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小学校の用務員のおじさん

写真:今も残る機銃掃射の弾痕(神戸市三宮駅)


おばあちゃんが、子どもの頃の話?
なんや、学校の宿題かー。
せやなぁ。

ああ、おばあちゃんが小学生の時はな
「用務員さん」その時は「小使いさん」て
呼んどったけど、
今は、「用務員さん」
言わなアカンて聞いたことあるから
「用務員さん」な。

用務員さんはなぁ、
学校の、すみっこの、
日のあたらん掘っ立て小屋にすんではってん。
後から継ぎ足したトイレはなぁ、
まわりを薄い木ぃの板で囲て、
すき間から中が見えるような
もんでなぁ。
用務員さんが、固い地面掘って、
両端に木ぃの板置いただけのトイレやったわ。

これが、臭ぁて臭ぁてな。
用務員さんは喋らん人やし、
鼻と耳から長い毛が出とるし、
みんな近寄るの嫌がってたわ。

掘っ立て小屋にはトイレ付いてなくて、
用務員さんは自分でこしらえはったんやな。
ほんで、用を足したら、
そこに土を被せてはんねん。
そら臭うわなぁ。

たまに、焼却炉・・てわかるか?
わからんやろなぁ
昔は、学校で出たゴミは、
学校で燃やしとったんやで。
嘘ちゃう。ホンマやで。

焼却炉なんかがパンパンになると、
「すみませーん」言うて、
掘っ立て小屋ノックするんや。
そしたら、無言で戸板がガラガラ開いて
「・・あ」言うて用務員さんが
ものすごい臭いさせながら聞くんや。

「焼却炉がパンパンで、ゴミが捨てれません」
言うたら、無言ですーっと焼却炉に歩いて行かはるねん。
そん時には、掘っ立て小屋の奥がチラッと見えるねんけど
いっつも同じ姿勢で
おばちゃんがこたつに入っとったわ。

用事が終わったら、
うちらは「ありがとうございました」
言うねんけど、用務員さんは「う」とか「あ」とか、
全く返事せんかのどれかやったなぁ。

いつ、聞いたんやったやろ?

子ども心に奥さんやと思っとったおばちゃんは、用務員さんの妹さんで
用務員さん兄妹は、神戸の空襲でお母さん、戦地でお父さんを亡くしはったんやて。

用務員さんは、その時は「勤労奉仕」言うてね、軍需工場で働いてはったらしいねん。

ほんでな。

そこの軍需工場、何回も爆撃受けたんやて。
目の前で、女の先生やら、
クラスメイトやらが助けてーっていうてるのを
後で助けるから、言うて、走って逃げたて、
おっちゃん言うとったって。

この話、誰から聞いたんやろな?

建物の下敷きになった子は、
すぐになくなる子もおったけど
だんだん近づいてくる炎をで
「熱い!熱い!助けて!」って
叫び声がするんやて。

それでも、生き残った子は防空壕へ逃げたり、
お城の跡に逃げたりしとったんやって。
おっちゃんは、俺は人殺しや。
友だち見捨てたて泣いてたらしいで。

ある日な、工場へ向かう道を、
機銃掃射がやってきてんて。
すーっと。

なんや、ゲームみたいにな。
人間を的にしてババババって撃ってくるんやて。

それも、
相手が子どもや老人やと分かっとっても、
ゲームやからな。
エンジンわざと切って、
しずかーに背後から近づくねん。

おっちゃんは、
妹を人に預けてから工場へ行く途中やったから
とっさに妹と田んぼの中に飛び込んでんけど、
左耳のすぐよこやら
太ももやらを、弾がかすってんて。

それから、
おっちゃんは喋らんようになってもた。

しかも、おっちゃんが撃たれてから、
すぐ終戦やったんやて。

その時だけは、
「あとちょっとだけ早く終わってくれとったら、お母ちゃんも
お父ちゃんも、死なんですんだんや。
俺の耳も聞こえたんや」
言うて、ぼろぼろ泣いたんやと。

