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【Phidias Trio vol.9 “Re-interpret”】稲森安太己《Illusion einer einsamen Reise im Winter 1827》プログラムノート

Phidias Trio 9回目の定期公演、”Re-interpret”がいよいよ間近に迫ってきました。9/13はぜひ杉並公会堂へ!


F.シューベルト《冬の旅》に基づく稲森安太己さんの新作、《Illusion einer einsamen Reise im Winter 1827》(1827年、孤独な旅の幻影)について、稲森さんご自身によるプログラムノートを掲載します。

《Illusion einer einsamen Reise im Winter 1827》(1827年、孤独な旅の幻影)

クラシック音楽を好む父はむかしカセットテープを蒐集していた。何となく家で流れていることのあったそれらの音楽は、私の音楽観の原型を成したかもしれない。シューベルトの音楽も「未完成交響曲」やら「楽興の時」やら流れていた記憶がある。しかしクラシック音楽を聴くのが楽しいとわたしが自覚したのはそれほど幼少期ではなく、中学校2年生のときだった。ピアノを頑張って練習していたわたしはショパンやベートーヴェン、シューベルトのピアノ音楽を貪るように聴いていく。特にシフの演奏するシューベルトは恍惚としながら聴いた。その後高校に進学し、後期ドビュッシーの音楽の先鋭性に惹かれるようになってから、より新しい音楽表現を聞き求め、いわゆる古典的なクラシックを聴く機会を減らしていった。

いろいろな新しい音楽を聞き続けていると、ふと古典音楽が懐かしく思える時期があった。再びシューベルトの音楽を聞くと、その音楽の創造的な奥行きに驚いた。そこには音楽の大事な秘密が隠されているように感じた。2014年にヴュルツブルク・フィルハーモニー管弦楽団の委嘱でオーケストラ作品を書いたときには、故あってシューベルトのレントラーとベートーベンのコントルタンツに題材を求めた。シューベルトの音楽の内側へと潜っていく旅は、わたしにさまざまな音楽の宝物をもたらしてくれたように思う。自分でも気に入っているこの時の作品は、幾人かの近しい友人たちから、稲森の作品中で今も最良と評されている。

自分の中で特別な意味を持っている作曲家の作品に向き合うときはとても緊張する。触る必要のないものに触って、何が生まれるのか。あるいは本当に触る必要はないのか。以前題材にしたサロン的な音楽のレントラーと違って、『冬の旅』は完結して完成して閉じているようにも見える。しかし、この深い孤独の旅が今日も人々に訴えかけるのは、その悲しみや孤独に共感して自らのうちに閉じこもっていくための感動とは違う気がする。旅人は打ちひしがれながらも人と繋がりたがっている。

ミュラーの詩のセットを、シューベルトは多少順序を変えて採用した。シューベルトが歩んだ『冬の旅』の痕跡を、楽譜を通して練り歩きながら、わたしはミュラーの順序に戻してみる決断をした。劇的な展開は薄れたように感じているけれども、息がしやすくなったような気もする。「冬の旅」の合間に三種の楽器もしくは声の装飾によって少しずつわたしの発見をスコアの中にコメントしていった。シューベルトの得たミュラーの詩からのインスピレーションと、わたしが得たシューベルトの音楽からのインスピレーションが出会い、新しいかたちの音楽的造形が生まれた。主にドイツ語圏の作曲家たちがときおりこの作品を素材として作品を発表しているが、そのいずれとも随分と様子の違うものになった。

今回このお話をくださったPhidias Trioのみなさんは、わたしとシューベルトの音楽の関係を知らない。しかし、3人ともが口をそろえて「シューベルトの『冬の旅』はぜひ稲森さんに」との意見が出たようで、わたしの音楽に潜むシューベルトの音楽への憧れを見抜かれていたことを面映くも嬉しく思う。テノールの金沢青児さんをゲストに、わたしの『1827年冬、孤独な旅の幻影』を初演していただくのは本当に光栄である。東日本大震災後に復興を願って作曲した短いヴァイオリン独奏曲『ウビ・カリタス・エト・アモール』と、友人の作曲家の誕生日に献呈したクラリネットとピアノのための『プレリュード』、そしてシューベルトの『楽興の時 第2番』と併せてお聞きいただく機会を持ったことに感謝している。

稲森安太己


公演情報

【Phidias Trio vol.9 "Re-interpret"】

2023年9月13日(水)
19:00開演(18:30開場)
杉並公会堂 小ホール(杉並区上荻1-23-15)
一般3,000円 / 学生2,000円(当日券は500円増し)

【プログラム】
稲森安太己:
Illusion einer einsamen Reise im Winter 1827 (2023 委嘱新作・初演) ※原曲:フランツ・シューベルト《冬の旅》
Prelude for clarinet and piano (2022)
Ubi caritas et amor for violin solo (2011 舞台初演)

フランツ・シューベルト:
楽興の時 第2番 変イ長調 D780-2

 あらゆる芸術作品は、無限の解釈の可能性を秘めている。ある作品をどのような視点から見つめ、そこから何を見出すのか — そのプロセスには、作品を解釈する者の哲学や価値観、生きる時代が鏡のように映し出される。
 今回のフィディアス・トリオの公演では、国内外で活躍する作曲家・稲森安太己に、「F.シューベルトの《冬の旅》を現代の視点から新たに解釈し、その素材を再構築する」というコンセプトで新作を委嘱。“アイデンティティの喪失”という普遍的なテーマを持ち、時として前衛作曲家の創作の源泉ともなってきた《冬の旅》は、およそ200年の時を経た現在の東京で、何を映し出すのか。ゲストに古典から現代声楽曲まで幅広く精通するテノールの金沢青児を迎え、新たなクラリネット三重奏の表現を探る。

【出演】
テノール 金沢青児(ゲスト出演)
Phidias Trio(フィディアス・トリオ)
 ヴァイオリン 松岡麻衣子
 クラリネット 岩瀬龍太
 ピアノ 川村恵里佳

主催:Phidias Trio
助成:公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京

*このコンサートはサントリー芸術財団佐治敬三賞推薦コンサートです。

【チケットご購入】
https://phidias-vol9.peatix.com/

【お問い合わせ】
phidias.trio@gmail.com

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