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Please give me a Family(1998)

これは今のsei(青星)という名前になる前のペンネーム、滴露 泪(しづく るい)の時に書いた、ノート35ページのお話。
この頃はまだ大学ノートに書いていて、長さによっては書きあがると半分白紙ページが残ることも。本文のあとに必ずあとがきのようなものを書いて、そのあとの残りのページに、読んでくれた人に感想を書いてもらっていた。
この年、両親が離婚した。家族が壊れていくのを数年間見ていたわたしの願望や実体験が含まれているかもしれないし、そうではないのかもしれない。
note掲載にあたり、誤字脱字以外、基本的に執筆当時の原文ママです。

1.
”神様、いい子にするのでリリィに家族を下さい。”

あたしは窓から星のでる空を眺めて、毎晩お祈りした。

かといって、あたしはひとりぼっちなんかじゃない。
いちおう家族はいた。
ママと、ママのスキな人と、小さな妹がいた。
パパはいない。あたしが小さな時にどっかに行ってしまったらしい。

物心ついた頃から、あたしは変わった子どもだった。
ふつうの女の子のように人形で遊んだり、
おままごと、なんてことはしなかった。
はだしのまま、男の子のあとにくっついてはしゃいでいた。
本を読むのが大スキで、いろんなことに興味があった。
”ものしりリリィ”なんて呼ばれたりもする。
けど、こんなあたしは家でういていた。

昔はパパのいないあたしと妹だけを
ママは愛してくれていた。
あたしもママが大スキだった。
けど、ママのスキな人が家にきてから
ママは変わってしまった。
ママの心のてんびんは、ママのスキな人の方に大きくかたむいている。
あたしの幼い目には、そう映っていた。

2.
ママとママのスキな人は、ママの仕事先で出逢った。
その人は、夜遅くママと家にきて、お酒をのんで大さわぎ。
あたしと妹は一つの布団に一緒に入って
カタカタ震えて泣いていた。

ママがその人とつきあい始めたばっかりの時は
あたしたちの存在はヒミツにされていた。
ママはころあいを見て、あたしと妹をその人に紹介した。
最初はとまどっていたけど、やさしくしてくれた。
慣れていくうちに2人の愛情は妹に注がれた。
ママのスキな人から見ると、あたしは変わった子だったのだろう。
その反対に妹はふつうの子で、言いつけをよく守った。

いつしかその人は、家に住みつくようになっていた。
夜遅くに逢ったあの日から、3年たったある日だった。

あたしは最初に逢った時から、その人にイヤなオーラを感じていた。
でも毎日のように家にくるその人に、イヤな顔して会うわけにもいかず、
ママのオトモダチ、と思って、楽しい話をしたりしていた。
でも、その人へのキライ度は日増に100%へ近くなっていった。
顔を合わすのも、口をきくのも、同じ空気をすうのもイヤだった。
ママとその人が目の前で仲良くしているのが耐えられなかった。

相手もその空気を感じとったのか、
あたしの相手はあまりしなくなった。
けど、干渉は異常なまでにしてきた。
あたしはパパというものが居たことはないけど
いたらこんなカンジなのかな、と思うくらい。
(でもこんなのがパパなら、パパはいらないと思った)
ママとケンカした時も、その人もあたしをぶった。
あたしのする事なす事否定し、文句をつけた。

あたしはそんな相手に小さなコトから反抗した。
無視をしたり、目をあわせなかったり。
ママにわかってほしかった。大スキなママに。
ママは気付いてはくれたのだけど、
その人に何か言いもせず、あたしを責めた。
めったに泣かなかったあたしだったけど、
ママが怒るたびに泣いていた。
少しずつ、ママもキライになってきた。

3.
この家にいるのがたまらなくなったある日、
あたしはいいコトを思いついた。
別の人の子どもになれば、この家をでられるんだ。
生きる希望を見いだしたあたしは、
紙に大きくこう書いた。

"Please give me a FAMILY"

電話番号とあたしの小さな自己紹介文も書いた。
このポスターを2~3枚作り、一枚を家の前に貼った。
ママたちはポスターに気付いたみたいだったけど、
何も言わず、いつもどおりにしていて、なんか変なカンジだった。

次の日から、電話が鳴りやむことはなかった。
一人で電話の前に座り、紙とペンをもって相手をした。
電話をかけてきた人には、いろんな人がいた。
子も孫もいない老夫婦。
事故で子どもを亡くした若い2人。
他にもベビーシッターを頼む人や
仕事を持ちかけてくる人など。
意図にあわない人は断り、
それ以外の人は一件一件たずねることにした。
行く順番の予定を立てているあたしを、
ママはママのスキな人の目を盗み、見つめていた。
カナシイ目をしてた。
あたしは家の近くの人からたずねることにした。
ママのスキな人は、やっかい者が消えるのか?と
一人で喜んでいた。
あたしは飛び交う悪口をくぐり、
荷物をつめこんだカバンをもち、
今まで行ったことのない世界へ行くつもりで
ドアを開いた。

歩いているうちに、大キライなあの人のことは忘れてきた。
見知らぬ世界にとびこむことがステキなコトに思えてきた。
小道に咲いてる花をつみ、一人でうたいながら、最初の人の所へむかった。

4.
最初にたずねた家族候補はお金持ちの人の家だった。
門から玄関までが200メートルはあるくらい。
ブザーを鳴らした。
中から出てきたのは感じのいい中年の使用人のおじさん。
”キミがリリィさんだね。 中にどうぞ”
あたしはその小さな背中について、広い廊下を歩いた。
ついたのは大広間。ソファに大人が2人すわっていた。
”はじめまして。リリィといいます”
  少し声がふるえた。
2人には娘さんがいたのだけど、2年前に病気で死んじゃったらしい。
”死んだあの子にそっくり”
あたしはその子が使っていたという部屋につれていかれ、
夕食までひとりぼっちになった。

「あたしの部屋」は、今住んでる、いや住んでたアパートの
部屋を全部くっつけたくらい広かった。
キレイなシーツとぬいぐるみの置かれたベッド。
本のぎっしりつまった本棚。
レースのカーテンのかかった窓。
クローゼットをあけてみると、レースのいっぱいついた服が並んでいた。
”ここでかくれんぼできるな”
ひとり遊びには慣れていたから、
ベッドの下に入ってみたり、窓から顔を出してひとりで遊んだ。
本棚の本は今まで読んだことのない本ばかり。
一冊ひきぬいて読んでみた。
”コンコン、コンコン”
おじさんがドアをノックする音も聞こえなかった。
待ちかねたおじさんがドアを開けた時、
あたしはカーペットに寝っころがって本に夢中だった。
”夕食(ディナー)の支度ができました”
あたしはカーペットからとびおきて、おじさんのあとに続いた。

