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インドのひとたちとわたくし。(168)ーやかまし好きの女神さまと掃除をしない職人たち

 今インドは『ナヴラトリ』という祭りの最中。善の女神ドゥルガーを讃える10日間にわたる大きなフェスティバルである。日によって異なる女神の九つの化身が立ち現れ、その化身にあわせて地域ごとにいろいろな行事がある。
 ウチの近所では、お寺が道路にカラフルな天幕を張って人を集め、夕方から大音響でお祈りと歌を繰り広げている。ライブの太鼓付きであるから、正直、相当にやかましい。

 そういえば初日は街角のあちこちで無料の食事が振る舞われていた。チャパティと米、豆の煮込みなどが一枚の皿で配られ、大人も子どもも道端で、器用に手を使ってパクついていた。こういうのはよく見かける。お祭りの日だけでなく、政治家が地域の有力者と一緒にスポンサードしているらしい看板が立てられていることもある。政治家が現金を配るのはだめだが、食事ならチャリティになるので問題ないということか。しかし列をなしているひとたちを見ると、必ずしも貧困層というわけでもないみたいで、オートの運転手や配達人風のひとらも並んでいる。これでは周囲の飲食店は商売にならない。
 
 人が集まることを見越してか、スーパーマーケットではキラキラした菓子箱が山のように積み上げられていた。『ハッピー・ナヴラトリ!』と垂れ幕に書いてある。
 
 地方によっては大きな会場に集まって踊りを踊ったりするらしい。動画を見ると、老いも若きも手慣れた様子で身体を滑らかに動かしていて、これはあれだ、日本の盆踊りっぽい光景だ。女性の力を象徴する祭りということで、女性だけで踊ることも多いようだ。
 

昼間のようす。このときはまだ男性もちらほら。


 近所のお寺のお祈りと歌の会は、まだ日のあるうちから始まってもう2時間以上は経っているが、男女の歌い手が順番に登場してマラソン状態になってきた。夕方、ちょっと覗いてみたら、ウチの大家のイシュバルも座って耳を傾けている。しかしマイクとスピーカーで盛大に拡声されているから、間近で聴くにはちょっとしんどいものがあるな。
 今、歌っているのは女性で、「ハイハイハイ!」と威勢よく煽って聴衆にも参加を促している声が、家の中にいても響いてくる。
 
 陽が暮れたあと、色とりどりの鮮やかなサリーで着飾った女性たちが続々と天幕に集まってきた。再び覗きに行くと、床と椅子に女の人たちがぎっしりと座っている。演者も二人の女性で、マイクを手に昼間よりはだいぶんメロディアスな節の曲を歌っている。盆にのせたお茶を配っているのも若い女性だ。確かにこれは、女性のためのお祭りなのだ。夫らしき男性が数人、後ろのほうで子どもの面倒を見ていた。

同じ会場の夜。女性でぎっしり。


 昨日は別の意味でやかましい一日だった。

 表に面した二部屋にカーテンを取り付けるからと、イシュバルが職人らを連れてきたのだ。施主が発注していた特注のカーテンがようやく納品されたとのこと。窓から向かいの公園の緑がきれいに見えるのでカーテンは不要と思っていたが、せっかくだからつけるだけつけてもらおう、と思いついたのが間違いのもと。後々の始末がたいへんであった。
 その前の、ガスをキッチンに引き込む工事のときもそうだったが、ガワを作り上げてからこういう工事をやるのである。きれいなままのベッドルームの壁やキッチンのタイルに、電動ドリルで遠慮なくガシガシと穴を開けていくものだから、音がやかましいだけでなく、タイルや壁材の削り屑がすごい量なのだった。そうして職人たちは、『掃除』は自分らの仕事ではない、と惨状をそのままにして引き上げていく。
 もう床から窓枠から、そこら中が粉状の削り屑でいっぱい。粒子がすごく細かいから、こういうのは普通の水拭き一回ではふき取れない。掃き掃除のあと、モップで二度拭きし、さらに細かいところに雑巾をかける。新しいカーテンを付けたら普通、室内が『綺麗』になるはずなのに、あのひとたちは部屋中を汚すだけ汚して帰って行ったのだ。しかもカーテンはまったく好みじゃない『柄物』で、重たい。窓からの借景も遮られるものだから、手持ちのタッセルで壁に括り付けてやった。
 
 今、隣で新築中の物件からも、ウチのバルコニーにレンガの屑や粉じんが遠慮なしに飛んでくる。これに上から降ったセメントが結着して、カチカチに固まってしまっているから素人ではどうしようもない。写真を撮ってイシュバルに訴えたところ、これも昨日、若い男性がバケツとヘラを持ってやって来て、すべてこそげ落してくれた。こういうことすぐに対応してくれるのは、同じ建物に家主がいるからだ。ありがたい。
 
 そういえば収納力のあるキッチンは入居時、ひとつの棚の扉がまだ取り付けられていなかった。なんでも特殊な留め具が必要とかで、大工がそのままにしてしまったらしい。イシュバルもそのときの大工がなかなかつかまらず、しばらくは顔を合わせるたびにすまなそうにしていた。
 そこで、お世話になっている『Urban Company』のサイトから、家具修理のできる大工を派遣してもらった。なかなか器用なひとで、ありものの工具とネジでなんとかきれいに扉を取り付けてくれたから助かった。次からはこのひとを指名しようと思っている。
 
 さて。お寺のお祈りと歌の会は、思っていたより早く、8時くらいで散会したらしく静かになった。このあとは各家庭でバルコニーなどにキャンドルを灯し、きっと静かに過ごすのだ。ナヴラトリは、制限は厳しくないが断食もある。
 
 女性を讃えるお祭りが盛大に行われる一方で、このところインドのジェンダーギャップ指数は低下の一途である。一時は総合で日本を上回ることもあったのに、『経済』と『健康』の指数が悪化している。『政治』の指数の高さは、インディラ・ガンジー首相の任期が長かったゆえのことなので、数値を鵜呑みにはできないのだけれど、家庭内労働やメイドなど、インフォーマル・セクターでの労働が相変わらず大半のインド女性の仕事になっているのが改善されていないのだ。
 以前、総務で雇っていた30代のネェハが、「私は家事も子育ても、地域の行事も、夫の両親の世話もすべてやっているのに夫はまったく家庭を顧みてくれない」と私の前で大粒の涙をこぼしていたことを思い出す。『ワンオペ』状態はインドにも日本にもあるのだ。
 
 ナヴラトリのような女性礼賛のお祭りがあるのだから、同じように現世の社会で女性はもっと尊重されていい。
 
ジェンダーギャップ指数2022、インドは146国中、135位( The Hindu, 14th Jul.2020 )

インドにおける女性の経済参加と包摂成長(日本語論文)

 ( Photos : In Delhi, 2022 )
 



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