八月マヤ

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ヤマモトの場合④

それでもレアに毎日電話をかけた。呼び出しもしなかったが、また電波が届かないのかもしれない。でも自分でもわかっていた。もうレアとはおしまいなのかもしれないと。 私と同じようにフィリピンパブで出会い、結婚した日本人男性は私の周りにも何人かはいた。みんなあまりうまくいっているようには見えなかった。子供を日本で産むのは不安だからと言って、フィリピンに帰ってそのまま戻ってこなかったなんて話も聞いた。フィリピン人妻のわがままに振り回されている人の話も聞いた。自分はちがうと少し前には思っ

    • ヤマモトの場合③

      夫婦になれば一緒に暮らせる。そんなことは当たり前のことだ。子供が生まれる前にはレアに日本に来れるのだと思っていた。しかしそうはならなかった。レアの在留資格が取れなかったのだ。詳しいことはよくわからない。なぜ正式に夫婦になっているのに、日本で一緒に暮らせないのかさっぱり理解できなかった。一度、申請し却下されると半年は再申請ができないとエージェントに言われた。そして何が理由で許可されないのかはわからないが、半年後にもう一度申請してみると言われた。 そんなことをしているうちにレア

      • ヤマモトの場合②

        こんな気持ちになったのはたぶん生まれて初めてだった。レアのことが頭から離れなくなった。朝、起きても、仕事をしていても。いてもたってもいられず、店に会いに行った。一人でああいう店に行くようになるとは自分でも信じられなかった。レアはいつも歓迎してくれた。時々、別の客の相手をしていることがあったが、そんなときは胸の奥がギリギリと痛んだ。 ある時、レアが浮かぬ顔をしていたので理由を聞くと、父親が病気だと言った。治療を受けさせたいが、お金がないのであきらめるしかない、と言って俯いた。

        • ヤマモトの場合①

          ある日、手紙を受け取った。ちゃんと自分宛てに届く郵便物を受け取ったのは本当に久しぶりだった。「親展」と書かれた白い封筒には知らない団体の名前が書いてあった。 手紙を読み驚いた。妻のレアと娘のマイコが日本で生活していると書いてあった。できれば連絡がほしいと、前田真理子という人の名前と連絡先が書いてあった。 レアと初めて会ったのは、彼女が働いているナイトクラブだった。いわゆるフィリピンパブと呼ばれるところだった。私は酒もあまり飲めなかったので、夜、出歩くこともめったになかった

        ヤマモトの場合④

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        • フィリピン物語
          27本

        記事

          レアの場合⑨

          マイコは17歳になったばかりだ。だから結婚はまだ早いにしても、恋人くらいはいてもおかしくはない。私だって15歳の時には恋人はいた。結婚はちゃんとした相手としてほしい。だけど日本人に騙されるくらいなら、日本で働きたいフィリピン人と結婚して、いくらかお金をもらってもいいんじゃないか。それに本当にお互いに好意を持ってそういう関係になれば偽装ではない。 マイコは中学を卒業してどこかの工場で働いていたがすぐに辞めてしまった。これからはマイコも働いて、少しは生活も楽になるかと思って新し

          レアの場合⑨

          レアの場合⑧

          何もかもが嫌になる。日本に来れば仕事もして、それなりに楽な生活ができると思っていた。たくさんお金を稼げば、ファミリーも喜ぶと思っていた。でも食べていくのにやっとだったし、マイコは相変わらず陰気な顔をしていて私を助けてはくれない。こんなはずではなかった。私はもっとマシな人生を送るはずだった。どこでまちがってしまったのだろう? 同じ店で働く女たちも、みんな似たり寄ったりの境遇だった。タレントで日本に来て、客だった日本人男性と結婚した。子供がいる人もいればいない人もいたけれど、夫

          レアの場合⑧

          レアの場合⑦

          アキヤマから紹介してもらったフィリピンパブは小さな店だったが、結構お客は入っていた。ほとんどが常連客で、近所の自営業の人が多かった。以前は若いタレントが3カ月おきに入れ替わっていたそうだが、今では日本人と結婚しているフィリピン人女性が3人いた。週に何回かやって来る中国人も何人かいた。オーナーはハヤシという男性だったが、ほとんど店には現れず、ハヤシの妻だというフィリピン人のダイアナが仕切っていた。 着いたその日から働いた。だいたい6時には店に行き、簡単な掃除をする。7時開店だ

          レアの場合⑦

          レアの場合⑥

          弁当工場での仕事はきつかった。1日8時間、残業2時間、ほとんど立ちっぱなしの作業だった。夜勤もあった。しかし思ったほどの収入にはならなかった。タレントとして働いていた頃に比べると、なんでこんなに働いているのにこれしかもらえないんだという感じだった。しかも、来日費用などが借金としてされていたので、毎月の給料から引かれた。それにアパート代が引かれると手元に残るのは5万円程度だった。 ジェイソンにもお金を送る約束で来日を許してもらっていた。ジャンポールの面倒をみるためにジェイソン