ダイニングルームのテーブルには、大きな皿がいくつものっていて、
見たことのないおいしそうな料理がたくさんあった。
あたしはヨダレがたれそうなのをガマンした。
2人はニコニコしていた。
”どうぞ、めしあがれ”
コックさんの盛ってくれた皿をつかみ、
あたしは食べるのに必死だった。
こんなにお腹いっぱい食べたのは初めてだった。
ふと2人の目が気になって手を止めた。
”ゴメンナサイ・・・”
”いいのよ。たくさん食べてね”
”これからはキチンとします”
あたしはハズかしくなった。
夕食後、おふろでゆっくりして、
部屋に戻った。

窓から顔を出し、星のキラキラする空にむかって
”神様、リリィにいい家族がみつかるようにして下さい”
そう目を閉じてお祈りした。

手元の小さな灯りをつけたまま、
あたしは夢の世界へ旅立った。

その夜はなぜか、3人の夢を見た。
ママと、ママのスキな人と、小さなあたしの妹の。

次の日の朝、あたしは早く目が覚めた。
キレイな召使いのおねえさんに着がえさせてもらい
朝食の席についた。
レースのいっぱいついた白い「おようふく」を
汚さないように、しとやかにするよう努力した。

”いってまいります、おじさま、おばさま”
ピカピカのカバンを背負って学校に行った。
あたしの家族さがしのことはみんな知ってたから、
女の子してるあたしを見ても誰も何にも言わなかった。
でも、いつもみたいに泥だらけになるまで
遊べないのはつまらなかった。
人形で他の女の子と遊んでみたり、
ままごとに挑戦してはみたけれど、つまらなかった。

「家」に帰っても、広い部屋にひとりぼっちだった。
”でも、明日は次の人の家に行くんだし”
そう思ったところで夕食に呼ばれた。
”どう?うちの子にならないかしら”
あたしは一瞬とまどった。
”他の人のところもまわってから連絡します”
”イイ返事をまってるわ”

”神様、リリィにいい人がみつかりますように”
今日はくもって星は見えなかった。

昨日と同じ夢を見てた。
少しなつかしかった。

5.
次の日の朝、あたしは2人に別れを告げた。
今日むかっているのは、老夫婦のところだった。
昨日までいたところとは、月とすっぽんだった。
木造の1階建ての家で、中に入るとミシミシいった。
”こんにちは、はじめましてリリィです”
2人はただニコニコしていた。
荷物を持って、部屋に通してもらった。
古いベッドと小さな机がひとつ。
あとは目立つものはなかった。
”夕飯の準備まで、ゆっくりしててな”
あたしはまたひとりにされた。
古びたベッドに腰かけて、周りを見まわした。
天井でねずみがかけまわっている音がする。
壁には虫くいの丸がいくつもある。

おばあさんが台所で料理しているらしく、
トントン、と包丁で何かを切る音と、
おなべから、いいニオイがこぼれてきた。
あたしには、おばあちゃんもおじいちゃんも
小さな時に死んじゃっていないのに、
なんか懐かしい気分になった。

おばあちゃんの作ってくれたご飯は、
カンタンなものだったけど、とてもおいしかった。
2人は、昔話などを話してくれたり、
あみものを教えてくれたりした。
寝る時も、そばについていてくれて、
絵本を読んでくれたり、
子守歌をうたって寝かしてくれた。

夢の中であたしに子守歌をうたってくれていたのは、
ママだった。

次の朝、あたしはすごく早く目が覚めた。
2人は朝6時ごろから起きて、忙しそうにしていた。
朝ごはんもカンタンにすませて、学校には行かず、
畑に行った。重い畑仕事の用具を両手にかかえて。
畑は思ったよりも広くて、いろんなものが実をつけていた。
カゴに作物を収穫したり、畑をたがやしたり。
肥料の臭いはくさくて、鼻がまがりそうだった。
2人は黙々と働いていて、静かだった。

”休憩するとしよう”
大きな木の下に3人で腰かけて、
おばあちゃんの作ってくれたお弁当を食べた。
働いたあとのごはんは、いつもよりおいしかった。
”これもお食べ”
おばあちゃんのしわくちゃの手の上には、
とったばっかりのトマトがのせられていた。
畑の横の小川で冷やしてあって、
とてもおいしかった。

家に帰ると、3人でのんびりしてすごした。
明日ここを発つのは少しおしい気がした。
その夜のごはんは、今日みんなでとった野菜がメイン。
”これはリリィちゃんがとってくれたものよ”
あたしはジーンときた。少し泣きそうだった。
”リリィちゃんがここにきてくれることを、
   心からまっているわ”

今日は星がいつもよりたくさん見えた。
”神様、リリィにいい人みつけて下さい”
畑でがんばったので、すぐにねむりこけてしまった。

6.
あたしは2人が床をきしませる音で目を覚ました。
あわてて荷物をまとめて、2人におじぎをした。
”すぐには返事できないので、少しまって下さいね”
2人はあたしは見えなくなるまで手をふってくれた。
目に少しナミダがうかんできた。

次の人との待ち合わせの場所に行く途中、
「家」の前を通りすぎた。
一歩、門のところで止まった。
アパートの窓からは、あいかわらず大声が聞こえる。
窓から一瞬、ママの顔が見えた。
あたしが家族さがしをする前の、
悲しそうな顔をしていた。
あたしは無言でその場を通りすぎた。
ママがあたしに気づいたのには気づかなかった。

次の人とは、街で一番大きな病院の前で待ちあわせた。
色白でほっそりした女の人がひとりで立っていた。
”あなたがリリィちゃんかしら?”
あたしはうなずいた。キレイな人だった。
”こっちについてきてくれるかしら?”
黙ったまま、女の人のうしろにくっついて、
病院の中を歩いた。
ある部屋に、入っていった。
色とはいいづらい、うす汚れたカベ。
花びんに生けられたイロトリドリの花。
小さな白いベッドに、ひとりの小さな女の子がいた。
年は、あたしと同じくらいに見えた。
”この子が、この前はなしたリリィちゃんよ”
彼女がこっちを向いた。青白いほほ。
”はじめまして。私はルル”
よわよわしいコエが口からもれた。
女の人は、あたしを家族としてむかえ入れる代わりに、
あんまり見に行けれない、この子の相手をしてほしいというのだ。
”じゃあ、また来るからね。早くよくなるのよ”
言いのこして、女の人は行ってしまった。
”ねェ、リリィちゃん。あたしね、ちっちゃなころから、
ずっと、病院の白いカベの中で暮らしてきたの。
だから、学校に行ったことはないし、
友だちもいないの。ひとりぼっちなの。
だから、リリィちゃんが今日、ここにきてくれて、
すごくうれしいの”
その声は、さっきよりハキハキしていた。
あたしは、うれしさで、顔が赤くなるのがわかった。
産まれてはじめて、
そこにいるだけで、うれしいと言われたのだ。
ちょっとくすぐったかった。

