マイコの場合⑬

何だか泣いたら少し気持ちが楽になったような気がした。顔を上げるとマリコも泣いていた。そして「マイコ、やっぱりあんた家を出た方がいい!」ときっぱり言った。

「この際だからはっきり言うけど、あんたはママを捨てた方がいい。このままあの人と一緒にいてもいいことなんてない。」そうだけど、じゃあ、どうすればいいのかなんてまったく思いつかなかった。

マリコの働いているNPOには、就職の斡旋も行っているという。今働いている喫茶店もマリコの紹介だけど、ここはマリコ個人の知り合いのところだそうで本当にマリコが個人的に紹介してくれたところだそうだ。NPOの斡旋してくれる就職先は、私のような子供のことをサポートをしてくれることが大前提でたいてい寮もあるという。そして希望すれば夜間高校にも通わせてくれるそうだ。

問題はママだ。これからは自分で生きていくから出ていく、なんてママに行ったら怒り狂うだろう。以前のように警察沙汰になるかもしれない。マリコにだって何をするかわからない。だからママがいないうちに出ていくしかない。ママが仕事に行っている夜の間に荷物をまとめて出ていくしかない。

「ここは慎重に計画を進めていく必要があるね。」マリコは真剣だけど、どこかいたずらっぽく言った。それから「やっぱり一度、パパにも連絡をしておくべきじゃない?」と言った。

私の日本国籍を取得する時にパパの居場所を知ることができたんだって。でも私が会いたくないって言ったから、そのままにしているけど、けじめをつける意味でも一度連絡をしておいた方がいいんじゃないかと。でもママは、パパは私たちを捨てた人だっていつも言っていたし、私が会いに行っても迷惑なだけなんじゃないかな。

「まぁそういうこともあるけどさ、そうじゃない場合もよくあるんだよ。フィリピン人の母親は、大抵自分の都合のいいように事実を捻じ曲げて子供に言うもんだよ。どっちにしても、マイコ自身でちゃんと向き合わないとだめだと思うんだ。やっぱりだめな父親だったとしても今より状況が悪くなることなんてないでしょ?」

考えてみればその通りだ。パパがママの言うようにひどい人なら、ママの言うことが本当だったねってだけの話で、今より悪くなることはない。これから先、会わなければいいだけだ。

マリコはパパのところに手紙を送ってくれた。そしてしばらくしてパパから連絡がきたとマリコが言ってきた。「お父さんね、今は北海道にいるんだって。マイコのお母さんとはいろいろあったみたいだけど、マイコのことはずっと気になってたって言ってた。本当は会いに来たいけど体の具合がよくないんだって。電話で話してみる?」ちょっと怖い気持ちもあったし、電話で何を話せばいいのかもわからなかったけど、パパに電話してみることにした。もちろんママには内緒で。

「もしもし?」少ししゃがれた声だった。「あの、マイコです。」「マイコか?日本に来ていたんだってな。この前、前田さんって人から手紙もらって驚いた。」それからほとんど一方的にパパが話しているのを、私は聞いていた。そして「ごめんね。本当にごめん。」をパパが言った。受話器の向こうで鼻をすする音がした。もしかしたらパパは泣いているのかもしれない。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?