レアの場合③

私は店では、メイと呼ばれていた。本名はレアだけど、私は日本ではメイだった。半年はあっという間だった。お客さんからお尻や胸を触られることは日常茶飯事で時には酔っ払ったお客さんからしつこく絡まられたりすることもあったけど、おおむね楽しかった。小さなアパートの一室に同じ店の女の子と同居し、店までは店長が送り迎えしてくれ、夕飯も店でまかないを食べさせてもらっていたので、生活費はほとんどかからなかった。給料はどんな仕組みになっているのか説明をしてもらったが、よくわからなかった。だけどレディースドリンクというのをお客さんに頼んでもらうとそれだけ私の給料があがるということはわかっていた。

「ここの店はちゃんとしている方だよ。」と、同室のローズが言った。ローズは来日するのは4回目だそうだ。中に売春を強要される店があったり、給料のほとんどを手数料として取られてしまうなどという話もあるそうだ。そして「日本人と結婚すればいい生活ができるよ。」と言った。ローズの知り合いには何人も日本人と結婚し、日本で暮らしている人がいるそうだ。「私もそのうちいい人と結婚するから。」と笑っていた。

同居している子たちの事情は様々だった。でも店で客に話す身の上話は、ほとんど作り話だった。可哀そうな話をすればお金をくれるよと、ママさんが言っていたけど、家が火事になったとか、お母さんが病気で死にそうとか、泣きながら話すと大抵のお客さんは帰り際にチップをくれた。

もうすぐ帰国するという時になって、今まで貯めてもらっていたお金がいくらになっているのか聞いたら、家が建つどころかほとんどなかった。マニラとここでの滞在費や、姉のペナルティもしっかり引かれていたからだ。

「メイ、また日本に来るか?」マネージャーが聞いた。私は「はい!」と答えた。もっともっと稼がなくちゃならないし、日本人と結婚もしなくてはならない。そしてあんな田舎にはもう二度と帰らない。

一度フィリピンに帰国し、一か月後、また来日した。今度もマニラ空港でパスポートを渡されたけど、私の本当の名前ではなかった。そしてまた同じ店で働いた。

ヤマモトが初めて店に来たのは、私が2回目に来日してすぐのことだった。ヤマモトは近くでビルを建てている現場で働いていると言った。最初は同じ現場の人に連れられてきていたけど、そのうち一人で来るようになった。ヤマモトは他の客のようにいやらしいことはしなかった。年は40歳くらいだと思ったけど、本人は50歳だと言った。一度も結婚をしたことはないと言っていた。いつも静かにお酒を飲んでいて、私がレディースドリンクをねだると、ニコニコして頷いてくれた。

いい人だと思った。だから外でも会うようになった。そしてしばらくすると私は妊娠していることに気づいた。ヤマモトは「結婚しよう。」と言ってくれた。

ヤマモトはすぐに店を辞めてフィリピンに帰るように私に言った。だけど、半年の契約を終えないまま帰国するとペナルティを払わなくてはならない。あと1か月ちょっとだし、このまま誰にも妊娠したことを言わなければわからないからと言って説得した。そして契約が切れフィリピンに帰国する時にはヤマモトも同行した。



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