一人では、できないことの方が多いから。美容師歴13年、浪村仁香さんの【人となり】
こんにちは! ピーターです。
身近にいる人の「今」から、その根底にある感性を深掘りするインタビュー企画「HITOTONARI」。第3回目は、東京都・新宿のヘアサロンに勤める美容師の浪村仁香さんにお話をうかがいました。
浪村さんとの出会いは2017年8月。「ちょっと良い美容院に行ってみたい!」と思い立ち、HOT PEPPERから予約したことを機に、6年以上カットやカラーでお世話になっています。
今回はインタビューの機会をいただき、浪村さんが体感してきた美容師業界の移り変わりや、その中でも彼女が変わらず大事にていることなどを伺いました。
この記事に登場する人
■話し手:浪村仁香さん
栃木県出身。3年間のアシスタント期間を経て、2010年より新宿のヘアサロンに勤務。リピート率No.1のトップスタイリストとして活躍する傍ら、若手スタッフの育成も行う。
■聞き手:ピーター
ホットリンクのインハウスエディターで広報。昨年までロングヘアーでしたが、浪村さんにお願いして刈り上げのボブになりました。
昭和のゴリゴリと平成のゆとりを経て、令和を生きる
――先日教えていただいたシェアサロン(※)に衝撃を受け、「美容師業界や浪村さんについてもっと知りたい!」と思い、お声がけしました。本日はよろしくお願いします!
※店舗を持たないフリーランスの美容師に、美容室の設備を貸し出す施設
浪村:
「新概念!」と言ってましたね(笑)。こちらこそ、よろしくお願いします!
――インタビューに先駆けてHOT PEPPERを見ていたら、浪村さんが「スタイリスト歴13年」だと知りました。
浪村:
実はけっこう長くやってるんですよ。アシスタント経験が3年ほどあるので、美容師の専門学校を卒業してからは16年くらいになります。
――アシスタントとスタイリストの違いは、なんですか?
浪村:
ざっくり言えば「カットを含めた技術ができて、料金をいただけるか」ですね。美容師免許さえ持っていれば、すぐにスタイリストと名乗ることは可能ですが、アシスタントはカットやカラーができないんです。先輩スタイリストをサポートする立場で、シャンプーやドライなどを担当します。
専門学校で髪の切り方も学びますが、やっぱり授業と実践は違います。アシスタントを経て新人スタイリストとなり、ようやくお客様の髪を切って実務経験を積んでいくことになります。
――浪村さんのアシスタント時代は、どんな感じでしたか?
浪村:
表参道にある有名店で、先輩たちに厳しく育ててもらいました。若手の男性スタッフに対して、手を上げる先輩もいましたね。理不尽なものもあれば、「言って聞かないから…」というものもあって。
あのサロンが独特だったというよりは、時代の空気的にそういう指導が許されていたように思います。私が社会に出た頃は、先輩も同僚もすごくパワフルだったなと。
上の世代のゴリゴリ感も知ってるし、自分たちが育った平成の「ゆとり」も知っているから、私たちって良いとこ取りな世代ですよね。
――たしかに、極端な世代を両方知っているのはラッキーですよね。それに、今はZ世代も居ます。浪村さんは新人育成も担当されているそうですが、感覚の違いを感じることはありますか?
