見出し画像

<第24回>会社の存在意義は、浸透させてこそ意味がある

『ソニー再生 変革を成し遂げた「異端のリーダーシップ」』 
平井一夫著(日本経済新聞出版)

❶イントロダクション~面白すぎて一気読み! 「ソニー再生」の舞台裏

本書は2021年に発刊された、ソニー(現ソニーグループ)前社長の平井一夫氏の著作です。平井氏は現在、ソニーグループのシニアアドバイザーに就任されています。日本を代表する大企業、ソニーを立て直した前社長の初の著作ということもあり、発売後すぐに5万部を突破しました。

今回も、本書の「はじめに」から、気になった部分を抜粋してみます。

”「どうやってソニーを復活させたんですか?」 いまでもこんな質問をよく受けます”
”事業の「選択と集中」、コスト構造改革など、メディアでは様々な分析がなされているが、核心はそこではない”
”自信を喪失し、実力を発揮できない社員の「情熱のマグマ」を解き放ち、チームとしての力を最大限に引き出すことをやり通したことが再生につながった”
”社員との信頼関係を築き、困難に立ち向かうためには、リーダーのEQ(心の知能指数)の高さが求められる”
”戦術や戦略といった施策だけでは、組織をよみがえらせることはできない”

本書は、平井氏がなぜ、上記のような考え方に至ったのか、これまでの生い立ち、仕事人生についても触れています。半分、自伝のような、ドキュメンタリー風のつくりになっています。
平井氏は、少年時代に日本と海外を何度も転居し、つねに「異邦人」として見られてきたことや、仕事においても、メインストリームから外れた音楽やゲームの領域でキャリアを歩んできたことが、リーダーとしての哲学のベースになっている、と語っていますが、いったいどういうことなのでしょうか?
早速、読み解いていきましょう!!

❷独断と偏見のお勧めポイント:報道陣から強い疑念、株主総会でも相次ぐ叱責

1カ月に1度、世界のどこかで社員と話を

前述したように、自伝的要素の強い本書ですが、今回は本書のメインである、社長就任後の話を採り上げます。

著者は、2012年4月に社長兼CEOに就任しましたが、そこからの数カ月、厳しい世間の眼にさらされます。4月12日の記者会見では、さまざまな痛みを伴う構造改革を発表したものの、報道陣からは強い疑念が噴出。さらに6月の株主総会でも、経営陣への叱責が相次ぎます。

こうして周囲の誰もが懐疑的な視線を向ける状況のなか、著者は現場の声を拾うことから始めます。じつはそれは、著者がいままでやってきたことと同じでした。

そのなかで感じた「情熱のマグマ」や「方向性の損失」から、グループが一丸となって何をめざすのかを示す必要性を、平井氏は痛感します。

しかし、そこは「ソニー」。ひと筋縄ではいかなかったことも、著者は率直に書いています。

”「この会社はなんのためにあるのか」、根本的な問いかけをミッションやパーパス、バリュー、ビジョン、企業理念に掲げる企業は多いが、ソニーグループの中には、「そういうのってちょっとダサいよね」という空気があったように思う”

さすが! としか言いようがありません(凄)。
多くの経営者なら、新たなトップ方針への反発などを心配しそうなところを、現場がよくわかっていることを感じさせる話です。
また、経営の拠りどころにしがちな創業者・井深大さんの言葉を、そのまま引用して繰り返し発信しても響かないだろう、とも言っています。これも「そのとおり」と、妙に納得してしまいました。
そこから生まれた、世界中でさまざまなビジネスを展開するソニーだからこそ響く言葉が、「KANDO」です。「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」ことが、ソニーの存在意義(Purpose)だというのです。

そして、「向かうべき価値」は浸透させてこそ意味がある、とばかりに、平井氏は世界中を回ります。

著者は6年間社長を務めるなかで、タウンホール・ミーティングを70回以上実施、ほぼ1カ月に1度、世界のどこかでソニーの社員と話をしています。その中身は、「お客様に感動を与える商品とサービスを創り出そう」ということで、社長が直接話しかけることで、価値観を共有させていったのです。

