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映画『哀しみのトリスターナ』 (ネタバレ感想文 )自由の幻想。自由は幻想。

ブニュエル翁特集でデジタル・リマスター版を再鑑賞。何年ぶりだろう?

ブニュエルにとっては『ビリディアナ』(61)以来、久々に(そして最後に)全編故国スペインで撮影されたスペイン語映画。

特集公式サイトより

最後のスペイン語映画なんですね。そう考えると、一部スペインロケがある遺作『欲望のあいまいな対象』(77年)は、死ぬ前に故国を旅した映画だったのかもしれません。

自由は幻想

私はこの映画を長いこと「SとMが入れ替わる」立場逆転ドラマだと思っていました。
なんなら「世界三大SM逆転映画」くらいのこと言ってましたよ。
あと2本は、若松孝二『胎児が密猟する時』(1966年)とロマン・ポランスキー『毛皮のヴィーナス』(2013年)ね。そこには普遍的な「男と女」の姿があるんですよ。
今回改めて観て、「所詮自由なんて幻想さ」という映画ではないかと思い始めました。

実はこれ、トリスターナことドヌーヴが「自由」を求めても求めても「自由」になれない話なんじゃないかなあ?
ブニュエル翁がよくやる「飯が食えねえ」「部屋から出られねえ」「ヤリたくてもヤレねえ」ってアレですよ、アレ。

ドヌーヴが道を選ぶシーンがあります。二手に分かれた坂道で。
養父に束縛されていた彼女が、自分の意志で選択する「自由」を少しずつ得ていく。そういうシーンです。
マゾッホの『毛皮を着たヴィーナス』かと思ったら、イプセンの『人形の家』だったというわけです。

しかし、手に手を取った男との逃避行がもたらした(であろう)彼女の「自由」は、一時的なものでしかなかった。
この間のトリスターナを描写していないんですよね。
おそらく、彼女の「自由」で「幸福」な姿を意図的に排除している。
そして次に登場した時には身体が「不自由」になっているという仕掛け。
求めても手に入らない「自由」。これが本当の『自由の幻想』。

少し話が横道に逸れますが、彼女の脚、一度生脚なまあしを見せてるんですよ。若い頃に(見えないけど16歳の設定!)鐘楼でじゃれてるシーンで。
もう一つ言うと「胸」。2階のベランダから胸元をはだけるシーンがありますが、若い頃に(しつこいけど16歳の設定!)養父フェルナンド・レイがはだけた胸元をそっと直す描写があります。
こういう細かい対比をさりげなくやってくるブニュエル翁。

ちなみにこの「2階から胸開き」シーン、フランソワ・オゾンが『スイミング・プール』(2003年)でシャーロット・ランプリングに同じことやらせてたと記憶してるんだけど、違ったかな?

閑話休題。

「自由」を求めているのはトリスターナだけではありません。
軍隊と衝突するデモ隊の描写が入ることから(舞台は1920年代のスペインだそうで、相変わらず混迷の時代だったようです)、民衆も「自由」を求めていたのでしょう。
スペインの室田日出男=フェルナンド・レイ演じる下級貴族も、金銭的な束縛から逃れて「自由」になりたいと願っています。実際彼は生活のため(金銭を稼ぐため)の労働を嫌悪します。
でもね、みんな「自由」になれないんだ。
金銭的な束縛から解放されてもトリスターナに束縛される。
そして(スペインの)民衆は、(その歴史を見る限り)永久に自由を得られないんじゃないかと思うほど、闘争を繰り返している。

これがね、「身体が不自由になって精神的自由を得る」とか「執着から解き放たれて真に自由をもたらすのは死だけだった」とか「聾唖者こそが真の自由人だった」とか、もっともらしい「解答」があるといいんですけどね。
なにせ「教訓のない寓話」だから。
極めつけは、プレイバックする謎のラストシーン。プレイバック Part2。ばかにしないでよ。これで何もかも分からなくなる。ブニュエル翁は意図的に観客を煙に巻く。ふざけんなよジジイ。

ブニュエルのプレイバック

1920年代の設定ということは、ブニュエルは1900年生まれなので、トリスターナとほぼ同世代ということになります。
1928年にダリと共に『アンダルシアの犬』を撮ってデビューした後、右翼やファシストの怒りを買うような作品を撮ったことでフランコ独裁政権下で指名手配までされ、スペイン内戦では左派に身を投じて敗れ、国外に逃亡するに至るわけです。

勝手な推測ですが、もしかすると本当にブニュエルの「プレイバック」だったんじゃないでしょうか?
不自由な身の上で、自由を求めて、まるで怒りをぶちまけるかのように「革命」を奏でるドヌーヴの鬼気迫る姿。それは若きブニュエルの投影なのかもしれない・・・というのは考えすぎでしょうか?
10年ぶりに故国で撮った映画。
ブニュエル翁、とぼけた顔してババンバンくらいのことやりますぜ。

(2022.02.05 角川シネマ有楽町にて鑑賞 ★★★★☆)

監督:ルイス・ブニュエル/1970年 スペイン=仏=伊

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