浪村:
ぜんぜんありますよ。自分のやり方を貫けば良いと思う反面、ある程度は「今の美容業界ってこうだよね」を分かっていないと、若いスタッフの感覚とズレが生じそうで……悩むこともあります。
――先輩から厳しい言葉をかけられた時、私は「教えてもらう立場だから当然のこと。むしろありがたい」と受け取っていました。波村さんもそういうタイプだと言ってましたね。でも、今はそうではない気もしていて。
浪村:
時代が違うから、前提となる考え方もぜんぜん違いますよね。今だと、「あの先輩とは合わないな」と感じて、転職しちゃう子が多いかもしれません。
辞めやすいのと同じくらい、休みもとりやすくなりましたね。これは新人・ベテラン問わずなので、私にとってもありがたい部分ではあります。昔は有休制度があってもなかなか休めませんでしたが、今は美容業界全体でホワイトな働き方が推奨されています。
あと、美容師と言えば、夜遅くまでお店に残って練習するイメージがあるかもしれませんが、今はそれを強制することもできません。講習に行くのも営業時間内じゃないとダメとか、働き手に優しいルールができています。
でも、私たちの時代はそうじゃなかったから。自分が言われてきたことをそのまま伝えると、うまくいかないこともあります。だから、全力ではなく二、三歩引いて教えるようにしています。
個人の意志を尊重する時代になったとも感じているので、「練習しなよ」とか「しっかり勉強してね」とも言わないですね。
根性がないと、サービス業は続けられない
――培ってきた経験を大事にしながら、今の子たちの感覚に合うコミュニケーションをとるのって、なんだか大変そうです……。
浪村:
そうですね。でも、アシスタントでもスタイリストになってからでも、最低限できなければならないことはあります。それができないと仕事にならないので、そういう時だけは「これはやってね」と伝えています。
それに、ベースラインを超えた成長は、サロンのため以上にアシスタント自身のためになります。「お客様に喜んでもらえるスタイリストになれるように、ちゃんと伝えないと」って気持ちもあります。2~3ヵ月ほどで辞めちゃう子もぜんぜん居るんですけど。
――若手を見ていて、「やっぱりこういう子が続くんだよな」「向いてるんだよな」と感じるポイントはありますか?
浪村:
多少の根性論が通じる子、ですかね。時代錯誤かもしれませんが、「喜んでもらえるための努力ができるか」も含めて、やっぱり根性がないとサービス業は続けられないよなって感じることが多いです。
ただ、ガッツがある子も無い子も両方居るので、「Z世代はこういう傾向がある」と一括りにはせず、パーソナライズしたコミュニケーションを心がけています。
私たちの仕事は、お客様が居て初めて成り立つものです。若手スタッフに対して「この子は落ち込みやすいから」と気遣って、言うべきことを言わなかった結果、お客様にご迷惑をかけてしまうのは絶対に避けないといけません。
「誰を大事にするか」の軸がずれると、お店・お客様・アシスタント本人、全員がハッピーでなくなります。時代の空気感的に厳しいことが言いづらくても、大事なことはちゃんと伝えるし、そのためのコミュニケーションは惜しみません。
SNSが当たり前の今と、そうではなかった時代と
――「背中を見て覚えろ」なんて時代では、まったくないわけですね。
浪村:
そうですね。若手スタッフから聞く限り、学び方も随分変わってきているなと感じます。
サロンで先輩スタイリストの姿を見て覚えるよりも、動画を見ながら、一緒に手を動かして学ぶのが主流みたいです。コロナだったからというよりも、純粋に「動画の方がわかりやすいから」と。教える方としても、カリキュラムとして定めているような基本的なことは、動画で教えて管理する方が楽ですね。
それに、今は教えてくれる人が多いですよね。SNS上で美容学生向けのオンラインサロンが開かれていたり、リールやTikTokなどのショート動画でも、カットやアレンジのテクニックが紹介されています。
勉強できる教材が多すぎて、最近の子は大変そうだなって(笑)。私自身も、日々勉強させていただいてます!
――なるほど。やる気がある若手にとっては、プラスと言えますよね。
浪村:
そうです。なので、専門学校にいる間から動画を見て学んでいれば、美容師免許を取ってすぐに(アシスタント期間を経ずに)スタイリストデビューできるんじゃないかと思います。技術さえあれば、年齢や下積み経験に関係なく、スタイリストとしてやっていくことはできるので。
もしかすると、卒業後すぐにスタイリストデビューできるように学生を育てる専門学校も、すでにあるかもしれません。
学ぶための教材や情報がネット上にたくさんあるだけでなく、SNSを駆使すれば集客もできちゃうんですよね。後輩を育てたり、先輩のアシスタントにつくのが煩わしいと思う人は、若いうちから独立して一人でやっていくことを選ぶんだと思います。
――スタイリストになるための選択肢が増えたと言えそうですね。シェアサロンの流行も、その一端なのかなと。
浪村:
先輩に教わらなくても動画を見て勉強すれば良いし、集客も自力でできて、就職しなくてもシェアサロンがあるから場所も確保できる。
新しい感覚だなーと思う反面、「今はこういう時代なんだな」「自分でできるなら、やっちゃってOKだよな」と、納得できる部分もあって。
ただ、やっぱりそれだけでは補えないものもあると思っています。
お店の看板を背負うか、全ての業務を一人で担うか
――例えば、どんなことでしょう?
