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【君たちはどう生きるか】考察と砂の惑星に共鳴する叫び【ネタバレ感想】

何も前評判がないという宣伝手法にまんまとひっかかり見てきてしまった。
ストーリーとしては「楽しめた」というのが正直な感想だ。

だが、どんな映画だったのか?
と聞かれると説明に窮する。

というのも、「なにかすごいものを見せられた気がするが何かわからない」

ただ、与えられるべき手がかりは与えられているような気がする。

材料は与えられているのに知識が足りず謎を解けていないような。
消化不良が残ったのでちょっとだけ考察してみることにした。

以下ネタバレ考察


【1】謎解きは本編のあとで。~まずは本編のおさらい~

映画の裏解釈やテーマの考察前に
本編ストーリーを整理してスッキリさせておく。
ここは本編通りなので本編でつまずいてない人は読み飛ばしてほしい


~~ネタバレ本編~~~

終戦間際の1944年。
主人公の眞人は病院の火災で母を失い東京から父とともに
母の妹(夏子)の屋敷へ疎開する。

夏子はすでに父の子を妊娠しており
母のことを乗り越えられていない眞人は
父と新しい母に違和感を感じる中、田舎暮らしがスタート。

眞人の父親は工場を経営しておりお金持ち。
モンペ気質が全面に出た結果、車で学校に乗り付け
眞人は田舎の学校で孤立
学校に通うことに嫌気が指した眞人は
自分の頭を石で殴りつけ数日寝込む怪我を負う

さて、夏子の屋敷には昔から不思議な塔が立っていた。
夏子の大叔父が建てたもので、大叔父は塔の中で蒸発
塔ではかつて眞人の母親も神隠しにあっており
一年後記憶喪失で帰還したという。

その塔を根城としているのが1羽のアオサギであった。
「母親に会いたくないか」アオサギに煽られた眞人は
使用人のおばあさん達に制止されていた塔に魅入られる。

そんなある日、臨月を迎えた夏子が塔ヘ向かって消えた

夏子を追いかけて塔に登る眞人。
塔の主はアオサギを「案内役」に指名し、アオサギに導かれるまま
眞人は塔の内部を冒険する。

海の世界では使用人の「キリコ」が若い姿で現れた。
殺生が禁じられた世界で「キリコ」は唯一殺生できる存在だった。
魚を殺し、生命の源である「わらわら」を育てているのだった

また森の世界では増え過ぎたインコ達が国を築いていた
インコ大王を王として頂き、ドイツ圏のような文明のもと
眞人を食料として殺そうとする

そこへ赤いアリスの服装をした女の子「ヒミ」が現れる。
ヒミは夏子の姉だと名乗り、夏子は産屋にいるという。
ヒミは炎を使い眞人を助け、扉が幾重にも連なった回廊へと案内する。
ヒミは眞人の母親の幼い頃の姿だった。
回廊の扉はそれぞれ違う時空へとつながっており、
扉の間からは眞人を探す父親の姿も垣間見えた。

やがて夏子を追ってヒミと眞人は禁じられた石の産屋にたどり着く。
しかし、産屋の夏子に拒絶され、眞人とヒミは離れ離れに。

気を失った眞人は夢の世界で真実を知る

この塔はもともと塔の形をした隕石が降ってきたもの
大叔父は隕石を覆うように館を建てた。

大叔父は塔の主であり
隕石と契約し塔の内部に降る星(石)を積み上げて
積み木の塔を作り上げた。
積み木は塔の内部と連動しており

大叔父の積み木によって「海の世界」や
「森の世界」が塔の内部に生み出されていたのだった。

大叔父は後継者を探していた
隕石との契約で血縁者でなければ継ぐことができない。

大叔父は眞人に13個の白い積み木を差し出して言う
「悪意のない珍しい積み木だ。
 この積木を3日に1個ずつ積み上げて優しい世界を作りなさい」

しかし眞人は大叔父を拒絶し
「頭の傷は自分で付けた。このような悪意がある自分には
積み木を汚してしまうから触れない。
元の世界に戻る。」
と答える。

そこへやってきた「森の世界」の王、インコ大王
「なんという裏切り!閣下はこんな石ころに世界の運命を委ねるのか!」
ブチギレ、積み木を奪い勝手にぐちゃぐちゃに積み上げてしまった。

当然壊れる積み木の塔。
こうして塔の中の世界は崩壊した。

塔から脱出するため、眞人、夏子、ヒミ、キリコは
時の回廊を目指す。
そして「一緒の扉から出よう」という眞人
ヒミは「私の扉はそこじゃない」と答える。

眞人は自分の母親がヒミだと気づいていた。
母親の運命をヒミに話す。
しかしヒミは
「君のお母さんになるんだ。それにそんな最後は素敵じゃないか」といって
ヒミは過去の時間に帰っていき、
神隠しから一年ぶりに元の世界へと帰還した。
塔の作用で塔での出来事は忘れ、眞人と会ったことも忘れた。

眞人も元いた時空へ夏子とともに戻ると
みな記憶を失っていったが
眞人だけが塔での出来事を覚えていた。

それは塔の中で拾った「石」のおかげだった。
やがて塔の記憶は忘れるだろう、と言い残して
眞人が初めて友となったアオサギは羽ばたいていくのだった。


【2】結局何を表した映画だったのか?

