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はじまりはいつも猫 第一章(1)

《はじめに》

本作は、数年前に書き始めたものの、途中で投げ出してしまった作品です。なので、今の段階で未完成……どころか、多分想定している文量の三割程度しか書けておりません。

創作大賞への応募は来年を目指そうかなぁ、と考えていたのですが、それだと絶対に書かないまま放置を継続することになると思うのです!(自慢すな!)

なので、それならいっそのこと創作大賞を(失礼ながら)利用させていただき、自分に少しプレッシャーを掛けながら、この物語を完成させてみようと思い至った次第です。

でも、正直なところ、今から二ヶ月弱で書き終える自信は全くなく、高い確率で未完成のままタイムオーバーになるやろなぁ〜と思っています。
それでもいいや、少しでも書き進めることが出来たら、私にとってはそれで十分! と思ったので、無理矢理応募することにいたしました。

いっそのこと、「創作大賞2025」のタグを付けようかと真剣に思ったのですけど……さすがにやめておきます。

完結しなければ本当に申し訳ないので、読んでくださいとは言いま


【あらすじ】

※未完成作品につき、後日追記、編集すると思います。ご了承ください。


 半ば騙されたような形で、気の進まないままに、ある女性のピアノを調律をしないといけなくなった私。しかし、彼女には、不思議なことが沢山あった。しかも、どう考えても好意的に捉えられないような違和感だらけ。電話の印象も最悪だし、コミュニケーションにもかなりの難がある。
 それでも、諸々の事情により請けざるを得なくなった仕事だ。やむを得ず、彼女のピアノの調律に伺うことにした私だが……。
 その日は、生憎の雨。尚更に気が滅入る私に追い討ちを掛けるように、実際に会った彼女の印象はそれに拍車をかけた。しかも、その家の中は酷い悪臭が漂っていたのだ。
 多頭崩壊なのかネグレクトなのか……その家では、たくさんの猫が飼われていたのだった。


第一章(1)


 始まりはいつも雨——。そんなモチーフの歌が、私の頭を巡っている。
 平成初期に流行ったヒット曲のサビの部分を、私は無意識に口ずさんでいた。実際のタイトルは、平仮名だったかもしれない。でも、歌詞にしてメロディが付くと、「言葉」は「音」になる。意味さえ伝われば、表記は重要でなくなることもある。作詞者には失礼な話だろうが、メロディを耳でキャッチする時に限ってはやむを得ないだろう。
 まもなく午後の三時になろうとしていた。陽が傾くにはまだまだ早い時刻なのに、陽が沈む直前のように薄暗い。雨による視界の悪化は、運転に極度の緊張をもたらした。とても歌う気分になんてならないはずなのに、気付いた時には、私は車内に見えない何かが乗っていても聞こえないぐらいの小声で歌っていた。
 しかしながら、潜在意識を刺激したのであろうインプットと、導かれたアウトプットとの間に関連性を詮索したところで、単に雨が降っていることしか思い当たる節はない。別にチャゲアスのファンでもなかったし、特段好きなナンバーでもないのだ。なので、「雨」からどういった連想を積み重ねてこの曲まで辿り着いたのか、全く解明出来ないぐらいに理由や必然は見出せないでいた。
 いや、でも人生の選択でさえ、時にはそんなものかもしれないし、その方が好転することもあるかもしれない。

 うん、行ってみれば、予想外に良いことあるかもしれない……そう、前向きな気持ちに切り替えようとしても、突然降り出した雨にはどうしても憂鬱になる。どれだけ気持ちを切り替えようとしたところで、この先の展開を予想するだけで、どうしても気分が滅入ってしまう。買ったばかりの、まだ二回しか履いていないパンプスが汚れてしまうだろうし、久し振りに上手くまとまった髪も、湿度で不恰好に膨張し、無残な形状に変形しつつある。
 髪は、女を美しく彩る武器にもなれば、不細工な演出を強いる足枷にもなる。前者はポジティブな活力と自信を植え付け、後者の時は、とにかく気分が滅入る。今の私の髪は、間違いなく後者だ。だから、先週、時間の取れた時に美容院へ行っておくべきだったのに……そんな自分都合の後悔さえ、全て八つ当たり気味に雨へ責任転嫁する。
 ネガティブな感情だけが渦巻く雨のドライブを、とても楽しむことなど出来ないままに、誰に見せるでもないふくれっ面で車を目的地に走らせる。
 その間も、脳内ではチャゲアスがリフレインする。あの独特の、甘ったるくて少し鼻に掛かった粘着質な歌声がなぞるメロディを、私は何とか振り解くべく、仕事への集中を試みる。
 佐伯昌枝と会うのは、今日が初めてだ。電話で数回やり取りしただけで、彼女のことはほとんど知らない。でも、受話器越しの印象だけで判断しても、とても会いたいとは思えない人物だと想像がつく。むしろ、直感的にこれほど会いたくないと思う人物は、なかなかいないかもしれない。反復するワイパーの向こうを睨みつけながら、今日までのことを思い返すことにした。