あたしとルルは一つちがいで、ルルのほうが一つ上だった。
「外の世界」の話を、いっぱいした。
学校のこと、友だちのこと、そして「家族」のこと。
ルルの口からは、
   ”うらやましいな”の一言がたくさんもれた。
ルルも、自分のことをいろいろ話してくれた。
”小さいころはね、あたしをこんなところにひとりにして、
ろくに見舞いにもこないママが、大キライだったの。
でもね、会いにこれなかったのは、あたしのためだった、
って気づいたとき、自分がハズかしくなっちゃった。
自分が病院にずっといられるのも、
よくなるために手術できたのも、クスリがのめるのも、
みんなママのおかげだったのに”
あたしは、ハッとした。
今まで、ママのしてくれたことについて、考えたことはなかった。
”でも、ひとりはさみしいな”
”あたしもね、家じゃひとりだよ。
学校では友だちとかたくさんいるけどね。
日曜日とかは困るよ。何しよっかな、ってね”

あたしとルルはすごく気が合って、
ずっと前から知っている親友のような気がした。
けど、一生けん命、大きなコエで話そうとしているルルが、
無理しているような気がして、コワかった。
”ルルはどこが悪くて入院してるの?”
”心臓。
だから、外を思いっきり走ったこともないの。
よくなったら、外をかけまわってみたいの。
すごく晴れた空の下を、元気に走るのがユメなの”


ルルがときどきしていたセキが、ひどくなってきた。
あたしはナースコールを押して、お医者さんをよんだ。
”ママ、あたしどうしたらいいの?”
心の中でそうくり返した。ハラハラしっぱなし。
ルルが苦しんでいるのに、あたしは何もできないのだから。
お医者さんや看護婦さんの手当てのおかげで
ルルは落ち着いて、ねむりについた。
”これくらいの発作はよくあるの。
ルルちゃん、お見舞いがあんまりこないから、
いつもひとりで発作にたえているのよ”
一人の看護婦さんがそう言って病室をあとにした。
額から流れている汗をふいてあげた。
ひとりで病気とたたかっているルルが、ステキにみえた。

数時間後、ルルと一緒にベッドサイドで寝てしまったあたしを
ルルのママが起こしてくれた。
”リリィちゃん、今日はもう家に帰りましょう”
あたしは首をふった。
”あたし、もう一日ここに長くいるので、
今日はルルといさせて下さい”
ルルのママはだまってうなづいた。
そして、看護婦さんと少し話をしたあと、
”ルルをおねがい”と言って、出ていってしまった。
ルルは、見えなくなった背中をじっとみつめていた。

看護婦さんが夕食をはこんできた。
あたしの分まであった。ルルのママのおかげだと思う。
病院のごはんは初めて食べたけれど、
あんまりおいしいものとは言えなかった。
けど、ルルはおいしそうによくかんで食べていた。
小さな頃から「ここ」に暮らしているから、
ママの作ってくれるごちそうは、あまり舌が覚えていないのだろう。
なんか、ルルがかわいそうで、切なくなってきた。
夕食がすむと、検診をして、就寝。
部屋の電気が消されると、ルルの寝息がきこえてきた。

お祈りを窓ですることはムリだったので、
真っ暗な部屋の中でした。
”神様、リリィはルルがかわいそうです。
ルルとはやくよくして下さい”

夢の中で、病院のベッドにいたのはあたし。
看護婦さんは、ママだった。

次の朝、ルルのママの声で起きた。
いつもならここで帰り支度をして、お別れだけど、
あたしはもう一日いるといったので、予定はくるった。
他に回る人のところへ電話をかけ、予定の変更をいった。
少しめんどくさかったけど、ルルが気になって仕方なかった。

天気がよかったので、車イスに乗せて、散歩してみた。
ルルにとっては久しぶりの外界だった。
”キモチガイイネ”
病院の中庭は広くて、イロトリドリの花が咲いていた。
すごくキモチのいい風が吹いている。
中庭のはじは、高いコンクリの壁で仕切られていた。
”いつかここを出たいな。きっとムリだろうけど”
”でれるよきっと。ルルもルルのママもがんばってるんだから”
ルルが笑った。スゴクステキな笑顔。
こんなに笑顔がステキな人が、どうして病気なんだろう。
あたしはムネが痛んだ。
2人で木立に入り、まぶしい太陽のヒカリをみつめた。

今日一日、ルルの調子はおどろくほどよかった。
あたしはその反動がコワかった。
ルルが今、目の前で死ぬんじゃないかって、
ひとりでビクビクしていた。
”ママ、ルルが死んじゃったらどうしよう”
心の中でくり返した。
お医者さんも心配して、ときどき様子を見にきた。
そんな人の心配をよそに、ルルは元気そうだった。

ルルがお昼寝をしているうちに、あたしは病院の中を散歩した。
大きな建物の中には、たくさんの人がいた。
ルルのいる小児病棟をぬけると、大人の人が増えてきた。
笑いかけてくれる人、にらみつけてくる人、いろんな人がいた。
産婦人科の前を通った。身重の女の人や、産まれて1か月の子を抱く女。
ママと子供。
あたしはダッシュして、ルルの部屋に戻った。
ルルはまだ眠っていた。薬がきいているらしい。
あたしは声をおしころして、ひとりで泣いた。
ベッドのシーツに、ポタポタとしづくがおちていった。
何で泣いているのか、自分でもよくわからなかった。
ルルが目を覚ました。泣いているあたしを見た。
”ママが恋しいんだね、リリィも”
あたしは首をふったけど、ナミダは止まらなかった。

夕方になって、ルルのママがあたしを引き取りに来た。
ここで、ルルとはお別れ。セツナかった。
”手紙書くからね。早くよくなって、
一緒にかけっこしようね”
ルルは泣いた。あたしも泣いた。
ルルのママはあたしの手をひいて、ルルの部屋をあとにした。
ルルのママも泣いていた。

ルルの家は病院から少し遠かった。
中に入ると、小さな犬がうれしそうにとびついてきた。
”ジョン、ルルじゃないわよ。お客さまよ”
あたしは奥に通された。
中はこぎれいに片付いていた。
”ここを使ってくれるかしら?”
そこは、「ルルの部屋」だった。
あたしはびっくりした。ものはすべてホコリをかぶっていた。
ルルは小さい頃からずっと病院暮らしだからなの?
出窓に生けられた花はカラカラに枯れていた。
あたしはルルのママがいないのをたしかめて、机にむかった。
紙とペンをとり出して、手紙を書いた。
いつか、ルルがここで、あたしに手紙を書いてくれるよう、ルルに書いた。
元気になったルルの姿が目に映った。
あたしはひとりで笑っていた。
”リリィちゃん、ごはんよ”
あたしは手紙をルルのままに見つからないように引き出しにしまった。

