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都市伝説・陰謀・予言・シンクロニシティ・村上春樹

村上春樹を読む事でシンクロが起こってきた話を記事にまとめました。

村上春樹でシンクロすることについて語るときに私の語る事

タイトルは氏のエッセイである『走ることについて語るときに僕の語る事』をもじらせてもらいました。ここでは、盛り込み切れなかった話を書いておこうと思います。

我ながら若干カチコチに書いてしまった印象なのですが、いつかまとめて書きたいと思っていたので、とうとうその日が来た!という事がとても感慨深いです。自分の中での一区切りがついたという事ですが、一区切りつくという事が途方に暮れていた頃の自分を考えると奇跡的な回復でした。

それが村上春樹を読むたびに起こるシンクロのおかげで起こった再生の物語になったと思います。

 目次に並んだこの3冊。
『羊をめぐる冒険』
『ノルウェイの森』
『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』

 自分のシンクロをまとめた時に、見出しをつけた目次に3冊のタイトルが並んだ事を見ると、一人のファンとしては、あらためてウヒョー(≧∇≦)とはしゃいでいます。

自分的なシンクロ3部作、
村上春樹をめぐる冒険とでも言いたい気持ちです。

 

都市伝説

私が記事で冒頭に書いた、シンクロを都市伝説として聞いたのは、都市ボーイズのチャンネル、『都市ミナティチャンネル』の動画です。
14:14あたりからのお便りの紹介です。

【お便り回】『丑の刻参り婆VS警備員爺』『あれは岸本さんでしょうか?』『村上春樹の都市伝説』『彼岸に出来る果物は…』

この動画の中で、自分と似たようなシンクロ体験が紹介されているのを聴いて、自分の体験も話してみたいと思ったのですが、何しろ膨大だし、盛大なシンクロだったので、いったん自分でもまとめないとと収拾がつかないと思いました。

そして、まとめたわけですが、まとめながらあらためてシンクロに関連している村上本を読んでみると、またシンクロしていくという無限のシンクロループという状態になりました(笑)

 

予言

記事をまとめるための引用に必要な部分だけ探して読もうと思い、『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』をぱらりとめくって読んだ時の事です。トマトソースを使ってパスタソースを作った部分がまずシンクロしました。たまたまトマトソースを調理して食べたそのあとに、本の中でも主人公がトマトソースでパスタソースを作るという場面を読んだので、『あれれ?さらにシンクロ?!』となりました。

前に読んだ時から、10年以上経っているかもしれないので、これは、一通り再読したほうが良いかも?と、一通り読んでみる事にしました。

そして読んでいてシンクロ的だったのは、『ウクライナ』でした。

シンクロ的というのは、今読むと、誰が読んでもシンクロ的な印象になる言葉なのでシンクロ的という事なのですが、以前読んだ時には全く気にも留めなかった部分です。

 物語の中で、伝説の動物とされている一角獣が発見された時の話が出てきます。それは村上春樹の創作の部分なので、実際にウクライナから発掘されたわけではありませんが、ストーリーではそこはウクライナであり、主人公の意識の中の世界の事を『世界の終わり』と読んでいますが、そこに一角獣の群れが棲息しているという想定です。ある意味、その主人公の意識「世界の終わり」はウクライナという符号が成立するのかもしれません。

 このシンクロは、私だけのものではない感覚がありました。

「ウクライナ」というワードが『世界の終わり』とリンクした瞬間、直接的に関連するか否かは別として、若干背筋がヒヤリとするというか…

本文中には、計算士の『組織』と記号士の『工場』の間で、情報戦争が繰り広げられています。今まさに、ロシア対ウクライナで情報戦争は行われており、第三次世界大戦の噂もあり、それは世界の終わりを感じさせます。

また、主人公の『私』は、いずれ自分の意識の中に消滅し、永遠にそこで生きるようになります。これは、メタバースやムーンショット計画で言われる、仮想現実の中に生きるようになる事に似ています。1985年に書かれたこの小説が、今の状況を予言的にシンクロしてきたように感じました。

私は陰謀はあると思っているので、今のメディアがウクライナ寄りでありすぎることを恐ろしいと感じています。

かつて、ヒトラーもプロパガンダを駆使し、高い支持率がありました。

これほど世界的に、片方の国の肩をもつ状況が起きている事が何かそら恐ろしい気がしています。

 

世界の終わり

聖書には世界の終わりについて書かれてあります。
新約聖書が書かれた約2千年も前頃から、すでに世が終わると何度も警告されています。
その後も何度も偽預言者によって世の終わりだと惑わされてもきましたが、とうとう本当に世の終わりが来た事をひしひしと感じざるを得ないこの頃になってきました。

世の終わりには前兆があり、キリストはあらかじめ弟子たちに世の終わりについて語っているので、その前兆やしるしを注意深く観察しないととは思いますが、世界情勢や日本の状況を見ていると、ある日突然その日は来るのではないかと思うほどのこの頃ではないかと思います。

ソウルコード

もうひとつ、『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』を読んでいて、シンクロした件があって、これもシンクロまとめには盛り込めなかったので、こちらに書いておこうと思います。