 数週間前、夫が提携している関東の業者から、調律の依頼があった。どうやら、名古屋在住の方のピアノを修理したので、今後のメンテナンスをお願いしたい、とのことだ。
 しかし、何故、名古屋の方がわざわざ関東の業者に修理を依頼したのだろう?  そう疑問に思った夫は、雑談を装い、それとなく業者に尋ねてみた。すると、少し込み入った事情を聞かせてもらうことになった。

 実は、その方の出身地が千葉県で、生家がまだ千葉の茂原にあったそうだ。しかし、築百年を超えるその古民家には、もう何年も人が住んでおらず、また、今後も住む予定がなかったとのこと。ただ放置されているだけの、誰も寄り付かない古い木造の家屋は荒廃を尽くし、ほぼ廃墟と化していたそうだ。
 やがて、誰からともなく幽霊が出るなんて根も葉もない噂が立ち、近所のヤンチャな子たちが「肝試し」と称して不法侵入するようになった。そして、この「幽霊屋敷」の噂は、SNSやLINEを通じて地域の若者の間で拡散された。そうなると、もう歯止めが効かなくなる。ほんの数週間で、次から次に若者のグループが訪れる心霊スポットとなってしまった。
 いつしか、大昔にこの家で発生した悲しい事件、なんてものが創作され、直ぐにそれは真実であるかのように語り広められた。
 すると、今度はそこに尾鰭が付き、その時の霊が成仏出来ないでいる、写真や動画に写るらしい……そんな馬鹿げた噂も捏造された。いつの時代も、若者たちの中には、噂話、しかもオカルト絡みのネタになると、面白おかしく信じ込もうとするものが一定数いるものだ。
 数ヶ月も経たないうちに、毎週のように誰かがやってくるようになった。深夜に数台のバイクで乗り付けるグループもいれば、酒を飲んで大声を上げる者もいた。挙句、別のグループと鉢合わせになり、小競り合いから喧嘩に発展し、警察が駆け付けたこともあった。
 必然的に、タバコの吸い殻やゴミのポイ捨ても増え、近隣に住む住民は、そのうちタバコの不始末から火事にならないかと心配した。急激な治安の悪化から、自治会によるパトロールも不可欠となり、近隣からのクレームも激しくなった。中には、司法に訴えるべきという、強硬な意見も飛び交うようになった。

 そして、ついに、自治会の会長より、佐伯昌枝宛に内容証明で封書が届いた。地域住民の署名を添えた嘆願書だ。家を何とかしろ、不良の溜まり場になってる、地域住民が迷惑している、騒音で眠れない人もいる、家屋の倒壊や火事も心配だ、直ぐに対応しないと法的措置も検討する……そういった内容だった。
 昌枝は、ただ固定資産税を支払ってるだけの実家を、自らが所有しているという事実を認識しながらも、その意識は消失していた。もう、何十年も現地に足を運んだことさえない。その事実は、社会人として無責任な振舞いであることは承知していた。
 とは言え、こんな事態を招くことになるとは全く想像も出来ず、まさに寝耳に水だ。昌枝は弁護士に相談し、直ぐに対応を協議した。そして、弁護士を通じて、自治会への謝罪を文書で申入れた。また、直ぐに家屋を解体して更地にすると約束し、迷惑料としてまとまった金額を自治会に寄付することも表明した。だから、何とか溜飲を下げてもらえないかと依願した。
 結局、昌枝は一度も茂原に戻ることなく、自治会と和解することが出来た。ただ、彼女は、家屋の中に沢山の家具と一緒に、アップライトピアノが一台、取り残されていることを覚えていた。なので、解体の前に、ピアノの状態を確認すべく、近くの業者に見積もりを依頼した。他の家具は、家屋と一緒に処分するつもりだ。だが、ピアノだけは、もしまだ「生きてる」なら引取りたいと思ったのだ。
 業者の診断によると、昌枝のピアノは「瀕死状態」だった。そのままでは、とても使える状態とは言えないが、オーバーホールすれば生き返るだろうとのことだ。
 しかし、あまり推奨はされなかった。というのも、製造から六十年も経過したピアノなので、木材やフレーム(鋳鉄)に、解体してみないと分からない、つまり、見た目からは判断出来ないトラブルを抱えている可能性も否めないのだ。要するに、バラしてみない限りは見つけられない、何らかの不具合があるかもしれないとのこと。
 その場合、大幅な追加見積もりが発生することになる。とは言え、ピアノを工房へ運び込み、ある程度、作業を進めてからようやく分かることなのだ。その段階で、それだとやっぱり要らない、と言われた場合、そこまでに要した費用と原状回復の費用をきちんと支払って頂けるのか……業者としては、どうしてもその点を危惧してしまうのだ。
 それに、もっと本質的な問題もあった。そもそもが、そこまでの価値があるピアノではなく、品質的なグレードも決して高くない機種だ。要するに、このピアノに数十万円、下手すれば百万円以上も掛けて直す価値は、なかなか見出し難いと言えよう。
 更に言えば、これは一般的にもよくある勘違いなのだが、完璧に修復した所で、それは機能的な万全に過ぎず、決して良い楽器になるわけではない。極端な話、二十万円のピアノを百万円費やして修復しても、百二十万円の楽器にはならない。良い状態の二十万円の楽器になるだけなのだ。多少の付加価値は出るだろうが、費用対効果はマイナスだ。なので、同じ高額の予算を費やすなら、もっと良い楽器を購入する方が得策ではないか……業者からの提案を兼ねた報告は、そのような内容だった。

