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同志
「もう一回お願いします!」
グリーンのテニスコートから元気な若者の声が聞こえる。
ここは家からさほど遠くない場所にある私立学校。知っているような、知らないような学校の風景を見ながら長い廊下を歩いていく。
懐かしいな・・・
イマドキの上履きは、あの変な便所スリッパじゃないんだ。制服もかわいい。私は私服の高校だったから、お揃いの制服にはなんだか少し憧れがある。
先生がよほど教育熱心なのだろうか。
ここでは土曜日のお昼頃、発達障害の子を持つ親が集う会が行われている。
「こんにちは!こちらです!」
若い綺麗な女性教師がこちらに手を振っている。
「お久しぶりですね」
すでに知り合いである友人と先生が会話を始めた。
発達障害のことと卒論で困っていた私を、友人がここへ繋げてくれたのだ。
「彼女が噂の?」
「はいそうです。大学の友人で、発達障害の当事者なんです」
「あ、はじめまして!」
私は慌てて会釈した。
「聞いてますよ。ぜひ色々おしゃべりして行ってくださいね!」
明るくてかわいい人だ。私もこんな先生がよかったなあ。なぜかおじいちゃん先生にばかり当たってきた自分の学生生活を思い出す。
教室に入ると、すでにコの字型に並べられた机に
数人の保護者が座っていた。
色々な人がいるな。ここにいる人はみんな子供が発達障害なのか。
いただいたお茶を飲みながら、会が始まるのを待つ。
「結構くるんだね」
「中高一貫だから多いね」
定刻には、ほとんどが母親ではありながらも大勢の保護者が一堂に会した。
「今日は新しい人が来ているので、自己紹介から始めますね。」
ひと目で見て「この人偉い人なんだろうな」と思えるほど威厳のある男性教師が優しい眼差しをこちらに向けた。彼がこの会を作ったらしい。
「私はこの学校で理科の講師をしています。臨床心理士でもあり、この会の責任者です。他に教育担当の教師2名、保健師がおります。何かあったらこの中の誰にでも気軽にお話してくださいね。」
紹介された先生たちが同時にペコリと頭を下げた。
次は私の番。
「初めまして・・・よそもので恐縮なんですが、大学で障害分野の研究をしておりまして、卒業論文の制作のためにご紹介いただきました。私自身も発達障害の当事者です。今日は色々とお勉強させていただきたいと思います。よろしくお願いします。」
そんなことを言ったように思う。
隣で友人がニコニコと話をし始めた。
とたんにお母さんたちが笑顔になる。
「わ、お久しぶり。元気だった?隣の子は彼女のお友達なのね!」
気を抜いていたわたしは
咄嗟に精一杯の笑顔を向けた。
それだけで、すぐに場は打ち解ける。
やはり持つべきものは友だ。
私はこういう時、緊張せずに振る舞える自分の社交性にも安堵する。
いや、ただ何も考えていないバカだから何も感じていないだけかもしれない。
続けて保護者の自己紹介が始まる。
「うちの子は高校2年生で、アスペルガーです。今は修学旅行のことで色々あって大変です・・・。そろそろ行くか行かないか決めて、提出しないと。」
「うちは春から入学した中学1年です。3歳くらいに発達障害だとわかりました。入学してもう半年以上経ちますけど、ずっとクラスでひとりぼっちみたいで気にしてます。」
当然のことだが、それぞぞれの家のお子さんがそれぞれの悩みを持っている。ただその根底には共通して、発達障害の問題がある。
難しい年頃の子供たち。支援が必要な子供たち。学校でも家庭でも問題が多く、将来を不安視している保護者たちは、少しずつ語りはじめた。
「うちは部活に入るかどうか、決められないでいるんです。運動神経が良くないし、きっとうちの子にはついていけないでしょう。トロいし。となると、文化系になるけれど、特にこれといって興味がないみたい。親としては、夕方も夏休みもずっと家にいられたら困ります。人間関係も学んでほしいし、ろくに敬語も使えないから。」
「あら、うち中2ですけど、結局部活入らなかったの。部活になんの意味があるの?とかって聞かれて、私うまく答えられなくて、そのままですよ。でもよく考えたら私たちの頃も結構仕方なく入ったよね?」
「わかります!女子はテニスかバレーボールしかなくて、仕方なくテニスにしたんですけど、今考えたらなんで部活の強制入部に違和感を持たなかったんだろう?〇〇くん、そこに疑問を持てるってことは頭がいいってことよ。大人よ。」
共感し、自分自身の経験も交えて励まし合う
有意義で優しい時間が流れる。
「確かに彼は、授業中にふざけちゃう子のことについても放課後僕のところへきて、あの子はどうしてそういう態度をとるのか、ということを聞きにくるんですよ。偉いなと思いますよ。」
日頃そばで見ている先生の温かい言葉。
「本当ですか皆さん、このままでいいのかしら、私が結構焦ってしまってて。部活をすることが普通だと思っているからその考えを息子に押し付けているのかも。」
自分を客観視し、ものの見方について考え始める相談者。
「いいわよいいわよ。そういう子もいていいんじゃない?気が向いたら何か始めるかもしれないし。」
飛び交う励ましの言葉に、その場にいる何人かが少し涙ぐむ場面もあった。
なるほど、なるほど。
私は少しずつ、この会の意義を理解していく。
そしてついに口を開いた。
「私は部活に入っていたけど、人間関係のトラブルばっかり起こしていたんです。思ったことをなんでも言ってしまって、オブラートにも包めないでいて。今も全然上手にコミュニケーションできてないです。今はアスペルガーだってわかっているけど、私が話し始めるとギョッとする皆の顔がトラウマなんです。」
しばらくシン..とした空気が流れたあと
活発なお母さんが口を開いた。
「そうなの?今のあなたはそんなふうに見えないじゃない。受け答えもしっかりしているし、勉強のためにここへくるなんて立派よ。」
え。そうかな?