結論を先に書くと
表向きには「生と死」
そして裏向きには「継承と解放」だと思う。

【3】表テーマ「生と死」

製作委員会方式じゃないっていうので宮崎駿が羽ばたいちゃってる
少年がドスを持ってる時間が長いこと!長いこと!最高!

サバイバルナイフから刺身包丁まで
握った刃物の種類が豊富
すぎる。
ホラーゲームでもないのに。
装備品が常にドスの主人公
ってすごい。
眞人といえばドス

とはいえ、それだけ命のやり取りの場面が多いということで。

  • 夏子の妊娠と産屋

  • キリコと漁

  • わらわらとペリカン

  • 眞人を食べたいインコ

ざっとあげただけでもこれだけある。

「生きるとはなにか?」
人間にはごちゃごちゃとした理由があっても生物はその限りではない
捕食する側に悪気はなく、ただそれが「生きるため」という答え。
命の誕生と残酷さ。

すべての展開で「生と死」が露骨なので
これが今回の表テーマと言えるだろう。

ただ、これは「カバーストーリー」だとは思う。

いわゆる表向きに誂えたテーマ
「ジブリ的な教訓」「童話的戒め」みたいな解釈がほしい人向けに
宮崎駿が作ってあげた「小綺麗なテーマ」のように思える

それが「生と死」のテーマだ。


【4】裏テーマ「継承と解放」

真のテーマはこちらだと思う。
簡単に言えば
「俺はやるだけやった!後進は腑抜けで育たないわ!
 商業主義のやつらは創作を蔑ろにするわ!うんざりだ!!
 俺は去る!あとは勝手にしろ!」

という宮崎駿の叫びのように思える。

まず配役はこうだ。
大叔父=宮崎駿
インコ大王=商業主義の企業
眞人=後進

さて、今作で最後という宮崎駿監督
これまでの監督映画作品を振り返ってみよう。

  1. ルパン三世 カリオストロの城

  2. 未来少年コナン 巨大機ギガントの復活

  3. 風の谷のナウシカ

  4. 天空の城ラピュタ

  5. となりのトトロ

  6. 魔女の宅急便

  7. 紅の豚

  8. もののけ姫

  9. 千と千尋の神隠し

  10. ハウルの動く城

  11. 崖の上のポニョ

  12. 風立ちぬ

  13. 君たちはどう生きるか

あれれ~~おじさん13個あるよ~~?
という小学生探偵の声が聞こえてきそうなぐらい露骨。

大叔父があとを継いでほしいと差し出したのは
13個の積み木。
積み木によって作り上げられていた塔の世界。

これは監督が13の映画作品によって積み上げたジブリそのものだ。

大叔父は
3日に1度積み上げなさい、優しい世界をつくりなさい」
という。

宮崎駿監督作品はだいたい3年に1本作られている計算になるので
3日に一度とは3年に1本位の頻度で優しいジブリのアニメーション世界を
継いでほしい
という監督の声だろう。

しかし、眞人(後継者)は拒絶

そしてあろうことかインコ大王(商業主義の企業たち)
尊い映画作品を「石ころ」呼ばわりし、
功利主義のために乱雑に扱い、
とうとう積み木の塔(ジブリ)自体を崩してしまう。

今回製作委員会方式をとらなかったのも納得である。
全てむちゃくちゃにしやがったインコ大王への意趣返しだったのだろうか。

そして塔から解放されたインコは
不相応な人間サイズから矮小な生き物へと戻っていく。

これはジブリという塔の中でぬくぬくとしていた者たちが
ジブリを食いつぶし、
やがて放逐された先の姿を暗示しているようにもみえる。

13の悪意なき積み木を積み上げて作った世界(ジブリ)は
後継者が継ぐことなく、商業主義のインコ大王にぶち壊された。

「君たちはどう生きるか」

私はこう生きた、あとは勝手にしろ。

「継承と解放」これが本当のテーマに思える。


【5】どうして主題歌が米津玄師だったのか?

「継承と解放」のテーマにたどり着いた時、
主題歌が米津玄師であることが心底腑に落ちた。

宮崎駿は「君たちはどう生きるか」で
米津玄師の「砂の惑星」めいた叫びを残したかったのではないか。

米津玄師の「砂の惑星」についての説明はここでは割愛するので
それに伴った何かしらは各自で調べていただきたいが

「砂の惑星」はかつてニコニコ動画の興隆とともに
賑わったボカロ界隈の衰退と決別
を暗示した(ようにもとれる)曲だ。



PVでは初音ミクが巡礼者とともに砂漠を歩く。
巡礼者の数は米津玄師がボカロPとして制作した曲数と一致している

歌詞はこのようなものだ。

歌っておどろうハッピバースデイ
砂漠にリンゴの木を植えよう
でんぐり返りそんじゃバイバイ あとは誰かが勝手にどうぞ

米津玄師はボカロPとして曲を積み上げ
やがてボカロPとしてのハチから飛び出し
初音ミクに歌わせるのではなく自ら歌うことで
米津玄師として新しい世界に踏み切った
そのハチとして過ごした去りゆくボカロ世界に対するコメントが

あとは誰かが勝手にどうぞ。

13の映画を積み上げ、自らが立ち去ることで
後継者商業主義者をジブリから新しい世界へ放逐する宮崎駿

主題歌に選んだのは
宮崎駿の叫びもこのように一致したからかもしれない


「あとは誰かが勝手にどうぞ」


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