さらに著者は、スピーチが重要なのではなく、Q&Aセッションが重要だと言っています。

これもありがちな話ですが、硬い雰囲気の社長講話で、組織は変わるのでしょうか?
大切なことは、現場にその気持ちを浸透させることです。

大企業であり、ソニーの雰囲気をよくわかっていたからこそ、ということもありますが、「事前の仕込みはしない」「プライベートなことも聞いてOK」という、冗談ありのほぐし方もさることながら、「KANDOの意味がよくわからないから、説明してほしい」という社員にも、ていねいに説明したそうです。

また、社長巡回の話では、訪問先の事前準備の話が書いてあります。当然ですが、それはまったく意味がないと、苦笑まじりで著者は語っています。「社長巡回特別ランチ」の話などは、本人もかなり恥ずかしかったはずです。
社員食堂で一緒にランチをする際にも、とにかくすべて普段と同じように振る舞う、社員に事前に構えさせないことを自ら徹底させていたというのですから、正直、驚くばかりです。

忙しい経営者のみならず、上司の方々がそこまで気が回すのは、実際かなり難しいことだと、本書を読んでも思います。が、「上に立つ者こそ、気を遣うことが大切だ」という思いがあるのとないのとでは、雲泥の差でしょう。

❸深掘りの勧め:痛みを伴う事業売却と無視し続けたOBの忠告

いかなることがあろうとも、経営者は結果がすべて

最後に、ソニー復活の最大のポイントとも言える、痛みを伴う改革について採り上げます。

痛み、それは事業の売却や社員のリストラです。「ソニーの再生」に当たっても、事業継続の難しい事業の売却が行なわれています。

この英断によってソニーは見事、再生を成し遂げたわけですが、創業以来、長らく「エレクトロニクスのソニー」と呼ばれてきたことを考えると、とても難しい経営判断だったと推測されます。

じつは、本書のなかで唯一と言っていいほど、平井氏の「静かなる怒り」、素の感情が出てくるくだりがあります。それは、OBからの忠告を無視し続けた場面です。

本書には、OBからの「昔はよかった」「エレクトロニクスを軽視する経営はけしからん」といった内容ばかりの忠告に、「そんなノスタルジーが、ソニーをいまの会社にしてしまったんじゃないか」と、ズバリ本音が書かれています。

これは、過去の経営者たちが痛みを伴う改革をしてこなかったことで、社員への痛みが大きくなってしまったことへの怒りでしょう。平井氏は世界中の現場へ出向き、社員と視線を合わせる努力をしてきた経営者です。そんな平井氏だからこそ、そんなOBに会うと自分が抑えきれなくなる惧れがあり、忠告も面談も無視したのかもしれません。

”今の経営の方向性は現役の経営者が決めるべきだ”
まさに、そのとおりだと思いますが、実際は、とても難しいことではないでしょうか。
しかし経営者は、結果がすべてです。明確な正解などあり得ませんが、考えるしかないのです。
本書は、その一助になるかもしれません。

本書にはほかにも、ソニーのさまざまな有名なエピソードの舞台裏が書かれています。プレイステーションやテレビ事業再建の話も、めちゃくちゃ面白いですよ。

興味のある人は、ぜひ読んでみてください!

◆今回の名言◆

「あくまでも『目標で自分を動かせ』」
中村修二(1954年~/日本出身の米国籍技術者、電子工学者)

忙しさを理由に忘れがちですが……自分の目標は何ですか? 目標を設定し、目標に向かって行動したいものです。

★おまけ★最近読んでいる本

『俺は、中小企業のおやじ』 
鈴木 修著(日本経済新聞出版)

「かつてない危機のいまこそ、トップは現場へ行かなくちゃならん」。著者の鈴木氏は、その経営手腕、歯に衣着せぬ言動などから、マスコミの注目度は、会長退任後のいまなお健在です。本書は10年以上前に発刊されたものですが、著者の徹底した現場主義・現実主義は、いまこそ読まれるべきではないでしょうか。また、「”あると”便利なクルマ、それが”アルト”です」「セダンもあるけど、ワゴンもある。”ワゴンもあーる”」など、名セールスコピーの生みの親としても有名な鈴木氏の思考にも触れられる一冊。お勧めです。




この記事が参加している募集