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映画『リコリス・ピザ』 (ネタバレ感想文 )この映画がピンボールみたいだ。

サブスク音楽配信のメリットって、古今東西いろいろな曲を気軽に聞けることですよね。「グラミーのノミネートくらいは聞いとくか」程度の洋楽ミーハーの私にも本当に便利でありがたい。
その一方で、CDやLP(レコード!)の時代は穴が開くほどジャケットや歌詞カードを見たものですが、サブスクだとそれがないから「アーティストの曲とビジュアルが結びつかない」という現象が起こります。要するに、曲は知っててもアーティストの顔はよく知らない(<MV見ろよ)。
この映画、事前情報を一切仕入れずに観て、いや、観てる最中も気づかずに、観終えていよいよ感想を書く段になって調べて初めて知りました。
HAIMじゃねーか。

へえ、男の子はザ・マスターの息子なんだ。

天才とキ○ガイは紙一重なんて言いますが、私は常々、ポールPトーマスTアンダーソンAはそういう人だと思っています。
だから、まともな「青春恋愛映画」なんか撮るはずがない。

この映画、ワンカット長回しでカメラ移動が多いんですね。
でも、シンプルな「疾走=カメラ横移動」って意外と少ない。
私の記憶では、クライマックスと、クライマックスに挿入もされる「誤認逮捕のアホなシーン」と「ショーン・ペンのバイクのアホなシーン」くらい。たしか共に、男が画面左から右へ、女が右から左へ走る姿をカメラが横移動したと思います。
それ以外の場面では、カメラや人がゴニョゴニョウロチョロ曲がるんです。
最初の「口説きシーン」なんか複雑なワンカット長回しをしてますし、「世界の終わりだー」とか言いながらガソリンを求める自動車の長蛇の列を縫っていく際は、人があっち行ったりこっち来たりしている。

私が推測するに、恋愛と一緒なんです。

ゴニョゴニョウロチョロ複雑で面倒な策を弄しているうちはダメで、素直にシンプルに一直線に向かって初めて恋愛は成就するんです。
どちらか一方だけが突っ走ってもダメで、双方のタイミングが合って初めて成就するんです。
この映画のまともな「青春恋愛映画」部分は、このカメラワークだけ。
ほーら、P.T.A.、頭オカシイでしょ?

舞台は1973年のロサンゼルス、サンフェルナンド・バレー。
タイトルの『リコリス・ピザ』 とは、実在した(今でもする?)レコードチェーン店の名前だそうです。日本だったら、さしずめ新星堂。
リコリスとは世界一不味いと噂の北欧の菓子だそうで、レコードの色を「リコリス」、形を「ピザ」に見立て、しかも略して「LP」になるという洒落たネーミング。なに?LPが分からないだとっ!?

これがリコリス・・・らしい。

ネットは何でも調べられてありがたいね。
でも、それはただの「情報」であって、「感想」や「解釈」ではないけど。

で、これもネット情報だけど、このレコード店「リコリス・ピザ」が『初体験 リッジモンド・ハイ』(1982年)のオープニングに映ってるんですって。
あの、フィービー・ケイツおっぱいポロンでお馴染みみんな大好き『初体験 リッジモンド・ハイ』のオープニングはショッピングモールだったと思うんですが(実はちゃんと観たことがないが、『ゾンビ』の影響でショッピングモールだけは印象に残っている)、おそらくその中にレコード店「リコリス・ピザ」が映っているのでしょう。
また、これも「情報」ですが、『初体験 リッジモンド・ハイ』の舞台は、この映画と同じロサンゼルス、サンフェルナンド・バレーなんですって。
そして若き日のショーン・ペンが出演(主演?)。

つまりこれ、P.T.A.の『初体験 リッジモンド・ハイ』なんですよ。
まあ、本人もそう言ってるらしいですしね。
そう考えると全てが納得できる。
発情期の男子高校生の色恋沙汰をご機嫌な音楽に乗せて描く映画。
おっぱい見せることも含めて全部納得できる。

ところが前述した通り、P.T.A.は「紙一重」の人ですから、胸キュン青春恋愛物語なんぞはある種のオマケで、ガチリアルな「1973年」を描くことに腐心したんだと思います。フィルム撮影や色調にこだわったらしいですしね。

でもなんで「1973年」なんだろう?80年代でもいいのに。
P.T.A.も3歳くらいだから思い入れもないだろうに。
そういった意味では、ジョージ・ルーカスが自身の高校時代を重ねて1962年を舞台にした『アメリカン・グラフィティ』(1973年)とはわけが違う。
あれ?『アメリカン・グラフィティ』が作られた年だ。