浪村:
まずは、自分一人でできることって、やっぱり限られていて。考える幅も狭くなりますよね。
サロンに在籍していると、お店のブランディングや組織運営など、「お店」という看板があるからこそ、自分が一人でやる時とは責任の感じ方も違ってきます。そこら辺が煩わしいと言うなら、一人でやる方が良いと思います。
実際、今は若くして独立する方も多いです。
シェアサロンを借りれば、自分で一から店を作らなくて済みますし、自己ブランディングをちゃんとやっていれば、店の集客力に頼らずともお客さんが来ますしね。
――でも、一人は一人で、誰とも作業を分担できないから大変そうに感じてしまいます!
浪村:
そうですね。朝から晩まで、一人で全部やらなきゃいけないので。接客だけでなく、お会計から集客、売上管理、カラー剤などの発注作業もです。
店舗に在籍している良さって、先輩に教えてもらえるとか仲間がいることだけじゃなく、「役割分担ができる」もあると思っていて。自分は苦手でも得意な人に任せたり、自分の得意な作業でメンバーを助けることができたりします。それが、ありがたいなって思います。
私は事務作業が苦手なので、ひたすらお客様の髪だけ切っていたいんですよね。SNSも苦手です(笑)。
美容師は自分にとっての得意を活かせる仕事
――浪村さんが思う「自分の得意な作業」は、やっぱりカットやカラーですか?
浪村:
そうですね。もともと人の喜ぶ姿を見るのが好きで、そのためにがんばれるのが私の強みだと思っていて。美容師は、そんな強みを丸ごと活かせる仕事なんですよね。
美容師になろうと思ったきっかけが、自分のくせ毛でした。髪がクルクルしていて、昔からコンプレックスだったんです。
初めてストレートパーマをかけたのが中学3年生の時だったんですが、「まっすぐになった!」と、めちゃくちゃ感動して。あの時の嬉しかった気持ちが美容師を志したきっかけになっているし、今のやりがいにもつながっています。
高校生の時点で「美容師になりたい」と思っていたので、独学で友だちの髪を切って喜んでもらった経験もあります。
――自分の悩みを解消するだけではなく、他者を可愛くすることも喜びだったんですね。
浪村:
そうなんです。喜んでもらえると、自分も嬉しいんです。
感謝してもらえることも嬉しいし、可愛い髪型を作れたことも嬉しい。それを喜んでもらえることも嬉しいです。お客様も私も嬉しくて、美容師ってハッピーな仕事だなって思っています。
――私もいつも、浪村さんにハッピーにしてもらっています! 髪型はもちろん、会話も本当に楽しくて。
浪村:
ありがとうございます! でも、私は空気が読めないタイプで……。
――えっ、そんな感じしないです。気配りのプロだと思っています。
浪村:
そう思ってもらえているなら、安心です(笑)。
自分が空気を読めないと自覚したのは、20歳とか社会に出てからですね。先輩スタイリストから注意を受けたことがあって、そこでかなり反省したんです。思ったことを思ったまま喋ってしまわないように、言葉を選んだり、発言を控えられるようになったはず……です。
今では、カウンセリング(※)のレクチャーをしてほしいと頼まれることも増えました。
※お客様の髪型に関する要望を引き出したり、目指す髪型のイメージをすり合わせる工程のこと
目と耳で得た情報から「これが可愛い」を導き出す
――カウンセリングにはコツなどありますか?
浪村:
えー……なんだろう。まずは、場数を踏んで引き出しを増やしていく。そうすると、お客様と「なりたいイメージ」をすり合わせていくのが得意になると思います。
ただ、私は「似合うだろうな」と感じた髪型を、お客様におすすめしたい気持ちが強いだけかもしれません(笑)。
――なるほど。私は自分の希望を細かく伝えるよりも、「浪村さんに任せた方が確実」と思っています。
浪村:
ありがとうございます。「任せた方が確実」と言ってもらえるスタイリストでありたいと思っているので嬉しいです。実際、そうおっしゃってくださるお客様も多いです。
――やっぱりそうですよね! 新規のお客様の場合は、どうしていますか?