ダイニングテーブルには、ルルのママと、パパがいた。
”はじめまして、リリィちゃん”
あたしはおじぎをした。やさしいカンジの人だった。
2人はあたしの前でいろんな話をしていた。
今日あったこと、仕事のこと。ルルのことを心配する話は
ひとつもでてこなかった。
あたしはショックを受けた。
皿にフォークをカタって、音を立てておいた。
”どうかした?リリィちゃん?”
”ルルは言ってたよ。今、あたしが病院にいられるのも、
薬をのめるのも、手術を受けられたのも、
みんなママががんばっているからだって。
だから、あたしも、早くよくならなくちゃって”
2人は手を止めて、口ごもってしまった。
”ごちそうさまでした”
あたしはダッシュで部屋に入った。
”何かちがう。これじゃルルがかわいそう”
目からナミダがこぼれてきた。
ベッドにもぐりこみ、あたしはひとりでカタカタ泣いた。
ひとつの決心ができた。

”神様、ルルの病気を早く治してください”
暗がりの中、ナミダ目であたしは祈った。

7.
あたしは朝早くに起きて、荷物をまとめた。
手紙を書き、ダイニングテーブルにおいて、早く家を出た。
病院に向かって歩いた。少し遠かった。
面会の時間は10時からだったけど、うまくしのびこんだ。
ルルの部屋に入る。
”ルル。リリィだよ。朝早くごめんね”
ルルはびっくりしてたけど、周りにバレないように静かにしてくれた。
”ごめん。ルルの家族にはなってあげられない。
昨日、そう決めたの。ルルにはとっても悪いけど。
ルルのパパもママも、悲しいけど、ルルの話なんて、
家じゃしてないのよ。残念だった。
だから、一緒にいてあげられないの。ゴメンね。
でも手紙書くし、たまに病院にも行くからね”
ルルは泣いていた。あたしも泣いた。
”それじゃ。また来るから。早く外でかけっこしようね”
あたしは急いで病院の外へ出た。

次の人のところは、病院から近かった。
小さな雑貨店の前に、かんじのよさそうなおばさんが立っていた。
”リリィちゃんかい?”
あたしは小さくうなづいた。
”ここが家さ。すこし汚いけどね”
おばさんは雑貨店の経営者だった。

中には、小さなおかしや、布、食料品、雑誌が、
所狭しと並んでいた。
おばさんは一人で、多くのお客さんの相手をしていた。
あたしは、その様子をカウンターでみつめていた。
ママのしている仕事は、あたしにはよくわかんなかった。
でも、あんまり良い仕事じゃないって言ってた。
このおばさんは、一人で店を切り盛りしている。

お客さんが減ると、あたしを部屋に連れていってくれた。
男の子の部屋だったけど、ベッドカバーだけ新しかった。
”お店が終わるまでひとりにしちゃうけど、大丈夫?”
今までの人にないコトバだった。
”うん。大丈夫ですよ”
おばさんはニコッと笑うと、下に降りていった。
男の子の部屋は、はじめて入った。
本棚には、冒険ものがいっぱい入っていた。
壁には、スポーツ選手のポスターが貼られている。
机の上には、一つの翼がない飛行機模型。
引き出しを開けてみると、野球選手のカードがたくさん入っていた。
クローゼットには、キレイに洗われた服がかけられていた。
不思議だった。
もうだいぶ使われていないってカンジの部屋なのに、
片付いているし、洗たくもしてある。
あたしはベッドに寝ころんで、本棚の本を一冊取り出した。
女の子は一人くらいしか出てこない話だった。
かじりつくように本を読んだ。

”リリィちゃんおまたせ。今からご飯の支度するからね”
おばさんが店から戻ってきた時、
あたしは本を抱えて眠っていた。
ごはんを作り終えると、やさしく起こしてくれた。
”ごはんできたよ。一緒に食べよう”
ねむい目をこすって、ダイニングルームに連れられてった。
さっきまで雑貨店にあった食料品で作られていた。
メインディッシュはターキー。
”本当はちゃんと材料を買って、ごちそうを作ろうと思っていたんだけどね、
店にいろいろあると便利でね・・”
ターキーを切り取って、皿に盛りつけてくれた。
意外なほどおいしかった。
”ねぇ、あの部屋は誰が使ってたんですか?”
おばさんは一瞬静かになった。
”あたしの息子さ。リリィちゃんよりも大きい子でね。
飛行機とスポーツ、そして軍隊にあこがれてる子だった。
高校を卒業すると、軍隊に志願してね。
入隊してすぐに戦争に行ってしまったの”
あたしにとって戦争なんて、テレビや本の中のものと思ってたのに。
”息子は相手の弾を受けてね。足だった。
ちょうどこの辺”
おばさんは、太もものあたりを指さした。
”足をやられてはもう歩けない。
カンタンな処置はされたものの、戦地で戦えるような、
そんな体じゃなかったの”
あたしは食べる手を止めて、おばさんの話に聞き入った。
”でも息子は、戦いたかったみたい。
反対する周りを押しきって、迷惑のかからない程度に戦地に行った。
彼がいたのは、戦いが一番激しいトコロだったの。
もちろん、ケガ人がたちうちはできない。
他の兵士は、家族のために、生きて帰れと言った。
けど、彼は、ずっとアコガレていた軍にやっと入れて、
戦地にもこれたのに、ケガで帰るのはおしいと答えた。
周りはそれでも、このまま生きていてほしかった。
息子はその時19才。軍じゃ一番の若手だった。
彼には将来がある。みんなそう思っていてくれていたのに。
けど彼は、その足で敵地に向かっていった。
反対してくれていた人の前で、
彼はたくさんの弾を受けて、死んだ”

”ごめんなさい。
思い出したくないこと思い出させてしまって”
”いいのよ。
本当は、女の子がほしかったのよ。
けど息子で。一人息子だったから、すごくかわいくて。
夫は女をつくってどっかに消えちまった。

さ、冷めてしまう前に食べましょう”

皿のターキーは冷めかけていた。
おばさんが時々見せる悲しそうな目がつらかった。

夜、窓に腰かけて、星をながめた。
”神様、あたしは家族を見つけられるのでしょうか?
ちょっぴり心配です”
流れ星がひとつ流れたけど、リリィは祈っていて見れなかった。

電気を消して、ベッドにもぐりこんだ。
目が慣れると、壁に貼られたポスターがこわかった。

8.
朝、目が覚めるとおばさんはもう働きはじめていた。
店はまだ開いてなかったけど、荷物をおろし、並べていた。
”おばさん、何か手伝うよ”
”ありがとね、リリィちゃん。いい子だね”
時間はあったので、開店準備を手伝いした。
”リリィちゃん、ありがとね。来てくれてうれしかったよ。
返事はね、いつでもいいよ。また遊びにきてね”
あたしは自分の荷物を抱えて、雑貨店をあとにした。
おばさんはあたしに、キャラメルをもたせてくれた。