          レアの場合⑥

          レアの場合⑤

          ジェイソンの一番上の姉はアメリカ人と結婚していてアメリカにいた。この家もその姉が両親に買ってあげたものだった。ジェイソンは3人きょうだいの末っ子で、すぐ上の姉は結婚して家を出ていたが、ジェイソンのいとこたちが何人か町から近いこの家に下宿をして、仕事に通っていた。 私も早く仕事に戻りたかったけど、ナイトクラブは日本に働きに行けなくなった若いタレントたちで溢れかえっていて私の居場所はもうなかった。それにジャンポールの面倒を見る人もいなかった。食べることに困ることはなかったけれど

          レアの場合⑤

          レアの場合④

          両親は驚いたけど、すでに妊娠していることを告げると渋々結婚を認めてくれた。いろいろと手続きはたいへんだったけど、知り合いの知り合いのエージェントに頼み、在留資格まで取って50万円だと言われ、ヤマモトが払った。 ヤマモトは2週間ほど私の田舎に滞在し、日本に帰っていった。それから毎月、お金も送ってくれた。マイコが生まれると会いに来てくれた。マイコという名前はヤマモトがつけた。 早く3人で日本で暮らしたいね、といつも話していた。でも結局在留資格は取れなかった。これはマイコと来日

          レアの場合④

          レアの場合③

          私は店では、メイと呼ばれていた。本名はレアだけど、私は日本ではメイだった。半年はあっという間だった。お客さんからお尻や胸を触られることは日常茶飯事で時には酔っ払ったお客さんからしつこく絡まられたりすることもあったけど、おおむね楽しかった。小さなアパートの一室に同じ店の女の子と同居し、店までは店長が送り迎えしてくれ、夕飯も店でまかないを食べさせてもらっていたので、生活費はほとんどかからなかった。給料はどんな仕組みになっているのか説明をしてもらったが、よくわからなかった。だけどレ

          レアの場合③

          レアの場合②

          面接会場にはたくさんの女の子が待っていた。私と姉はいとこの服を借りて行った。交通費は姉が貯めたお金を使った。でも両親には言わずに行った。だいたいどんな仕事なのかはわかっていたし、すんなり両親が許してくれるとは思わなかった。まともに子供たちを養えないくせに、道理ばかりを厳しく説く父親にはうんざりしていた。とにかく私はこんな生活が嫌だったし、ここから出て行きたかった。 面接は簡単だった。日本のナイトクラブで歌を歌ったり、ダンスをしたりする仕事と説明され、カラオケとダンスを見せた

          レアの場合②

          レアの場合①

          朝方、仕事から帰ると、マイコはいなかった。どこかに遊び行ったのかと気にもしなかったけれど、それからもマイコは家に帰って来なかった。 マイコが働いているという喫茶店の名前も場所も知らなかった。スマホも高いから持たせていなかった。ようやくマイコと仲のよかった前田真理子という女性に連絡がついたのは、マイコがいなくなって一週間後のことだった。 前田という女性は、マイコは自分自身の意思でここを出て行った。行先は私には教えないと言った。そんなことが許されるのか?これは誘拐ではないかと

          レアの場合①

          マイコの場合⑭

          パパはママとのことは話さなかった。そして体の具合が悪くて入退院を繰り返していると言った。「マイコを助けてあげたいけれど、力にはなれない。今まで放っておいたこと、そしてこれからもきっと助けてあげられないこと、本当に申し訳ないと思っている。」と、パパは言った。 私はパパがママの言うようなひどい人だとは思えなかった。パパとママの間に何があったのかはわからないけど、今までママと暮らしてきてパパに同情する気持ちもあったのかもしれない。何よりパパは私を嫌っているわけではないことが私には

          マイコの場合⑭

          マイコの場合⑬

          何だか泣いたら少し気持ちが楽になったような気がした。顔を上げるとマリコも泣いていた。そして「マイコ、やっぱりあんた家を出た方がいい!」ときっぱり言った。 「この際だからはっきり言うけど、あんたはママを捨てた方がいい。このままあの人と一緒にいてもいいことなんてない。」そうだけど、じゃあ、どうすればいいのかなんてまったく思いつかなかった。 マリコの働いているNPOには、就職の斡旋も行っているという。今働いている喫茶店もマリコの紹介だけど、ここはマリコ個人の知り合いのところだそ

          マイコの場合⑬

          マイコの場合⑫

          それからもマイケルは時々、チャットをしてきた。最初のうちはそれなりに返信もしていたけど、そのうち愛してる、とか、君のことを考えて夜も眠れない、とか送ってくるようになった。会ったこともないのに、愛してるなんてよく言える、と少し気味が悪くなった。そしてビデオコールもしてきたが、話す気はなかったので出なかった。 マイケルとのやり取りをママは全部知っていたようで、なぜビデオコールに出ないのか、と詰め寄られた。どうしてもママは、マイケルと私をくっつけたいみたいだった。 久しぶりにマ

          マイコの場合⑫