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予行練習

私は度々不可思議な夢を見る。それは「人を殺す」夢だ。それはナイフを持ち、相手の胸に突き刺す、そして相手は断末魔をあげる。誰かは分からない。ぼんやりとした影だからだ。そんな夢をいつ頃からか何度も見る様になっていた。最初は特に気にしていなかった。私は気も弱く身体も小さい。とてもそんな大胆な事を出来る人間ではないと理解していたからだ。

だが、そんなある日、ふとした事が頭によぎった。これは何かを予兆している夢なのではと。
何者かに襲われ、それに応戦した結果ああいった結末になったのかもしれない。そうでなければ私が人を殺めるはずがない。そう思った。
それからはカバンにナイフを忍ばせる様になった。いつでも応戦出来る様にだ。それから何度も同じ夢を見た。私の日常生活は危険と隣り合わせなのだ。神経がすり減り、周囲が全て敵に見えた。家族や友人さえも。

ある仕事帰りの夜、私は1人歓楽街を歩いていた。こんな人混みの中、いつ襲われるか分からない。周囲に目を光らせていると、1人の男と肩がぶつかり、呼び止められた。男は私を人気の無い路地裏へ連れて行った。そして私の胸ぐらを掴み「騒ぐと殺すぞ!」と叫んだ。私は「遂に来た」と瞬時にカバンからナイフを取り出し、その男を押し倒した。そしてナイフを男の胸に突き刺した。男は夢と同じように断末魔をあげた。その時、私はあの夢を何度も見た理由が分かった。

あの夢は予行練習だったのだ。本来、小心者の私があんなにもスムーズに人を殺せるはずがない。あの夢には意味があったのだ。ある種の達成感を感じた。まるで学校のテストで満点を取ったような。私はナイフの血を拭い、その場を去った。あれからも夢を見る。ナイフを持ち誰かの胸に突き刺す夢を。きっと復習をしなければならないのだ。私は今日もカバンにナイフを忍ばせ、街を徘徊する。

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