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映画『TAR/ター』 今ならば「ベニスに死す」もセクハラか(ネタバレ感想文 )

監督:トッド・フィールド/2022年 米(日本公開2023年5月12日)

劇中、マーラーの交響曲第5番について「慣れた曲だからといって気を抜かないで」という言葉を添えながら「ヴィスコンティ」の名を出します。
この交響曲を使用したルキノ・ヴィスコンティ映画といえば、言わずとしれた『ベニスに死す』(1971年)。
そのおかげでグスタフ・マーラーの作品が再び脚光を浴びたそうですよ。
決してケン・ラッセル『マーラー』(74年)のおかげではなかったんですな。ウププ。
てゆーか、ケン・ラッセルはデジタル・リマスターしないのかな?

いきなり話が横道にそれましたが、つまりこの映画は『ベニスに死す』の本歌取りなのです。

『ベニスに死す』は、ダーク・ボガード演じる作曲家のオジサン(お爺さん)がリゾート地で出会った美少年に一方的に恋をする話です。
一方、本作『TAR/ター』は、ケイト・ブランシェット演じる女性指揮者が新入りのチェロ奏者の若い女性に一方的に恋をする話です。
(おそらく以前も、若い女性指揮者に同じ感情を抱いたのでしょう)

男女の違いはあれど、わざわざ「ヴィスコンティ」の名を出すのですから、意図的に類似させたに違いありません。

一句読みます。
今ならば『ベニスに死す』もセクハラか
(本歌取りなんだから俳句じゃなくて短歌にしなきゃいけないのに。季語もないし)
しかし、半世紀も時を経ると事情が変わってくるものです。

「セクハラ」っていつ頃から普及した言葉か知ってる?
日本基準で言うと、日本初のセクハラ裁判が起きたのが平成元年。
これが日本人が初めて「セクシャルハラスメント」という単語を耳にした時です。
そして平成最後の年に世界中で「#MeToo」運動が起きます。
平成はセクハラで始まりセクハラで終わる。我ながら何故日本基準で書いたのか分かりませんが、一人が声を上げたところから大勢が声を上げるに至るまで、実に30年もの時間がかかったのです。

そんな道徳観の今日、「醜く老いていく芸術家が若さと美しさへ憧れる」という『ベニスに死す』的な耽美主義は通用しないのでしょう。
『TAR/ター』は、「芸術家の美の追求欲」と「権力者のハラスメント」を混在させて描いていきます。

でも、我々観客はこの映画をどういう「視点」で捉えればいいのでしょう?
言い換えれば、誰に感情移入して観ればいいの?ということです。

被害者側の視点で権力者を告発する作りであれば、「権力者のハラスメント」というテーマは理解しやすいでしょう。
しかしこの映画は、原則、ケイト・ブランシェット演じるター=権力側の視点で語られます(彼女をスマホで撮る第三者視点は何度か出てきますが)。
だとしたら、これは市川崑『炎上』(1958年)の市川雷蔵なのか?とも考えられますが、ターの本音をそれほど掘り下げているとは思えません。

なんかねえ、不思議な距離感の映画なんですよ。
話も映像も、なんなら事情や設定の説明の仕方も、ストレートじゃないというか、変な距離感があるように思うんです。
そこがこの映画の面白い所でもあるし、逆にのめり込めない要因でもあるように思います。

そしてこの映画は、長い時間をかけて「芸術家の美の追求欲」と「権力者のハラスメント」の曖昧な境界線を描いた果てに、「再生の物語」へと行きつくのだと私は思います。

昔録画したVTRを見つけます。実家なんですかね?「あまちゃん」で言うところの「春子の部屋」ですね。そのVTRを観て、かつて純粋に音楽に情熱を傾けていた頃の自分を思い出すのです。
そして、ベトナムのマッサージ店でゲロを吐きます。
「ズラリと並んだ女の子、選りどりみどりですぜ」の直後です。
それは権力をかさに着て、コンサートマスターやら指揮者志望の秘書やら新人楽団員やら「選りどりみどり」だった過去の自分と重なったのでしょう。

私はこれを「再生」と読み取ったのですが、別世界で再び同じ過ちを繰り返しかねない「再現」と読み解く向きもあるようです。
何が正解なのか分かりませんし、何故モンハンなのかも分かりません。
それも含めて、不思議な距離感の映画でした。

余談
コッポラ『地獄の黙示録』(1979年)を引き合いに出すじゃないですか。
あれ本当に『地獄の黙示録』のことだった?『地獄の黙示録』のワニのシーンってどんなだったっけ?
日本語字幕は『地獄の黙示録』と書かれているけど本当はジョン・フランケンハイマー『D.N.A./ドクターモローの島』(96年)だってネット情報もあって、いやまあ、どっちもマーロン・ブランドが最果ての地で自己の楽園を築く話に変わりはないんだけど……誰か真偽のほどを調べてくれないかな?
俺はこの映画を2度も観る気はないんで。

(2023.05.21 吉祥寺オデヲンにて鑑賞 ★★★☆☆)

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