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望郷

2年半ぶりに日本に帰省した。これまでは入国の条件が非常に厳しく、海外に住む日本人の多くは帰国を諦めていた。離れる期間が長くなるほど望郷の念は募る。「三笠の山に出し月かも」の気分である。

その間、親の死に目に会えなかった在外邦人が多くいた。僕の両親が元気でいてくれたことに感謝するほかない。ミーちゃんは心ゆくまでおじいちゃん、おばあちゃんに甘えることができ、孫と遊ぶ両親も幸せそのもののような顔をしていて、この瞬間が人生における幸福の盛りなのではなかろうかとさえ思った。

人類の歴史を振り返れば、帰省して親と再会できる移民は類稀な幸せ者である。氷河期に日本海を徒歩で渡った日本人の祖先や、太平洋をカヌーで渡り新たな島に移住したポリネシア人、あるいはメイフラワー号でアメリカに渡った清教徒は、孫の顔を親に見せるために「帰省」することなど考えもしなかっただろう。

明治から昭和初期にかけて、日本は移民輸出大国だった。働き口のない農家の次男、三男が大挙してハワイ、カリフォルニアやブラジルに片道切符で渡った。その後を、一枚の写真以外は結婚相手のことを何も知らされずに海外へ嫁ぐ「写真花嫁」が追った。(写真花嫁たちの過酷な生涯についてはジュリー・オオツカの小説『屋根裏の仏さま』をお勧めする。本メルマガの「スターバックの本棚」参照。)おそらくその時代ならば故郷と手紙のやりとりはできただろう。だが、親に孫の顔を見せることができた人はほとんどいまい。

現代においても、僕のように自由に故国と往来できる移民は幸せ者である。たとえばアメリカの大学に多くいるイラン人や中国人留学生は、一度渡米するとよほどのことがない限り帰省しない。彼らには「1回ビザ」しか発給されないため、一度国外に出るとビザが失効し、アメリカに戻れなくなる可能性があるからだ。命からがら国境を超えてくる難民や不法移民はもちろん、母国に戻ることなど夢にも思うまい。

いつか知れぬ未来、火星へ移民する最初の地球人も、メイフラワー号の移民たちと似た境遇になるだろう。地球から火星まではホーマン軌道で7〜8ヶ月。時間、コスト、そしてリスクにおいて、大航海時代の大西洋や太平洋を渡る航海と似たものになるだろう。地球への通信も片道で4〜20分かかるから、電話で会話することもできない。地球の家族とはビデオメッセージでやりとりをすることになるだろう。そして大多数の移民たちは地球に一度も帰省することのないまま、赤い大地で生涯を終えるだろう。彼らの墓は、地球が昇る東に向けて建てられるのかもしれない。

さらに遠い遠い未来、光速に近い宇宙船で数百光年から数千年光年先の系外惑星へ移民する人たちはどうだろうか。相対論的効果で時空が歪むから、宇宙船内の時間軸では数年で目的地に着く。だが、外の世界では数百年から数千年が経過している。目的地の惑星に到着し、人工冬眠から覚めて最初に聞く地球からのメッセージが、親や兄弟の遺言になるだろう。その運命を知りながら旅立つ移民たちの別れの言葉はどんなものだろうか。

今回の帰省中、父がふと「生きているうちにミーちゃんとあと何回会えるかな」と呟いた。日本を発つ時、見送る両親と「また来年ね」と言って別れた。また来年。そう約束できることの幸せを、コロナ禍は思い出させてくれた。

静岡での交流イベントの様子

今回の帰省中、もうひとつの「家族」とも再会することができた。このメルマガの読者や宇宙船ピークオッド、そして『宇宙に命はあるのか』の共同制作者の方たちだ。3日間で東京、静岡、大阪をまわり、イラストレーターの利根川初美さんと一緒に5回のイベントを行った。わざわざ千葉から静岡のイベントに来てくださったり、名古屋から東京と大阪へ来てくださった方もいた。(本記事の後にあるイベントレポートをご覧いただきたい。)

トークをしていてとりわけ楽しいのが、前のめりな宇宙っ子たちである。僕が喋るような内容はもちろん全てとっくに知っている。1分ごとに手をあげて僕がこれから話す内容を先取りしてくれる。質問の内容が高度すぎて周りの大人を完全に置き去りにする。『宇宙に命はあるのか』に登場する「ミーちゃん」そのもののような子どもたちだ。僕もそんなふうに元気な反応があると話していて楽しい。もしかしたらこの子たちの何人かと将来一緒に仕事をするのかも知れない。そう想像しながら話していた。

実は、本物のミーちゃんも静岡と大阪へ連れて行った。日本は東京周辺しか行ったことのない娘に日本を見せてあげたいという気持ちが半分。行き先でお友達ができたらいいな、という気持ちが半分だった。

もしかしたら『宇宙に命はあるのか』の読者の方達は、ミーちゃんを作中の「ミーちゃん」と重ねて見ていたかもしれない。実際のところ、「ミーちゃん」は僕の娘が30%くらいで、残りは幼い頃の僕自身や、共同制作者の宇宙っ子たちを混ぜて作ったキャラクターである。頑固さとパパへの接し方は娘から。寂しさや悩みは僕から。前のめりでアクティブなところは宇宙っ子たちからで、本物のミーちゃんはもう少しシャイである。

ただ聞かせているだけだと退屈するだろうと思い、ミーちゃんに「お役目」を与えた。トーク中のクイズの答えを発表する仕事である。大阪ではそれに加え、僕のサインに火星ローバーの絵を付け足す仕事もしてくれた。みんなに喜んでもらえてミーちゃんも得意顔。おまけにパパから1000円の「お給料」をもらい、海遊館の土産物屋でカワウソのぬいぐるみを買った。本場のたこ焼きや串カツを食べたり、京都で和菓子作り体験をしたりして、とても楽しかったようだ。

お友達もできた。静岡のイベントを主催してくれた増田さんの娘さんがずっとミーちゃんの相手をしてくれたのである。僕はイベント中あまりミーちゃんのことを構えなかったのでとても助かったし、何よりミーちゃんが嬉しかったようだ。イベントの後は子どもたちで会場のそばにあった観覧車に乗ったり、お店を見たりして遊んだ。良い思い出になったと思う。

人の心の中で、ある場所を「故郷」たらしめるものは思い出だ。望郷の念とは思い出を振り返ることに他ならない。たぶんミーちゃんはアメリカで育つ。彼女にとっての「故郷」はロサンゼルスになるのだろう。それでも、帰省の間におじいちゃん・おばあちゃんや友達と楽しい時間を過ごしたり、面白い場所を訪れたりして思い出を積み重ねることで、大人になったミーちゃんの心の中に僕の故郷への特別な繋がりを残せたらと思う。

小野雅裕
技術者・作家。NASAジェット推進研究所で火星ローバーの自律化などの研究開発を行う。作家としても活動。宇宙探査の過去・現在・未来を壮大なスケールで描いた『宇宙に命はあるのか』は5万部のベストセラーに。2014年には自身の留学体験を綴った『宇宙を目指して海を渡る』を出版。
ロサンゼルス在住。阪神ファン。ミーちゃんのパパ。好物はたくあんだったが、塩分を控えるために現在節制中。

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