだことで、彼らに迷惑をかけてしまっているのでは、《灰色》や《黄色》、《水色》に対しても、責任を感じていることを、しっかりと伝えた。
 リックの話が終わるまで聞き終わると《茶色》は、少し間をおいてから、右手を左の袂に潜らせ、答えた。それは、腕を組むような、力を込めないその仕草は、何かを抱え上げるようで。
 「君の経験したことは、とても辛いことだと思う。」
 「体からあふれ出るほどに大きな気持ちを、しっかりと受け止めようとしているけど。」「その気持ちは、行動したからと言って、解決するとは限らないように感じるよ。」
 彼の右手には、あの十字型の石が握られているのだろうか。
 彼は続ける「でも、確かに。君は進んでいる。」「君のその気持ち、『心』に引き寄せられて。」
 洞の入り口を大きな横腹が、ゾリンと少し削ぎ落した音がした。
 「みんな本当は、君に。彼らの元へ行ってほしくないと思っていたんだ。」外では、巨大な何かが急ぐことなく、移動を続けている。ゾリゾリ、ゾリゾリと。
 「でも、最近思うのさ。俺たちの旅と、君の旅の目的は、とても似てきているって。」
 リックは、しっかりと《茶色》の目を見つめた。
 「この旅が無事に終わり、その先で君がまだ望むなら。『彼ら』の世界へと辿り着けるように、俺たちが協力することを、約束する。」
 リックへとおくられた最後の言葉と、その意味を、ゆっくりと、深く心に刻み、「ありがとう。」と震える唇で、懸命に言葉を口にした。
 目的は、変わらない。

Λ V Λ Λ

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