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クローゼット

青木美優さん(仮名)は一昨年の年末に家を出た。その理由は女手一つで青木さんを育ててくれた母にある。彼女の母は精神病棟で看護師をしていたが環境と仕事のストレスにより自らも精神を病んでしまったそうだ。仕事を辞め自宅に引きこもり、薬に依存し始めた。それから地獄の様な毎日。母の看護師をしていた時の颯爽とした姿は見る影もなく、部屋も豚小屋の様に汚れ、醜く太り、意味不明な事を喚きながら毎日のように自傷行為に走っていたそうだ。

しかしある日の事だ。青木さんにも我慢の限界が来た。日頃の不満を母にぶつけ言い合いになった。青木さんは興奮のあまり「あんたには生きている価値なんかない」と母に吐き捨てた。
すると母は悲しそうな顔をして「ごめんね」とだけ答えた。あまりにも拍子抜けな返しに青木さんは驚いた。多少罪悪感はあったが、母はどうせ反省なんてしないだろうと高を括った。

翌日青木さんが大学で授業を受けていると母から一通のメールが来た。「昨日はごめんね」と言う内容だ。青木さんはすぐに素っ気なくだが「私も悪かった」と返事をし、家に帰りちゃんとした仲直りをしたいと家路に急いだ。家に着き玄関に入ると母の部屋からテレビの音が聞こえる。そのまま母の部屋へ直行したがもぬけの殻だ。

母は普段自分の部屋に引きこもっているのでトイレでも行っているのだろうと待つがいつまでも戻らない。不思議に思い部屋を回ったが見当たらない。仕方なく自室へ戻り用を済ませているとメールが一通入ってるのに青木さんは気づいた。母からだ。時間は学校でのメールの後にすぐ返事が来ていた様だ。

珍しく外に出てるのだろうとメールを開くと、
「美優の部屋のクローゼットにいるよ」とだけ記されていた。嫌な汗が美優さんの全身に滲み出る。クローゼットは真後ろだ。美優さんは「ママ?」とクローゼットに向けて声をかけた。返事がない。呼吸が急に荒くなる。クローゼットへ近づきゆっくりジャバラ式のドアを開けた。すると目の前に母がいた。

しかしクローゼットのハンガーをかけるための固定された金具に紐で首をかけている母が。目はうっすら開いているが青白く一目で息をしてないのが分かった。それからは記憶にない。気づけば父や親戚が周りにいたそうだ。母が何故急に命を絶ったのかは分からない。自分に対する当て付けだったのか?それとも衝動的なものだったのか?遺書もない。今となっては理由が分からない。

しばらくして青木さんは父を置いて一人暮らしする事になる。ワンルームの収納がない簡素な部屋だ。青木さんは言う、収納スペースがあると母が中からこちらを見てる様な錯覚がすると。そして昨年コロナ禍での著名人によるクローゼットでの自死が頻発にあった話を聞くたびに母を思い出すそうだ。

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