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不便を通して便利を知る。

 467回目です。φです。

 今日は歯科に行きまして、なんやかんやで麻酔されて、ずっと麻痺しています。麻痺すると色々不便だなぁと感じる。いつもの状態って「快適」なんだな、と思います。

 私自身の快適…まぁ、支障が出るくらいには問題がない、というものだけど(笑)

 何事もないと、それが普通になって、当然だと思って、唐突にそれがなくなったときに有難さを感じる。色々なことに対して言えるんだろうなぁ。

 本日私は自分で自分を凹ませることが多かったので、まぁ凹みつつ考えたことについて書こう。凹む、という表現が適切ではないような気もするけれど…自分を突っついて「なんか…良いことない日だね…」みたいな。そんな日。


 さくっと表現するのなら、It's not my day!みたいな。私の日じゃないのよ。そうだ今日はなかったことにしよう(笑)

 私は公的な申請を3つしています。障がい者保健福祉手帳・障がい者年金・指定難病受給者証。字面がごついですね。

 公的な施設…例えば博物館や美術館、国が主催の展示会やある程度大きな企業の展示会で障がい者保健福祉手帳と指定難病受給者証を提示すると、割引になります。つまり私は2個持ち。常に「さて今日はどっちを出そうか…」と悩みます。どっちを出しても変わらないんだけどね(笑)

 まぁそんな公的な割引券を持っていますが、意外に面倒なことでもあるのです。申請や更新、毎回取られる結構な額。時間。気力体力。

 私の障がいと難病は、一生かかっても治らないし、良くなることもありません。悪くは…なるかなぁ。難病の先天性無痛無汗症によって悪化することはある。関節とか骨とかの身体的な状態がね。気づかない、気づけないということはそういうことでもあるのです。

 ちょっとした傷なんて気づかないし、目視できないものは私にとって「存在しない傷」なのです。けれども実際には「存在している傷」で、放置しておけば当然のごとく悪化する。

 その結果、「ここまで放置したら…」という状況になるのです。毎度耳鼻科で検査すると、顔切る手前まで悪くなっていて、もはや伝説になっている人物は私です(笑)

 そういった2次的な被害で悪化することはあるけれど、基本的に私の障がいと難病は悪化しない。良くも悪くも現状維持。

 なので、「更新手続きで『状態は変わっていません』を証明する書類出す意味ないよね?」というのが本音。私が提出する、いつもの書類じゃないものは死亡通知くらいだよ。いや私自身は出せないけどさ。

 一般的な人はなかなか関わらないこの分野だとは思うけれど、ちょっと説明。この手続き、毎年もしくは数年おき、しかも更新月は全部違う…という厄介なものです。まぁ私にとっては厄介なんです(笑)

 さらに悪いことに、「更新しないといけないよ!」通知が来ないものだってある。「自分で確かめておいてね☆」みたいな。自動車免許の方がまだ優しいのです。お知らせしてくれるし。

 数度「やばい間に合わないかもしれない更新じゃなくて新規になるかもしれないやばい」と心拍数はいつもの3倍になったこともあります。大丈夫でしたが。ほんと焦った…「そうだ、樹海に行こう」と思ったものです。行き方知らないけど。

 そんなことがあり、「この『いつだっけ?』を繰り返していたら私の心臓が持たない!」といよいよ思った。そして作りました。My 手続き書類document。Excelで作りました~。

 まとめている間も「もう少し簡単になればいいのに手続き!」と思いながら。今時紙の書類でのみの提出ってどうなんですか。しかも受給者証も障がい者保健福祉手帳も紙。ぺらっぺらの紙。マイナンバーってなんだろうね。

 色々な文字を追っていくと、嫌でも目に入るのが障がい者としての等級の基準。

 自分のことなのであえて言いますが、「これひとりで生きてたらぽっくり死んでるよね…」と思う。死んでも気づかないかもしれない。ジバニャンとやらを目指そうか。

 これじゃ仕事しつつ生きられないのも…まぁ…そんなもんだよね…と我ながら思ってしまいました。「乾いた笑い」の意味を知りたい方、ぜひ私の顔を見るがいいです。いやどう頑張っても空間が違うので見られないけど。

 あまりにも乾いた笑いを続けてしまうので、途中からYouTubeで犬と馬がキャッキャウフフする動画で心を慰めました。その後もExcel作りに精を出していたので、乾いた笑いver2をしていましたが。

 そうこうしているうちに、時間は結構経っていて、予約していた歯科に行って。周りのドリルの音やなんだかんだの機材の音で言われたことが聞こえず、「あ、はい」と答えた結果…麻酔することになりました。私に麻酔ってあまり意味がないのだけれどね。

 麻酔後、まぁ感覚がない。上手く噛めないし、飲むのも上手くできない。生まれたての動物の方がよっぽど飲んだりするの上手いよね、ってくらいにできない。

 日頃から「不便な体だなぁ」、とは思っているけれど、ちゃんと機能している場所もあって、それを「当然」だと私は思っていて。全然当然じゃない。機能していることに「やったね機能してる!」と思って幸せを感じないといけないレベルだった。

 不便さを通してでしか、きっと便利さを理解できないんだろうなぁ。私は健康を自分で失ってしまって、ようやく健康の尊さに気づいた。けれども、それも再び忘れていたのかもしれない。

 この麻酔は明日になれば効果がなくなります。元通りの感覚が戻ってきます。そしてしばらくしたら、また私は忘れるのだろう。便利さ、機能しているということへの幸せを。

 反省と言うか、なんだろうなぁ。改めて自分のことを知るきっかけにはなった日。そして自分を思い知られた日、でもあるのだろう。明日には忘れているかもだけど。人間都合がいいからね(笑)

 まぁ人間誰でも「なんて日だ!」って日はある。けれど明日はやってくるし、全く同じ日は来ないものです。明日に希望を持って、嫌な日はさくっと寝ちゃいましょう。…ふて寝だけど(笑)

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