身寄りの無くなった兄妹やけど
そこの小学校に、遠い親戚がおったらしいわ。
ほんて、小遣いさんにならしてもろたんやて。

あの時、戦災孤児のことなんて、
政府もほったらかしやったからな
おっちゃんら兄妹は幸運やったんやろな。

おっちゃんは、そら一所懸命働いて、
妹も一緒におれるようにと
学校に頼んで、板切れ集めて小屋作った。

自分と同じくらいの子が、学校で勉強してる中。
臭い親なしが!
って石投げられても必死で頑張った。

妹だけは、学校行かしたるんや
がなぁ、たまの口癖でなぁ。

妹?
ああ、無事に中学校卒業して、
靴の工場に就職したよ、
そこで知りおうた工場の息子と結婚もできた。
子どもも二人できた。

嫁ぎ先ではな。
孤児を拾ったったんや。お前は犬や猫以下や。
犬はしっぽふったらかわいいから、
お前は犬以下じゃ、て毎日なぁ。

まぁ、みんな生きるんに必死な時やったからな。
弱いもんに、さらに弱いもんに
暴力が向くんやな。

一言でも喋ったら殴られる。
ご飯たべさしてもらえへん。
病気なんかして、
ばれたらなにされるか分からんから
熱があっても、身体がどんだけ痛くても、
女中仕事と工場の仕事何年も休まんと。
え?
給料?
はははは。そんなもん、嫁に出すかいな。
ブラック企業?
へぇ、さすが、学校へ行っとる子は物知りやな。

子ども生んで、ある程度子どもが学校行く年齢になったら用済みや。
なんで用済み?
折檻する時にな
悔しかったら、俺くらい稼いでみぃ!
この金食い虫が!
って棒で殴られててな、
ほとんど視野が無くなってもうたんやて。
目ぇ、ほとんど見えんようになってもた。
そんで、それがばれてもて。

そしたら、お荷物は出て行け言うて、
二度と子どもにも会わせてもらえずに
真冬に追い出されたんや。

目ぇほとんど見えへん妹は、
なんとかかんとか小遣い小屋へ行った。
おっちゃんは、血だらけの妹を見て、
なんも言わんと小屋に入れて
妹が困らんようにトイレつくったんや。

この話、誰から聞いたんやろな?
こんなに喋るんも久しぶりや。

その後、ずーっと二人は暮らしたんやけど
ある日、おっちゃんは死んでもた。
ろうそく消えるみたいに、
すっとした、あっさりした死に方やったで。

小屋は、ものの半時間くらいで取り壊された。
あっけなかったなあ。
それでも、その場所に臭いだけがのこっとった。

目の見えへん妹は、
役所の人が来て、どこかへ連れていったわ。

ほんだけやな。

夏休みの宿題は、かけそうか?

あんたが孝の娘かぁ。
私、あの子には悪い事したなぁ。
新しい健康なおかあちゃん迎えたて聞いたから
その方が、あの子には幸せやったんかな。

幸枝と孝は、元気にしとるか?
そうか。そら良かった。

どないしたん?
泣いとんの?

頭なでてええか?
髪つるつるで、ええ匂いの、かわいいかわいい、こんなかわいい子泣かしてごめんな。
ちょっと待って、あめちゃんあるねん。
ほら、ピーチ味や。桃の匂いするやろ?
わたし、鼻はええねんで。
たぶん、これがピーチ味のあめやわ。

あんた、よう、この場所が分かったなぁ。


ああ
兄ちゃんがこの子連れてきてくれたん?
嬉しいなぁ。
兄ちゃん。
大丈夫?耳大丈夫?足、痛ない?

兄ちゃん。
私にも、孫がおったで。
会えたで
幸せやわ


会いたいなぁ
兄ちゃん。
え?もうすぐ会えるん?
私の目も、兄ちゃんの耳も、
治してもえらる場所に
兄ちゃんが連れてってくれるん!
楽しみやわ

ほんで、今日はどないしたん?
おばあちゃんの子どもの頃の話?
ああ、学校の宿題か・・・
せやなぁー。
昔、用務員のおっちゃんがおってな・・



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