もちろん皮膚感覚では理解できないんですが、私の乏しい知識で思うに、1973年のアメリカって結構難しい時代だったと思うんです。

まず、「オイルショック」。
劇中でも言うように、これが「世界の終わり」感と重なったんですね。
73年早々に、アメリカはベトナム戦争から撤退しています(ベトナム戦争自体は75年まで継続する)。アメリカが初めて「負けた」ことを国民が実感するのです。劇中でも無神論者の少年の口から「ベトナム…」と出てきます。
単に「石油やガソリンがない」という物理的不安ではなく、少しずつ「強いアメリカ」が崩れ始めたことを国民が実感し始めた時期。
国が「不安」に覆われた時代だからでしょう、70年代は『ポセイドン・アドベンチャー』(72年)をはじめ数多くの「パニック映画」が作られます。

もう少し、この「墜ちていくアメリカ」の話をしますね。
ベトナム戦争前60年代の「古き良きアメリカ」の理想は、50年代のジョン・ウェインに代表される「強いアメリカ」なんですね。
おそらく、その「ひと世代前」に憧れる「時代遅れ」の親父たちが、ショーン・ペン演じる大物俳優(ウィリアム・ホールデンがモデルらしい)やその仲間のトム・ウェイツが演じる映画監督(サム・ペキンパーがモデルらしい)なんだと思うんです。『ワイルドバンチ』(69年)コンビだな。
P.T.A.は、ただ面白がって変なオッサンを出しているわけではなくて、いや、面白がってるんだろうけど、時代を描写する道具として使っているのだと思います。

高校に写真撮影に来ていた助手に恋する設定ってのは、日本で言うなら、修学旅行のバスガイドに恋するようなもんなのかな?
それはさておき、冒頭の「口説きシーン」の直後、カメラマンがアラナのお尻をポンと叩き(触り)ます。
今だったらアウトですが、当時はごく当たり前の「スキンシップ」。
ここから、「紙一重」P.T.A.は、ユダヤだアジアだゲイだバーブラ・ストライサンドだと、いろんな問題を放り込んできます。
バーブラ・ストライサンド?

ジョン・ピータースとバーブラ・ストライサンド来日時の写真を拾ったよ。ネットすげー。
こっちはブラッドリー・クーパー。すげー似てる!

そうか、ジョン・ピータースとバーブラ・ストライサンドは『スター誕生』(76年)の宣伝で来日したのかあ。
ん?ガガ様のリメイク『アリー/ スター誕生』(2018年)。監督・主演ブラッドリー・クーパー。これはワザとなのね、たぶん。

選挙事務所に不審な男がやってきますね。
まあ、おそらく『タクシードライバー』(1976年)パロディーというのが大方の見方でしょう。
たしかに「選挙事務所と言えば『タクシードライバー』だよねっ!」ってのも分かりますが、でも少し唐突じゃありません?
ちなみに、ウォーターゲート事件がこの頃なんです。
72年に大統領選を巡る盗聴(未遂)事件が起きて、この映画の73年頃は少しずつ事態が明るみになり、国民に政治不信の感情が芽生えた時期じゃないかな。詳しくは『大統領の陰謀』(76年)を観たまえ。

そういうわけで、1973年は、ニクソン・ショックだオイル・ショックだベトナム敗戦だ、ドル切り下げだ、ウォーターゲート事件だと、アメリカが方向性を見失う時期なんです。
青春を謳歌しているけど、国も人も進むべき道を見失った時代。
唯一明るい話題は、ピンボールが解禁になったことくらい。
てゆーか、ピンボールって禁止されてたんだ。知らなかった。
そう考えるとこの映画、あちこちに玉が飛んでいくピンボールみたいな映画だな。

ん?村上春樹の小説「1973年のピンボール」・・・。

追記
確証持てなかったんで書かなかったんですが、誤認逮捕シーンのドンドコドンドコってBGM、チコ・ハミルトンじゃないかなぁと思って見てたんですが、サントラ盤調べたら当たってました。この曲、『真夏の夜のジャズ』(1959年)でチコ・ハミルトンが演奏してる姿が見られます。

監督:ポール・トーマス・アンダーソン/2021年 米(日本公開2022年7月1日)

(2022.07.10 吉祥寺オデヲンにて鑑賞 ★★★★☆)

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