あたしは、公園のブランコでキャラメルをなめた。
頭の中は、なぜかママでいっぱいだった。
”ちがうの。これは家族じゃないのよ”
首をふって、あたしは泣いた。
次の人のトコロに行く気力はなかった。
あたしは、市立図書館へ向かった。
本でも読めば気がまぎえると思ったのだが、
そこが次の人との待ち合わせ場所だったことを忘れていた。

図書館には平日にしては人が多かった。
子ども向けの本があるところへ行き、
5冊ほど本をぬいて、イスに腰かけた。
さっきから、カウンターの近くで時間を気にしている人がいる。
誰だろう、こんなに人を待たせる人は。
あたしは2冊目の本に手をかけたとき、思い出した。
”待たせてるのは、あたしだ”
イスに本を放ったまま、その人のところに走った。
”すみません。リリィです”
その人は首をかしげた。
”私が待ってるのはこんな小さな人じゃないよ”
となりを見ると、カウンターの反対側にも、待ちぼうけしてる人がいた。
”すみません。人ちがいでした”
あたしはその人におじぎをすると、反対方向で急いだ。
”すいません、遅れて。リリィです”
今度は本当の相手だった。まだ10代っていうカンジの女の人だった。
”私の名前はロコ。19才なんだ”
”あたしは家族さがししてるんですけど”
”家族がいないのよ、あたし”
あたしはキョトンとした。今までとはちがうタイプの人だ。
”家はこっちなの”
黙ってロコのあとをついていった。
小さなアパートにたどりついた。
”どうぞ。一応片付けはしたからね”
中に入ってびっくりした。物はたくさんないのに、
シンプルでステキな部屋だったのだ。
”そこにすわって。今お茶いれるからね”

部屋は2つあった。一つは寝室にしてあるみたいで、
あたしがいる所は、ダイニングなどにしてあった。
ロコがいれてくれた紅茶はとてもおいしかった。
”リリィちゃんは親いないの?”
”ううん。いることはいるけどね、かまってくれないし、
ママのスキな人がいるの。
その人、大キライでね。むこうもリリィのことキライなの”
”リリィちゃんはママのことはキライなの?”
一瞬こまった。一口、紅茶を飲んだ。
”一緒にいる時、ママのスキな人がきてからはキライ。
小さい時は大スキだったよ”
いつの間にか、頭の中はママとの思い出でいっぱいになっていた。
”ロコさんは?”
”私?あ、家族のことね”
ロコの目は、少し悲しくなった。
”私はね、小さい、いや赤ちゃんのときに、
教会の前に捨てられてたの。
修道女の一人が見つけて、教会内の孤児院に入れられた。
孤児院でも、私の居たトコロはけっこういい方だったの。
個室で、食事もよくて、学校にも通わせてもらえたし。
物心ついた時、なんでここにいるんだろうって思ってね、
シスターに聞いたのよ。
そこで自分が捨てられた事実を知ったの。
すごくショックをうけたのよ。
ママもパパも知らないの。もちろん、2人をうらんだの。
けどね、うらんでも仕方ないって思った。
兄弟がほしかったから、リリィちゃんの広告みて、コレっと思ったの”

テーブルの上の紅茶は冷めかけていた。
”今日だけでも、妹としてみていいかな?”
ロコは少しひかえめに言った。
”もちろん、いいですよ。
あたし、お姉ちゃんがほしかったんです”
ロコは少しナミダ目だった。

”私は、お世話になった孤児院で働いているの。
もちろん、本物のシスターじゃないけどね。
今から仕事なんだけど、見にくる?”
あたしはもちろんうなづいた。
「本当に」親のいない子たちのキモチが知りたかった。
ロコは仕事用の服に着がえた。

アパートから孤児院までは意外に近かった。
建物は古く、壁につたがのびていた。
”こんにちは、シスター。
今日は一人、小さな客をつれてきたのですが?”
シスターはあたしを見た。
”この子は「親がいる顔」ね。
ようこそ。中の子と遊んでやってね”
ロコのまねをしてシスターにおじぎをした。
”私の担当はこの部屋からずっと。
みんな女の子なのよ。フシギでしょ。
孤児の男の子は珍しいの”
ドアを開けて、ロコの顔を見た少女はニコッとした。
”遅いよ、ロコ。待ってたのよ、来てくれるのを”
”今日はね、ロコの友達をつれてきたの。
リリィちゃんっていうの。仲良くしてね”
”はじめまして、ローザっていうの”
”あたしはリリィ。よろしくね”
ロコはローザの勉強をみるのがここでの仕事。
”ここは違うわよ。これのスペリングはこう。
ほら、同じの全部違うわよ”
”これもみてね”
ローザは勉強がスキなのか、ノートをたくさんロコに見せていた。
ヒマになったあたしは、ローザの部屋をいろいろみてみた。
ベッドには白いシーツがかけられ、アメリカンキルトがのっていた。
ロコとローザの今いる机には、灯りが一つと、
辞書が2・3冊のっていた。
クローゼットはなく、壁にハンガーで服がかけられていた。

”ねぇ、リリィちゃん”
ローザはあたしの方をくるりと向いた。
”ママがいるって、どんなカンジ?”
あたしは困った。ローザはあたしが今、
家族をさがすためにロコといることは知らない。
”あたしの場合、いてもいないようなものよ”
ローザは首をかしげた。
”リリィちゃん、それがどういうイミかわかんないけど、
ローザからみたら、ぜいたくなハナシだよ”
あたしは目を丸くした。
”だってね、ママはいるだけで、
あたしのこと、全然かまってくれないの。
話も聞いてはくれないしね、
ごはんも一緒に食べることは少ないし、
何かあると、すぐあたしのせい。
妹がいるんだけどね、
ママは妹がいれば充分なのよ。
妹はいい子でね、ママのお気に入りなの。
リリィはいらない子なのよ”
ローザは首をふった。
”ママがいるんでしょ、リリィちゃんには”
あたしはうなづいた。
”私はね、ママの顔は知らないの。
会いたくても、名前もわかんないのよ。
だから、いるだけでもいいと思わなきゃ。
ねぇ、ロコ”
あたしは黙ってしまった。
”さ、続きやらないと。
次の子が待ってるからね”
ロコはローザに今日の分の勉強を教えて、次の部屋にいった。

どの部屋も同じようなつくりだった。
みんな、ママの顔を知らない子ばっかり。
”ママがいるだけでいいじゃん”
どの子もそう言った。
ママがいたことないから、そう言うんだ。
あたしはそう思った。

ロコが仕事している間ひまになったあたしは、
教会に入ってみた。
ステンドグラスが日のヒカリを浴びて、
キラキラしていた。
中には誰にもいなかった。
平日のお昼だから仕方ないか。

席の一番前に座った。
”神様、今リリィがしてることはまちがってるのですか?”

