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映画『灼熱の魂』(ネタバレ感想文 )お話のためのお話。「代数」の使い方が巧い

監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ/2010年 カナダ=仏
(デジタルリマスター版日本公開2022年8月12日)

ドゥニ・ヴィルヌーヴは天才だ!ってよく言われるじゃないですか。
ジャック・ヴィルヌーヴもよく言われたもんですよ(<F1ドライバーの話をしています)。ああ、JVはサラブレッドか。

あいにく私はこれまで、ドゥニ・ヴィルヌーヴ作品は、ナイーヴ御曹司が戦闘女子に恋をする異世界ラノベ『DUNE』(2021年)しか観ていません。

中華SF『メッセージ』(16年)は観たかったのですが、ウチのヨメが『ゼロ・グラビティ』(13年)で「宇宙空間恐怖症」を発症したので断念。
時を経た続編とかリブートとかマーベリックとか興味ないんで『ブレードランナー 2049』(17年)は食指が動きませんでした。

そんなことはさておき、この『灼熱の魂』が「今時だなあ」と思うのが、最初から「謎解きクエスト」なんですよ。この謎とこの謎を解いたらこの謎が解けますよっていう。
同じ遺言状モノ(?)でも『犬神家の一族』(1976年)のそれとはぜんぜん違う。
「遺言状から解き明かされる親族の恐ろしい秘密」という点で両者は一致しているように思えますが、この映画の遺書の書き手(母親と公証人)は「解答」を知っているんですね。犬神佐兵衛は、まさか自分の遺言が殺人事件に発展するとは思っていませんし、一族の秘密が暴かれるとも思っていませんからね。

つまりこの話は「釈迦の掌中の孫悟空」。
なので、「オカンが全部書き残せばええやん」と思っちゃったんですよね。まあ、重篤だったようですから、遺言を代筆した公証人が悪い。
それを脚本は「私は反対した」「遺言書は神聖だ」「私の助けが必要だろう」と一生懸命取り繕う。

先に、ヴィルヌーヴは天才だと言われると書きましたが、この人は秀才タイプの優等生なんだと思います。天才って、取り繕ったりしないから。もっと本能で撮ってるから。フェリーニを見て御覧なさい。辻褄なんてどうでもいいんだから。同じカナダが生んだ若き天才「お前、平成生まれじゃねーか」でお馴染みグザヴィエ・ドランを見て御覧なさい。圧倒的な力量で抑え込んじゃうから。

推測ですが、原作戯曲はレバノン出身作家の「魂の叫び」なんだと思うんです。遺言状モノ(?)というフィクションのオブラートに包んで戦禍の世界を描いた、文字通り「灼熱の魂」の吐露。
だけど、映画にしたらオブラートのほうがメインになってしまったように見えます。
いや、優等生ヴィルヌーヴの演出が巧いので、逆に小手先で処理してる感じがしたのかもしれませんけどね。
その結果、魂のこもってない「謎解きのための謎」「お話のためのお話」に見えるんです。

劇中、「純粋数学」という言葉が出てきます。
たしか「これまで学んできた数学は明解に答えを出せた」、だが純粋数学は「解決不能な問題に直面する」といったようなことを語ります。
これは、「解決不能な問題に直面する映画ですよ」宣言なのです。
解決不能な問題は2つ登場します。
主人公たちの出自の問題。そして世界の紛争問題。
(後者は、有史当時から公証人がいれば解決したらしいが)

数学と言えば、「映画は因数分解だ」と言ったのは北野武ですが、これは「代数」が巧みな映画だと思うんですよ。

「映画の因数分解」って何かというと、
例えば殺し屋XがA、B、C、Dを殺すシーン
→ 全部を順を追って撮るのを数式にするとXA+XB+XC+XD
→ これを因数分解して、X(A+B+C+D)にする
具体的には、XがAを撃つシーンとB、C、Dの射殺死体を写す。
わざわざ全員を殺すところを見せなくてもこれで十分伝わる。

この括弧をどのくらいの大きさで閉じるかというのが腕の見せどころで、そうすれば必然と説明も省けて映画もシャープになる。

北野武はこう言ってるんだけど、映画ってこういう「省略」の美学というか面白さがある。

で、この映画も「省略」が巧いと思うんです。因数分解というか「代数」って印象でしたけど。
例えば、「指導者を倒す」ようなことを先に言って銃を撃つ描写だけ(暗殺された指導者は映さない)とか、
先に「レイプされた」と言って事後しか見せないとか、
先にxとかyとか「代数」を提示して、実際はその周辺しか見せないという手法。

巧いんですよ。巧いんですけど、「省略の美学」ってシャープでクールでクレバーな印象なんですね。
でもこの題材で必要だったのは、もっと泥臭い「熱量」だったんじゃないかな?

どうもね、セナやプロストの世代なもんだからヴィルヌーヴをイマイチ信用してないんですよ(<まだF1の話をしている)。

(2022.08.24 新宿シネマカリテにて鑑賞 ★★★☆☆)


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