自虐したつもりが、ほめられてしまった。
「そうよ。私の息子は言葉もなかなか出ないし、発言したらしたでトラブルになるの。それでももしかしたら将来あなたみたいに立派になるかもしれないと思えるから、私たちからしたら希望ですよ。」
次々に保護者が私を庇い始める。
「私もそう思いました。そこへじっと座って人の話を聞けるだけでもすごいのよ。うちの子にはまだできません。あなたもそういう時期があったんでしょう?」
「はい・・・すごく多動的で、自分の話以外、全然聞いていなかったです。」
「そんな過去だったなんて。見えないですね。まさにうちは今そんなところにいるの。うちの子にも成長してほしいです。あなたの過去を聞いて驚きました。」
そうだったんだ。みんなあんな感じの時があったんだ。
私がやってきた悪いこと、苦労話、親との関係などを明らかにしていき、
どうやって乗り越えてきたのか、その方法や、
その時親にこうして欲しかったという当時の気持ちなどを正直に話した。
保護者たちは真剣に私の話を聞いて、口を揃えて"希望"と言った。
その様子を見守っていた教師は
「やっぱり、傍目に問題のある行動だと思っても、本人からすればちゃんと動機があるよね。それが少し世間体とずれていたり、突飛な発想に感じてしまうからトラブルになることもあるけれど。しっかり大人も背景を考えていかなければならないです。」
そう言ってまとめに入る。もう終わりの時間だ。
「ねえ先生。彼女の話を聞いてたら私もそう思いました。なんかもうどうしようって思ってたんですよ。本当問題行動ばかりだから。こっちも責任があるから、言って聞かせなきゃって思って毎日必死。そのうちにダメな子って決めつけてしまっていたかもしれません。」
そっか。うちの親もそんなふうに思っていたのかな。こんな相談場所とかもなかっただろうし。
よく考えたら今まで
保護者が子供の話をしている場になんてまともに立ち会ったことがなかった。
なんだかすごく貴重な経験をした気がする。
保護者にはアンケートが配られ、私たちは先に教室を出た。
「今日はありがとう。また、絶対来てくださいね。」
帰り際、保護者にはそう言われた。
なんだ、私は自分語りをだけなのに。恐らく本当にそう思っているような顔をしていたと思う。
校門についたら、可愛い先生が私に向かってこう言った。
「あのね、あなたみたいに困ってる子はたくさんいるんだけれども、あなたのようにスラスラと言語化すること難しい子が多いんですよ。だから今日はお母さんたちも子どもたちの気持ちが少しわかったような気がして嬉しかったと思います。ありがとうね。」
そんなこと言われたのは初めてだ。
「少し話すぎたと思います。」
「いえいえ。かなり盛り上がりましたからね、気にしないで、また来てください。」
遅くなったけど、と先生は名刺を渡してきた。
これからここに来てもいいのかな。
門でお別れした後、友人と喫茶店でパフェを食らう。
「すごいじゃん。私も知らない話ばっかりだったけど、なんか本当大変だったんだね。」
「そうかな・・・今も結局、頑張ってなんとかしてるだけで中身は空っぽだよ。」
「まあ私もそういう感覚だよ、でもそれを自分に課し続けると病むよね。」
「そっか、だからこんなにしんどいのかな。」
「そうかもよ。だから寝れないんだよ。」
はあ・・・
卒業まであと少し。
今日は久しぶりに優しい言葉をかけられた日だった。
こうやって、大人になるにつれて責任ばかりが大きくなって、褒められることも無くなって、自分の心は消耗していくのか。
発達障害だとわかってから
自分は「変」「人と違う」というという感覚がこびりついてしまった。
だけどそれでも、それなりに頑張ってやっているのかもしれない。いや、やってきたんだ。
今日の経験を通して感じたのはやはり、変な人の、変なりの頑張りを認めてもらえるような社会になればいい。そういうようなこと。
そっか。それをそのまま卒論には書こう。
研究とかどうでもいいや。私の心の叫びを書くんだ。
先生どうか、文字数を超えたら卒業させてくれ。
友達の言う通り、私の卒論の方向性は決まった。
きっとまた私はあの会に行くだろう。
気づけば彼、彼女らとご両親の将来が気になっている私がいた。
(※個人情報保護のため実際の内容とは変えています。一部創作パートが混ざることについて御理解ください。)
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