”ママがいるだけで、ホントに充分ですか?”

神様が答えてくれないのはわかっているのに、
あたしは目を閉じてずっと祈っていた。

いきなり目を開けたら、キラキラでまぶしかった。

”何か悩めることでもあるのですか?”
一人の老いたシスターが入ってきた。
シスターはゆっくりとあたしの隣の席に座った。

”あたしは、ママがいちおういるんです。
けど、あたしに全然かまってくれないんです。
慣れてきたからイイヤ、ママなんて、と思ってたから、
家を出ようと思って、家族さがしをはじめたんです。
いろんな人のトコロにいってきました。いろんな人がいました。
ロコも、家族さがしをしているあたしのところに、
候補として連絡してきてくれた人のひとりなんです。

どこにいっても、誰といても、ママの夢をみるんです。
けど、ママには会いたくないんです”

話しているうちに、目にナミダがたまってきた。
シスターは黙ってハナシを聞いていてくれた。

”神に祈っても、答えが出ないんです。
どうすればいいのでしょう、シスター”

シスターは黙っていた口を、ゆっくりと開いた。
”あなたは、ちゃんとママに愛されています。
孤児院にいる子ども達の顔を見たでしょ。
あの子たちは誰ひとり、自分を産んでくれた、
『ママ』の顔を知らない子ばかり。
たしかに、ママがいても、あなたのように幸せでない人もたくさんいるわ。
ママにかまってもらえて当たり前、そう思ってるでしょ。
けどね、ママの愛し方はかまってもらえるだけじゃないはず。
遠くから見つめる愛もあるのよ。
どこかでちゃんとあなたをフォローしてくれてるハズ。
ムリして帰ることはないわ。
帰りたくなった時に、
ママに会いに行きたくなったら帰りなさい”

そう言うとシスターはあたしのために祈ってくれた。
”あなたに神のおめぐみがありますように”
シスターは行ってしまった。
ステンドグラスのキラキラは、夕方の日で赤くなっていた。

”ごめんね、遅くなってね。みんなひきとめて”
ロコは帰りに食料品店に入り、夕食の材料を買った。
アパートにつくと、テレビのアニメを見せてくれた。
”料理は得意なの。今作るからね”
アパートはせまいから、アニメの音にまじって、
ロコが料理を作る音とにおいはつつぬけだった。

”さぁどうぞ。たいしたものじゃないけれど”
ロコは皿に料理をもって、差し出してくれた。
一口、食べてみた。
”おいしい。ロコ、これおいしいよ”
「ママ」の料理よりもおいしいと心から思った。
ロコは泣いていた。皿にはしづくがひとつ。
”アリガ・・ト・・ウ。
はじめて、人のためにごはんを作ったの。
今までは、作ってあげる人がいなくてね。
なんか、リリィちゃんがここにいるのも、ユメみたいなのよ”
あたしは、ロコのごはんを、いっぱい食べた。

ロコはとてもやさしかった。
今まで親のぬくもりも知らず、人のやさしさにあまりふれられなかった
そんな人とは思えなかった。
”私がママやその周りにしてもらいたかったことを、
今、リリィちゃんや教会の子たちにしてあげたいと思うの。
これってね、当たり前のことと思うの。
私と同じ思いを、ほかの子どもたちにはさせたくないの”
ロコは言った。
あたしは少し胸がいたんだ。
あたしは、求めることしか知らなかったのかもしれない。

”さぁ、もうおそいからねよっか。
寝つくまで、そばにいてあげるからね”
ロコは自分のベッドをあけわたし、あたしを寝かせてくれた。
”ロコ、”
あたしは思いきって言った。
”あたし、もう少しここにいてもいい?
けど、まだ正式にここって決めたわけじゃないからね。
でも、もう少しロコのところにいたいと思ったの。
いいかな? ”
ロコは涙ぐんでいた。
”もちろん。ずっとでもいてほしいもの。
いたいだけいていいよ”
あたしはロコの手をにぎって眠っていた。
そんなあたしを、ナミダ目でみつめるロコがいたのを、
夢の中でママをみていたあたしは、知りもしなかった。

次の朝、あたしはいつもより遅く目が覚めた。
ロコはすでに台所に立ち、ごはんの支度をしていた。
”リリィちゃん、起きた? よく眠れた?
今ごはんできるから、そこに座ってまっててね”
ロコのごはんは、いつもちゃんとは朝ごはんを食べない、
そんなあたしでも、たくさん食べられた。
”今日も仕事なの。明日は休みだけれど。
ついてくる?それとも何かすることある?”
”図書館に行ってくる。本が大スキなんだ。
家族さがしはじめてから、まともに読んでないの。
お仕事終わったらきてね。
もしいなかったら、・・・教会にいると思う”
ロコはうなづいた。
用意をすませると、あたしを図書館に連れていってくれ
仕事先に向かっていった。

あたしは児童文学のコーナーに行き、
本を10冊くらい ― 手に持てるだけ ― ひっこぬいて、
ベンチに座りこんだ。
平日の図書館は割と人はいなく、とても静かだった。
日当たりのいいベンチに座りこんで、スキに本を読んだ。
10冊あまりの本の中に、いつもは見向きもしないジャンルもあった。
 ―それは、ママと子どもの本。
無意識のうちに選んでいたみたいだけど、ふつうに読んでた。

ベンチに座って、あたしはウトウトしていた。
本を抱えたまま、光の中に抱かれた。
夢の中で、手に抱えた本のヴィジョンが浮かんでいた。
 ―ママと歩いてほほえむ少女の姿

本を10冊読み切っても、ロコが帰るまでまだ時間があった。
あたしは本を棚に戻し、教会に向かった。
教会とはいっても、ロコの仕事先のとなり。
中には誰もいなかった。

シーーンと静まりかえっていて、こわいくらいだった。
キリストさまに一回、
     ”アーメン”
     というと、イスに座りこんだ。

目を閉じてみた。
ママの顔と、ロコの顔と、本の中のヴィジョンが、
あたしの小さな脳裏であばれていた。
少しナミダがこぼれてきた。セツナ。

静まりかえった教会の中に、
カツーン、カツーンと響く足音が聞こえてきた。
昨日も会った、老いたシスターが入ってきた。
あたしは、泣いていたことを気づかれないように、
ナミダをふいて、イスに浅く座った。
シスターはキリストさまの前にひざまずいた。

あたしは息をコロシタ。
シスターは祈りおえると、足音を響かせて出ていった。
少し、ホッとした。
シスターは、あたしがいたことは気づいていたと思う。
でも、あたしは、シスターがこわかった。
ふりかえったシスターのことを、あたしは知らなかった。