 しかし、そういったシビアな意見は、昌枝には一切興味がなかった。もっとシンプルでいい。直せるか否か……彼女が知りたかったのはそれだけだ。直して使えるなら、そうして欲しい……昌枝は、そう即答した。商用的に価値のないピアノだろうが、彼女にとっては、小学生の頃に両親に買ってもらい、二十代半ばで家を出るまで、ほとんど毎日のように弾いた思い出のピアノなのだ。
 確かに、もう何十年も触れたことさえなかったピアノだ。だからと言って、不要な物でもなく、忘れたこともなかった。
 彼女は、幼少の頃の記憶とリンクして、常にあのヽヽピアノのことが脳裏の片隅にこびり付いていたのだ。子ども時代の沢山の思い出、両親と過ごした幸せな日々、温かい暮らし……その全ての記憶は、ピアノを媒介して、辛うじて昌枝の中に繋ぎ止められていた。それなのに、廃棄処分という、物理的に存在が消えてしまう生々しい選択を目の当たりにすると、どうしても受け入れられないことに思えてくる。それは、昌枝にとって、過去を……いや、もっと言えば人生そのものを、消去することに近いのだろう。
 高齢の昌枝にとって、過去にすがれる形ある存在は、もうピアノしかない。実際に触れることはなくても、存在しているだけで救われ、安心していたのだ。それだけで、その後の過酷な人生も、幾分か中和されていたのだろう……そう思うと、ピアノを救い出すことは、彼女なりの終活の一部なのかもしれない。
 約二ヶ月後、下見をした業者により修復されたピアノは、昌枝が今住んでいる名古屋の自宅へ運び込まれることになった。千葉の幽霊屋敷は、ピアノを搬出した数日後に、残された家具も諸共に解体された。

 そして、ピアノを納品する数日前、修理を終えた関東の業者から、夫にメンテナンスの依頼が入ったという流れだ。
 そこまでの経緯を聞いた私は、「厄介な仕事、請けちゃったね。絶対に変な婆さんだよ!」と軽く揶揄うと、「そんなことないって。絶対、良い人やと思うし」と、何故か夫は楽観的だ。

「いやいや、それはないでしょ!  話聞くだけで偏屈なお婆さんってイメージしかないよ。それに、簡単に弁護士雇ったり、家を解体したり示談金みたいなのを払ったり、即決でオーバーホールもしたんでしょ?  金持ちの嫌な人かもよ。覚悟しといた方がいいと思うけど」
「そうかなぁ、こういう人ほど、優しくて良い人の気がするけど」
 普段は慎重派の夫だが、今回はどこまでも楽観視している。これは、きっと何か隠してるに違いない……そう思った私は、茶化すのをやめ、真面目モードで聞いてみた。
「ねぇ、どうしてそんなこと言えるの?」
 すると、後ろめたそうに本当のことを話し始めた。

「えぇとね……実はさ、このお客さん、女性調律師がご希望なんだって……だからさ、そのぉ……」
「はぁ?  私が行くの?  嫌だよ!」
「他に誰が行くんだよ?   俺が女装してもバレるでしょ?」
「何アホなこといってるの!  ってかさ、請ける前に相談してよ!」
「ごめん、でも、あの会社から依頼されたら、どっちしても断るわけにはいかないじゃん」
「それはそうだけどさぁ……」
「だからお願い!」
「いきなり頼まれて、しかもヤバそうな人なのに、はい分かりました、なんて言えないよ。もぉ、何で今頃言うのよって話なの!」
「だから、その点は謝るよ。申し訳ないと思ってる。でも、頼まれた時に即答した方が先方さんも喜ぶし、安心するでしょ?  散々お世話になってる会社なんだから、請けないと申し訳ないよ」
「それは分かるけど……」
「それにさ、一つ良い話もあるよ。このお客さん、猫飼ってるって!  下見に行った運送屋が言ってから間違いないよ!」
「あのさぁ、そうやって猫を持ち出せば、いつも許すと思ってるの?  もぉ……請けちゃったから行くけどさ、今度からは先に相談してよ?  あとね、今は猫は関係ないから!」
 いつもそうだ。夫は、夫婦喧嘩をした後も、私が不機嫌になってる時も、困った時には必ず猫の話題を持ち出して、その場をしのぐ癖があった。しかし、分かっていても、猫と聞くだけで許容や是認に傾く私がいるのも事実だ。
 そう、はじまりはいつも猫。



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