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対話

実家での暮らしは3年ぶりくらいになる。

立地を優先して建てられた細長い狭い家に、姉妹それぞれの部屋などない。部屋のほとんどを埋め尽くす大きな二段ベッドに舞い戻ってきた私は、我が物顔で寝転がった。

「調子はどう?」

下の段に寝ている妹に問いかけてみる

「悪くないよ」

「そっか。ねーちゃん、あんたに色々聞きたいことあるよ」

「うん」

何かを悟ったような返事。姿は見えないけれど、毛布をぎゅっと握っただろうな。

「なんでそんなに自分に厳しくなったの」

「え?」

「なんか課してるでしょ、ずっと」

「・・・・・」

少しの時間黙って、妹はゆっくりと語り出した。

「なんか、自分の中に、何人か自分がいるみたい。みんなの話がまとまらない」

意外な返事。脳内会議をしているのだろうか。

「その中に、厳しいことを言う奴がいるわけ?」

「うん。今はその子の意見が一番強い」

「いつからいるの、その子は」

「んー、昔。昔からいたけど、高校くらいから強くなった」

「何を言ってくるの。美意識とかの話?」

人生を美にかけていた妹だから、自然とそんな気がした。

「うん。元々私、綺麗なものとか可愛いものが好きでしょう」

「そうだねえ。すごくこだわってるね」

「ここ(大阪)に住んでたら、全部綺麗じゃないの。道とか、建物とか、人とか、なんでも。音がうるさくて、眩しくて、雑多な感じ」

「まあわかる。なんばとか、天王寺とか、情報量多くてチカチカしてる」

「近くの商店街とか、駐輪場も怖いよ。汚いよ。すごくうるさいよ」

「そうだね・・・・」

「だけどそう思うなら、自分も美しくいなければならないでしょ」

「そう?」

「汚いものの方へ方へ、吸い込まれていくのはいやだ」

すごい感性だな。でも、うるさいのはなんかわからなくもない。

粗雑な私でも、なんでこんなに世界はうるさいんだろうって疑問はずっとあった。頭がかち割れそうって思うような苦手な音もトラウマだし、周りのお喋りで授業が聞こえないことも・・・

「発達障害だと、そういった感覚の過敏性もあるみたいだね」

「そっか・・・それでかな」

「そうかもよ。にしても可愛いもの、好きね〜」

部屋を見渡すと、一点一点厳選された可愛いものたちが個展のように飾られている。中には、こんなのどこに売ってるの?と言うようなハイセンスなものや、理想系がないからと自分で手作りしたものもある。

「目に入るものは、なるべく可愛いものがいいな。可愛くないものを見るのは少ししんどい。外に出ると、何もかもがあべこべで疲れる。もちろん家の中も、パパが雑多に置いてるものとか納得はいかない・・・」

「まあ姉ちゃんも、散々散らかしてたよね」

「うん。あれも本当は少し嫌だった・・・」

二人の部屋なのに、いつも私のものが床を侵食していた。ADHD特有の片付けのできなさ。私の一人暮らしの部屋に来ていたら、妹は泡を吹いて倒れていたかもしれないな。

「お水とか、野菜がまずいのもしんどい。お出かけしても、入るお店とかがわからなくて・・・もう食べなくていいや、って思う」

「それで疲れちゃって、ご飯食べなくなったの?」

「それもあるけど、やっぱりムチムチしている身体が嫌だし、思ってる身体の形があって、それに自分が当てはまらないのが嫌だ」

フランス人形ばりに白い妹の肌。決して太ってはいないけど、白すぎるせいか、柔らかそうに見えるといえばそうかもしれない。

「思ってる形か。体型に正解があると思うの?」

「うん。あるべき姿、みたいな」

あるべき姿?そんな言葉、カードキャプターさくらでしか聞いたことないよ。

「バレエやってた時もすごく気にしてたね」

「うん。股関節がダメで、開かなくて、元々向いてないし、別にたくさん食べてる訳でもないのに他の子の横に並んだらムチムチで怒られる」

「バレエやってる子はすごいね」

「なんか違う、って思ってたのはそのへんからかも」

「それを、努力でなんとかしようと?」

「うん」

「そりゃ、大変だね」

2時間ほど話をした後、疲れた妹は眠ってしまった。

話せば話すほど考えてしまう、妹の考え方とアスペルガーの因果関係。そういえば彼女は根っからの大阪人なのに関西弁を話さない。言葉もゆっくり選ぶしこだわりが強い。

考え方も型があって、そこに当てはまるか当てはまらないかの二軸しか持っていないみたいな感じ。

私もそういうところはあるけれど、それよりカタブツの父親の顔が浮かぶ。彼を一言で表すならロボットだが、そこにセンスと美意識を足して運動神経を抜いてできたのが妹という感じか。

顔も無表情だよな。カメラフォルダーに入った妹とのプリクラなどを振り返ると、どれも全く同じ表情をしていた。

思い立って屋根裏部屋に駆け上がり、アルバムを漁ってみる。

エネルギーに満ち溢れ、常に何かの上に登っている私。基本アラレちゃん的な笑顔をして写真に写っているし、ポーズも豊富で子どもらしい。その私の横には、怖い話に出てくる髪が伸びる人形のような姿、表情をした妹。

いつも一緒だったから、なんとも思ったことがなかったよ。

幼稚園、小学校とアルバムの先をめくる。周りのお友達と比べても、彼女はいつも何かに怯えているような顔をしている。幼稚園へ行くのも嫌がっていたっけ。

そういえば、みんなが急に動くのが怖いから行きたくないんだって、母親から聞いたことがある。

彼女は、相当繊細なんだ。それが今回よくわかった。

それをゆっくり伝えていこう。生きづらさを1つずつ紐解いて、解決策を考えていけばいい。

なんだか、大丈夫な気がしてきたぞ。彼女はまた、元気になるはずだ。

そう確信して、ベッドから体を起こすと同時にスマホが鳴る。

「明日、14時でいいかい?」

卒論をやろうと言った友達からLINEがきた。そうだ、明日は集まる日だった。慌ててPCを開いて、真っ白な原稿と対峙した。

「ご飯できたけど」

母親がPCを覗き込んできた。やれやれ・・・・

「はいはい、食べますよ」

「卒論、進んでるの?」

「まあ、まあね。明日友達とやるよ」

「卒論って、友達とやるものなの?」

「賢い友達に、チェックしてもらうんだよ」

「あんたは本当、恵まれてるね」

それはそうだ。私は何もできていないけど、たまにはお菓子とか、買っていかなくちゃいけない。

父親とハヤシライスを食べている間、母はアクアライトとぼうろをお盆に載せていた。

ここは女子大生娘が二人の家。赤ちゃんせんべい、経口補水液、玄米甘酒が買い溜めてある景色は異様だ。

「和光堂なら食べるんだね。昔と同じか」
見慣れたベビーフードも置いてあった。

「懐かしいでしょ、あの子は可哀想だけど、ママは赤ちゃんの頃みたいで少し嬉しいこともあるのよ」

そう言って母は微笑んだ。

もしかしたら彼女は、味覚をリセットして赤ちゃんからやりなおしている最中なのかもしれない。



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