ステンドグラスのキラキラは、今のあたしにはうざったかった。
光の中でもう一度目を閉じてみた。
ヴィジョンはまっくらだった。

”リリィちゃん、リリィちゃん。起きてね”
目を閉じたまま、あたしは眠ってしまったらしい。
ロコが肩をゆらして起こしてくれた。
ドアの向こうに、シスターが立っていた。

”ごめんね、遅くなって。
図書館に行く前に教会によったら、リリィちゃんがいるんだもの。
おどろいたよ。声かけたら寝てるし”
ロコはあたしの手を引いて歩いてくれた。
ママといるような、すごく大スキな人と歩いてる気分だった。

”今日、よかったら外に食事に行かない?”
リリィちゃん、私の料理よろこんでくれたでしょ。
でもね、外で一回おいしいって言われてるところで、
すごく連れていきたいところがあるの。いい?”
あたしはうなづいた。外食するなんて、何年ぶりだろう。
”でも、あたし、ちゃんとした服もってきてないよ”
”そんなことは気にしなくてもいいのよ。
正装する、そういうところじゃないの”

あたしは黙ってズンズン行くロコの背中を追いかけた。
街のメインストリートに出てくると、たくさんの人でごった返していた。
角にある、レンガ造りのかわいらしい店の前でロコは止まった。
”ここよ”
ドアをギィっと開けると、中は割と空いていた。
”やあ、ロコ、いらっしゃい。久しぶりだね”
店の人とロコはみんな顔見知りらしい。
”こちらのかわいいおじょうさんはどちらさま?”
ひとりの若いシェフがあたしの顔をのぞきこんだ。
”この子?名前はリリィちゃん。
私の妹みたいなものかな。すごくいい子よ”
あたしはおじぎをした。

ウェイトレスの女の人に連れられて、一番奥のテーブルに連れてかれた。
スピーカーから、いろんな音楽がこぼれていた。
”ご注文はお決まりですか?”
”いつもの、おねがいします”
ウェイトレスは軽くおじぎをすると、カウンターに消えた。
”よくきてくれたね。
今日もたくさん食べてってよ”
若い男のシェフがロコにそう声をかけた。
ロコはその顔にむかってほほえんだ。
”リリィちゃん。私ね、リリィちゃんに家族になってもらいたいと思ったのには、2つ理由があったの。
まず、私には肉親とよべる人がいない。
だから、リリィちゃんに身内第一号になってもらいたかったの。
それともう一つ。
それは、さっき、私に声をかけてきた男のシェフがいたでしょ。
私ね、あの人と結婚するの”
あたしはキョトン?とした。
”リリィちゃんにね、身内として私たちを祝福してもらいたいの。
今までシスターやいろんな人に助けられて、私はとりあえず、
さみしい思いはしたことはなかったの。
けど、こういう時って、やっぱり誰かにお祝いしてもらいたくて。
その時に、私は家族がほしいんだって気づいてね。
今から家族になろうとしている人が一人いるのに、
それ以外の家族を求めてしまったの。
すごいわがままだよね。
この数日、リリィちゃんが来てくれて、ホントにうれしかった”

料理が運ばれてきた。いいにおいがしてきた。
皿から立つ湯気。しぼりたてのオレンジジュース。
”ごゆっくりどうぞ”
あたしはフォークをゆっくりと皿に近づけた。
ロコはその手をみつめていた。
一口、料理を食べてみた。

”おいしい”
ロコの作ってくれた料理と、はてしなく似ていた気がする。
2人は無言で皿を真っ白に変えていった。
食後のエスプレッソ ― あたしは2杯目のオレンジジュース ― が
運ばれて、ロコはゆっくりと口を開いた。
”昨日食べた私の料理と味が似てる、と思ったでしょ。
それもそのはず。
私と彼 ―ボブ― は、孤児院で知り合ったの。
10才を過ぎると、一人一つ、何か手伝いをするの。
私はキッチンでみんなの食事を作る手伝いをしていたの。
ボブとはそこで知り合ったの。
ボブの方が私よりひとつ上なんだけど、料理は私よりヘタ。
みんなの食事が終わったあと、2人で練習したの。
2人でっていっても、私が教えてたの。
孤児院を出るときに、みんなバラバラになったけど、
ボブとはずっと仲良くしていて。
このレストランにシェフとして入ったと聞いたときはおどろいたの。
彼の料理を食べてわたしが『おいしい』って言ったとき、
彼にプロポーズされたの”

あたしはロコの話を聞きながら、
さっきロコの言ったコトバのを気にしていた。
ロコのどこがわがままなのか、よくわからなかった。

”私に家族ができるんだと思って、すごくうれしかったの。
そしたら、いろんな欲が出てきて”
ロコはエスプレッソを一口飲みこんだ。
”ねぇ、あたしはロコの家族じゃなくても、ロコを祝福できるし、
いろんな人がロコの周りにはいるでしょ”
ロコは首をふった。
”リリィちゃんはちいさいからきっとまだわかんないと思うけど、
友だちに祝ってもらうのと、身内に祝ってもらうのはちがうのよ。
何て言っていいのかわかんないけど、ちがうの”

あたしはわけがわからないまま、オレンジジュースを飲みほした。
ロコが会計をすませると、2人並んでアパートへと向かった。

”リリィちゃん、ムリして私の家族になってくれなくていいよ。
できたらでいいから。ずいぶん楽しませてもらったから。
でも、結婚式にはきてくれるとうれしいかな”
あたしの目からナミダがこぼれてきた。なんでかよくわかんないけど。
そんなあたしを、ロコはぎゅっと抱きしめてくれた。

”神様。あたしは誰のところに行くべきですか?
ロコかな? ううん、ロコですか?
それと、ルルをはやく治してくださいね”
ロコの腕まくらの中で、目を閉じたまま祈った。

今日は久しぶりに夢を見た。
ママの胸の中で眠っている自分の姿。

9.
次の日、あたしは仕事に行くロコと別れを告げて、教会に行った。
神様の前に座っているからといって答えが出るわけじゃないって、
わかってはいたけれど、ここしか行くところはなかった。

目を閉じてみた。
ママとママのスキな人と小さな妹がみえた。
頭を振り乱して、そのヴィジョンを消そうとがんばった。
ただナミダがあふれてくるばっかりだった。

― どーしたらいいの?! わかんないよ。
なんでママとママのスキな人がみえるの?!