 私は筋肉の反射を使って、身体に質問をする事でYes/Noの答えを導きだすという、筋反射テストを日常的にあらゆる場面で使っています。

過去の事について、現在の事について、未来の事についてなど、あらゆる事を自分の身体の筋肉の反応でチェックしています。

あくまで参考にする程度で、答えがYesであれ、Noであれ、自分の考え、思いともすり合わせながら判断しています。

ある時その方法を使って、知能指数のカウントをする事で、自分の人間関係の悩みを解消した事がありました。その時に、これは人間関係の悩みに合理的な答えが得られるひとつの方法ではないかと思い、それをまとめた記事を書きたいと考え、そのための名前を考えていた頃の事でした。

 『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』の再読を始め、電車の中で読んでいると、主人公の『私』が左右のポケットそれぞれに小銭を入れて計算するという話を読んだ後で、記号とか暗号とかにヒントがありそうな気がして、名前をソウルコードにしようかなとぼんやり考えながら歩いていました。駅の出口に出ると、ある政治家が駅前演説をしていたのでポケットに入れた手を出して両手を使ってチェックしてみました。その時、計算士の『私』が左右のポケットで計算した事に似ている事に気づき、読みたてほやほやでシンクロしたので内心笑ってしまいました。

名前をその時に考えていた、ソウルコードにする事にしました。

ソウルコードは記事にまとめています。
概念がわかると透けてみえるものがあると思うので、興味深いと思います。

ソウルコードという名前にしたのは、
輪廻転生があるという前提にはなりますが、同じ魂でいろんな性別、いろんな国を生きてきたとしても、同じ数値(知能指数のようなもの)を軸として人生を繰り返しでいると考えたからです。知能指数そのものだと、その人が受けるテストによって数値が変わる事があるため、ソウルコードという名前をつける事によって、変動しない数値として定義しています。

例えば、織田信長の生まれ変わりだと言う人がいれば、(信長の生まれ変わりという人は多いようなので)その人は織田信長と同じ知能指数的なソウルコードを持っており、同じ指数を持って思考し、今の人生を生きているという事になります。つまりその事で、魂がいろんな人生を通して磨かれているのであれば、かけ離れた人を生きるのではなく軸を持って転生を繰り返すのではないかという仮説になります。
また、仮説が妥当であれば、その人と信長のコードは同じである可能性が高くなります。

歴史上の人物が自分の過去世であった場合、記録が残っているのでなんらかの共通点や共感できる部分を見つけられるかもしれないというメリットはありますが、信長など人気がある歴史上の人物を名乗ったり、言われたりする場合は多いのでまゆつばかもしれません。

あくまで、何かの参考になればと思いますが、過去世と自分の持っているコードが同じであるというのは理に適うような気がするので、おもしろいと思っています。また、○○の生まれ変わりだという人がいても、霊能者などに頼るしか確認のしようがなかった事ですが、コードを調べる事で信憑性のあるなしの判断が参考にできるのが良いかと思っています。

 

村上春樹と過去世の話

過去世といえば、村上春樹の過去世らしき人物を一人見つけています。

村上春樹が小説家になろうと思った場所が、明治神宮球場でした。
世界の終わりとハードボイルドワンダーランドの本文中で、地下に潜りますが、その地上には、明治神宮外苑の聖徳記念絵画館も出てきます。

絵画館へ行けばわかるのですが、そこには明治天皇が寵愛していた金華山号という馬の剥製と骨の標本があります。
外にはユニコーンの像がふたつ並んでいて、金華山号がユニコーンとして描かれている絵もあり、たぶん物語のエピソードに影響を与えたのではないかと推測しています。そういう事もあり、たまたま天皇の系譜を見ていたときにひらめいた人物がいて、その人の顔がはるきちくんに似ていたので、もしかしたらと思った人物を見つけました。
わかる人にはわかるかも、と思う人です。
ちなみにコードをチェックしたら、村上春樹と同じでした。

 もし村上春樹の過去世が皇統の系譜にあるとしたら、
この時代に魂に響く物語を世界中に届けているのは、何か意味がありそうな気がしています。あくまでもしかしたらという話で、答えは出ませんが、もしそうだとしたら、興味深いと思います。

私にとって天皇という存在は、学校で習ったように、象徴としか考えた事はなく、自分の生活になんら無関係に思ってきました。ですがもしかしたら、天皇という存在は日本人にとって魂に関連した存在であり、自分が思っている以上に自分の魂に影響はあるのではないかという気がしています。
民族としてDNAに刻まれている事や魂のレベルで、自分が思った以上の何かがあるなら知りたいと思っています。

明治天皇すり替え説もあるので、今の天皇家の日本での霊的な役割についても形骸化されて機能していないのであれば、裏天皇であれ、真天皇であれ、天皇の過去世であれ、霊的な存在は必要とされているのかもしれないと思っています。

陰謀論では、天皇も本物ではないなどまことしやかにささやかれていますが、もしも明治天皇がすでにすり替えられて、ニセ天皇が日本の象徴になっているとしても、霊的なレベルで、魂のレベルでは村上春樹のような人が、本人の意図を越えて、祭祀の役割を果たしてくれる存在だったのかもしれないなと今は考えています。あまりのてんこ盛りのシンクロにはなんらかの意志を感じるし、村上春樹という同じ時代を生きる人を一貫して通して起きた事だったので、本人の意志ではないにしても意味がある気がしています。まだまだ自分に起きた事の意味の全容は明らかではない気がしていますが、さらに気づいた事もあり、私に起こった事は、今も世界中に広がっている、あるルーツを持つ魂たちの心に触れ、何らかの働きがなされているのではないかとぼんやりと考えています。この世界の終わりに、私たちが陰謀によって損なわれないために。

 

 

 

 

 

 

 

 

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