浪村:
どういう髪型が好きそうか、ひたすら探っていきますね。
質問をぶつけるだけでなく、目で見て分かる情報もいっぱいあります。店に来た時の髪型や服装、メイク、スマホケースとか。
美容師になってから、観察力も身についたと思います。例えば、「スマホケースに写真が入ってるな」とか気になっちゃいます。目から得る情報の方が多いかもしれないですね。「こういうのが好きなんだな」と直感的に理解できるので。
目と耳から情報を得たら、あとはほとんど自動的に「この髪型が可愛い」「これが似合う」を導き出しています。
――お客様の趣味嗜好など、接客時に得た情報は全て頭のなかに…?
浪村:
いえ、ちゃんとメモしています。実は私、カルテをめっちゃ書くんですよ。そうしないと忘れちゃうので、なるべく細かく書いています。
最近は、朝お風呂のなかで前日のカルテをiPadで打ち込んでいます。意外とそういうこと、ちゃんとやってるんですよ(笑)。
――「よく覚えてくださっているな」と感じていたんですが、そういうことだったんですね!
浪村:
印象深い話は普通に覚えています(笑)。
でも、1年ぶりに来店されるお客様もいらっしゃるので、その時は「ちゃんとカルテ書いてた過去の自分、えらい!」って思います。
組織にいるからこそ、得意なことを続けられる
――浪村さんは予約で埋まっていることが多いイメージなのですが、スタイリストになりたての頃から順調でしたか?
浪村:
全然ですよ。でも、ありがたいことに積み上がってきてはいます。
新規の方とリピーターさんをあわせて、毎月だいたい160人は担当させていただいています。と言っても、若手のスタイリストにも活躍してもらいたいので、私は新規の方の接客は少ないです。
――私自身も6年くらい通っていますが、長いお客さんが多いですか?
浪村:
多いですね。でも、「最近いらっしゃらないな」と、失客を感じることもあります。そういう時は寂しくなりますね。もちろん、引っ越しやライフステージの変化など、お客様にも理由はいろいろあると思うのですが……。
――私はもはや、髪を切る・染めるだけでなく「浪村さんと話したいから行く」になっています(笑)。
浪村:
ありがとうございます! 嬉しいです。
お客さんのこと、みんな大好きなんです。大好きな人たちだからこそ、喜んでもらいたいし、喜ばせられないと寂しくなります。その気持が根底にあるので、喜んでもらえているんだって実感できると、嬉しくなっちゃいますね。
――本当にいつも「今日も楽しかったな~」と思いながら、お店を後にしています。さて、美容師さんには明確な定年はないですよね。浪村さんのなかで、「今後こうなっていきたい」というビジョンはありますか?
浪村:
おっしゃる通り、美容師に定年はなく「体力が続く限りできる仕事」ではあります。
でも、やっぱり体力の衰えを感じることはあって…。今後の人生プランとあわせて、美容師としての働き方も考えないとなって思います。ちなみに、フリーランスになりたいとか自分のお店を持ちたい気持ちはないです。それだと私はがんばれないので、ずっと組織に属していたいです。
女性ならではのライフイベントにも備えて、そういうのをカバーしてくれるお店に居たいですね。今のお店は産休や育休の制度も手厚いし、在籍が長いこともあって、割と自由に働かせてもらっています。
実は今年6月ごろ、少しだけ体調を崩していました。その時に数日お休みをとったんですが、組織の体制もスタッフたちも頼もしくて、安心して休むことができました。人は一人じゃないし、一人じゃ生きていけないなと、改めて思いましたね。
――組織であることのわずらわしさ以上に、良さがあるってことですよね。
浪村:
めちゃめちゃありますよ!
だって、自分ではできないことの方が多いですもん。それでもやれているのは、組織に属しているからだと思います。本当にありがたいですね。
――組織に属している身として、私も心に留めておきます。もしも浪村さんが別の店舗に移ったり、万が一独立したとしても、私はどこへでも通いますよ!
浪村:
ありがとうございます!(笑)。
――浪村さん、本日はありがとうございました!