あたしは泣きながらひとりつぶやいた。
大あばれしたいキモチだった。
わかんないよ。わかんないよ。わかんないよー。

どーしたらいいのょ。

目はナミダでまっ赤になっていて、髪もぐしゃぐしゃになっていた。
自分はどうして家族をさがしはじめたのか、
それさえもよくわかんなくなってきた。
そう思うと、なんだか誰かに会いたくなってきた。
教会をとびだすと、病院に向かって一気に走った。
あいかわらず汚い壁をみつめ、入口に向かってなだれこむ。

小児病棟の階段をのぼり、入口がみえてきた。
”ルル。ひさしぶり、リリィ・・・”
中に入って、あたしはパニックになった。
誰もいない。白い壁とシーツのかかっていないハダカのベッド。
きっと、あたしにないしょで退院したのよ。そうそう。
元気になったんだ、ルル。
少しイヤな予想がした。
ここにいた時、ルルをみてくれたお医者さんが10m先に見えた。
”先生っ!!”
あたしは走ってはいけない廊下をダッシュした。

”先生っ。ルルはどうしたんですか?!
いないってことは元気になって退院したんですよね?!
そうですよね? ねぇ、先生”
先生の目がくもってきた。あたしはその顔をのぞきこんだ。
”ルルちゃんは3日前・・・”
先生の口がゆっくり開かれ、そこで止まって、
”3日前、しんだ”
”うそでしょ?!ルル、あんなに元気だったじゃない!
ねぇ。先生、うそって言ってよ。言ってよ、先生ィ”
先生の白衣をつかんでゆらしても、先生はうそとは言わなかった。
ナミダが大反乱をおこした。

あたしはルルのいた病室に座りこんで泣いた。
ルルはあたしと分かれたあと、ずいぶん調子がよくなり、
予定では今日明日あたりに退院できそうだったらしい。
”ルルはね、まだしてはいけないことをしてしまったんだ”
先生はそう言った。あたしの瞳をじっとのぞきこんで。
”ルル、もしかして走ったの?”
先生は黙ってうなづいた。
走ること ― それは心臓の弱いルルの夢だったのだ。
退院できるときいて、よろこんで走ってしまったルルの顔が浮かんだ。
あたしは先生に別れを告げて、トボトボと白壁をぬけた。

行くあてもなく、教会の前にあった公園にたどりついた。
ブランコに座りこみ、軽くゆらす。
そろそろ、答えを出さなくてはいけない。
ロコが最後のつもりではなかったけれど、これ以上ほかの人のところに、
面会にいくのもイヤになった。
”わかんないよぉ”
つぶやいて、あたしはブランコを思いっきりゆらした。
ブランコに立ち乗り、思いっきりこいだ。
すべてを吹っ切りたくて、びゅんびゅんこいだ。
そんなことしても答えが出ないのはわかってたけど、
今は、すっきりすることの方があたしには大切だった。

ブランコをこぎつかれて、あたしはへたんと座りこんだ。
もう一回、目を閉じてみた。
思ったとおりのヴィジョンがあらわれた。
もう迷うことはなかった。
あたしはロコのアパートに向かって歩きだした。
こぎ主のいなくなったブランコは静かにゆれていた。

アパートにはロコはまだいなかった。
あたしは荷物を整理してみた。
いろんな人がくれたもので、カバンは来るときより重かった。
ロコが帰る前にいなくなるつもりはなかったので、
他の人のところに連絡した。
”もしもし、リリィです。すいません、返事が遅くなって。
ごめんなさい。「他の人のところ」にお世話になることにしました。
はい。また遊びにいきます。失礼します”
あたしはルルのところにも電話を入れた。
”もしもし、リリィです。
他の人のところにお世話になることになりました”
”そう。でも、また遊んでやってね、ルルと”
”そうしたいけれど、ルルはもういないから”
一瞬沈黙が流れた。
”ルルが死んでしまったことは知らなかったんですね。
ルルは3日前に病院で亡くなりました。
自分の夢をかなえてしまったために、亡くなりました”
やっぱり相手は黙っていた。
”お墓できたら教えてくださいね。
お花もって遊びに行きます”
あたしは一方的に電話を切った。苦しかった。
全ての人に連絡し終わっても、ロコは帰ってこない。

待ちくたびれたあたしは、ブランケットにくるまって眠ってしまったらしい。
”リリィちゃん。遅くなってごめんね。
少しよるところがあってね。今からでもいいならごはん作るよ”
ロコはありあわせでごめん、と言ってごはんを作ってくれた。
”ロコ、”
あたしはスプーンを置いた。
”あたし、決めました。誰のところに行くか。
他の人にはみんな、他の人のところへいく、と言ったけど、
ロコだけには本当のことを言っておきたいから”
”そっか、リリィちゃんが決めたことだもの、仕方ないわ。
でも、結婚式にはきてね。ぜったいよ”
ロコの目にも、あたしの目にも、ナミダがキラキラしていた。
あたしとロコは指切りげんまんをした。

あたしはお祈りをする間もなく眠ってしまったらしい。
ロコはそっと、ブランケットをかけてくれた。

早くにあたしは目が覚めた。
となりのロコはまだぐっすりと寝ていた。
重いカバンを両手で持ち上げてドアに置き、
ロコに手紙を残して、そっとドアを開けた。
”バイバイ。ロコ、ありがとう”
つぶやいて、ドアを開け放った。光がさしていた。

ロコのアパートから目的地は少し遠かった。
カバンをもちかえて、時々休憩しながらその地へ向かった。

10.
やっとその地にたどり着いたとき、もうお日さまは一番高いところにいた。
ドキドキしながら、ドアに手をかけた。
”ただいま”
中にはママと、ママのスキな人と妹が、いつもと変わらない様子でいた。
あたしは胸をはって中に入っていった。
”おや?もらわれてったはずのおチビが出戻りかい?”
ママのスキな人のコトバとは裏腹に、ママはうれしそうだった。

ロコの結婚式は予定通りに行われた。
ウェディングドレスのロコは真っ白でとてもキレイだった。
ロコはこの日、生まれてはじめて家族を手にした。

ルルのお墓は見晴らしのいい丘に建てられた。
あたしはお花をもって、灰色の石碑をたずねた。

雑貨店のおばさんのところに顔を出してみたら、
”元気にやっているかい?”
って言って、袋いっぱいにキャラメルをつめてくれた。

”リリィ、かぞくさがしはもうやんないの?”
友だちのひとりがきいた。
”うん。その必要がなくなったから”
”ふーん”

あたしは家族さがしをしていた数週間の中で、
一生かかって知るんじゃないか?ってくらいのことを知った。
いろんな人のキモチにふれた。
けど、答えのわからない疑問もたくさんになった。

一つだけ、はっきりとわかっていることがある。
ここは、あたしのいる場所なんだってこと。
ちっちゃなあたしには、それだけわかれば充分だった。

ロコのキモチも、雑貨店のおばさんのキモチも、
死んじゃったルルのキモチも、おじいさんおばあさんのキモチも、
お金持ちの人のキモチも、
きっと大人になったらわかると思う。
こんなちっちゃなあたしにも、
自分の居場所がわかったんだから。

”神様、あたしに答えをくれてありがとうございました。
もう2度と、家族がほしいなんて祈りません”
出窓から顔を出してみた。
キモチのいい風が吹きつけてきた。
うしろからはママのスキな人の怒鳴り声がもれていた。

                          end.


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