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映画『エターナルズ』 (ネタバレ感想文 )セルシはクロエ・ジャオ。

今年は3人の素晴らしい女性監督に出会いました。
『17歳の瞳に映る世界』(2020年)のエリザ・ヒットマン。
『燃ゆる女の肖像』(19年)、『トムボーイ』(11年)のセリーヌ・シアマ。
そして『ノマドランド』(20年)のクロエ・ジャオ。
アメリカ、フランス、中国と、それぞれの国籍は異なりますが、40歳代前後の(映画監督としては)若い世代の彼女たちは、女性らしい視点で今という時代を切り取る監督たちだと思っています。

マーベル映画を(たぶん)観たことがない私が映画館に足を運んだのは、クロエ・ジャオだったから。
目からビームとか鼻から牛乳とかご立派なVFXやグリーンバックアクションに興味はなく、もっぱら彼女の思想性だけが興味の対象でした。

この映画、そのキャスティングの多様性があちこちで語られていますし、キャラクターも、もはや「マイノリティーズ」に改題した方がいいんじゃないかってくらい黒人、黄色人種、唖者、精神疾患、同性愛者、性同一障害、発達障害、自閉症と多種多様。マッチョな白人男性は敵に回しちゃうしね。

それがクロエ・ジャオの世界観なのでしょう。

私は『ノマドランド』を「世界は世界である」と評しました。

ノマドという生き方を過剰に賛美することもなければ、資本主義を非難することもない。雄大な自然は美しいけれども、時に厳しいこともきちんと描写する。人生は過酷でもあり楽しくもある。何が良いとか悪いとか決めつけることは一切ない。世界は世界であり、ありのままを受け入れる。

彼女は、フラットな視点で、世界をありのまま見つめようとしているように思えます。
「マイノリティーズ」と揶揄すること自体が違う(<自分で書いておいて)。多数派とか少数派といった考え方がそもそも違うんです。
だって、「私は私」なんだから。
クロエ・ジャオ自身、中国人女性としてアメリカ社会では生きにくかったかもしれません。ましてや男社会の映画界ではなおさら。
でも、少数派だからといって小さくなって生きていく必要はない。

実際この映画は、聴覚障害や同性愛を「当然のこと」として描きます。普通なら「枷」として描きたくなるところですが、そんなことはしません。
自傷女優(<役柄でも私生活でもこんな印象がある)アンジーの精神疾患が一つの枷となりますが、「そんな薬漬けの延命措置みたいなのヤダ(<そんな言い方してない)」と本人じゃなくて仲間が過度な治療を拒否します。

さらに特筆すべきは、マッチョ男は改心することはなく、「憎悪の連鎖」の権化である怪物を断つのが「女性」だということです。これはとても興味深い。

こうした、ありのままの世界を受け入れて私達に出来ることから世界を変えましょうというSDGs的な思想や、「暴力の連鎖を断ち切ろう」的な台詞、「過ちを赦して受け入れます」的なことも、正直「うるせえよ」ってくらい説教臭いと私は思うんですが、この映画でやる意義があると思うのです。
通常、そうした主義主張(クロエ・ジャオはそれほど声高にがなり立てている印象はありませんが)は、意識高い系が共感するような(そういう人が観そうな映画での)発信が多い。有り体に言えば単館系映画に多い。
それを、本来マッチョな男根主義的ヒーロー映画の場を借りて大衆に向けて放ったことが大きい、と私は思います。

こうした多様性の描き方は、ある意味物語の「現代性」と言えるでしょう。
そして私はもう一つ大きな「現代性」をこの映画に見るのです。
それは「リーダーのあり方」。

昭和のリーダーは「自らリーダーに名乗り出て皆を引っ張るタイプ」。
令和時代のリーダーは「(自分で望まないのに)周囲からリーダーに祭り上げられるタイプ」なのだそうです。
(だとすると今後「立候補者ありき」の選挙制度では真のリーダーは生まれないのかもしれない)
女性リーダーは当然の時代(<それが現代性だったのは平成の話)。
だからジェンダー・ギャップ下位の日本からこのチームに参加できないんですよ(<うがった見方)。
ま、アメリカ映画で昭和も令和もないけどね。

この映画は、中国系イギリス人ジェンマ・チャン演じるセルシが、望まないリーダーを任されて苦悩する物語です。
マッチョな白人男性がリーダーであるべきという古い価値観(共和党的価値観と言ってもいい)からの転換。
(だからこの映画はアメリカで賛否分かれるんだと思う)

しかし若いクロエ・ジャオは「価値観を転換すべきだ」とは主張しません。「もう価値観変わってるよね」という前提で話が進みます。
一昔前ならありがちな「誰がリーダーになるか論争」はなく、リーダーに祭り上げられた後の苦悩に焦点が当てられます。
そう、この「苦悩する女性リーダー」こそ、クロエ・ジャオ自身の姿だと思うのです。

このチームは「職場」に見立てることもできます。
「ビッグ・ボス(<そんな名前じゃない)に忠誠を誓う」と言うとるマッチョ君の方が組織としては望ましい人材なんですけどね。
そしたらチームリーダーが「組織ぐるみの偽装とかあり得なくない?人命に関わるっしょ」と言い出したからさあ大変。いわゆる内部告発パターン。
そういや、映画冒頭でも「こいつらが変なこと言い出したからおかしなことになってさあ」みたいなテロップが流れてたな。
そしてこのチームを職場に見立てた場合、職場恋愛が多すぎると思うのは私だけでしょうか?

自身の信じる道を歩む苦悩する女性リーダー、クロエ・ジャオ。
『ノマドランド』アカデミー受賞のニュースは、中国ではほとんど報じられなかったといいます。彼女は中国系アメリカ人ではありません。中国籍のまま活動の場をアメリカに移しているだけです。にもかかわらず、国を捨てた反逆者扱いなのでしょう。アメリカ国籍の真鍋博士のノーベル賞をあたかも日本人受賞の如く報じる日本と大違いです。

「故郷を失う」という点でも、セルシとクロエ・ジャオは重なるのです。

(2021.11.21 ユナイテッド・シネマとしまえんにて鑑賞 ★★★☆☆)

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監督:クロエ・ジャオ/2021年 米(日本公開2021年11月5日)

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