ホットミルク

 マグカップに入れたミルクを、調子の悪い電子レンジに入れてスイッチを押す。ほの暗い明りの中で、低い音をさせながらカップが回る。

 朝は嫌いだ、この部屋から出られなくなった日からずっと。カーテンを開ける。眼下に広がっていた街は、霧のせいなのか、それともずっと降り続けるヤツらのせいなのか分からないが、真っ白で何も見えない。遠くへ目を凝らせば、かろうじて薄灰色に高層ビルの頭が見えるだけだ。
 今日も静かだ。自分のスリッパが床をする音と、さっきから不安な音をさせている電子レンジの音しかしない。ダメもとでテレビの電源を入れる。1番から順番に押していく。やっぱりダメだ。こういう時に、衛星放送やケーブルテレビに入っていたら違ったのだろうかと時々思う。ラジオを付けても同じだ。毎日、毎朝、目覚めればこの悪あがきの衝動に駆られるから、朝は嫌いだ。

 軽快な金属音が鳴る。電子レンジからマグカップを取り出し、中身に砂糖を入れる。湯気を回しながら一口すする。ソファに座り込んで、真っ暗になったテレビを見つめる。しんしんと降る、雪のようなものが屋根に大きな塊を作ったらしい。窓の外をそれが通過していく。
 雪か。これが雪ならどんなに良かっただろう。大雪の降った日に、庭で弟と雪だるまを作ったのが、ついこの間のようだ。翌日に元気を取り戻した太陽によって無残に溶かされた雪だるまを見て、泣いた弟をなだめた記憶がある。雪はすぐ溶けるから良い。外で静かに猛威を振るい続けるヤツらとは違う。
 冷蔵庫の中身をチェックする。何度見ても中身が自然と増えるわけがないのに。自分と同じ階の部屋は手あたり次第あたったが、成果はちょっとした保存食や缶詰くらいで、目ぼしいものは無い。この牛乳だって、コーヒーに入れるための脱脂粉乳を水で溶かしたものに過ぎない。
 カレンダーの日付に×を付けようとして気づく。すっかり色あせて薄くなった紙にはおぼろげに「クリスマス」と書かれている。この行事に対するありがたみが一切湧かなくなったのはいつ頃からだろうかと思案するが、それも無駄なのだ。窓枠のすぐ下にまで、忌々しい灰が積もっているのが見えた。いつか、この人殺しの灰は私の住んでいる階層まで埋め尽くし、ゆっくりと時間をかけて私を殺すだろう。

 何も見えない白い空を見上げる。きっと、今年もサンタクロースはやってこない。ずっと待ち続けているヘリコプターが来ないように。


以前勤めていた会社の先輩との競争で書いたショートショートです。
お題は「冬」。

個人的に倉橋ヨエコの「白の世界」という曲が何故か頭に浮かんで離れなかったので、この小説のモチーフにしました。

2016年3月4日公開
<こちらはpixivより引っ越ししてきた作品です>

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