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インドのひとたちとわたくし。(108)ーみんな、ちょっと落ち着こう

 5月に入った金曜日の夕方、知人からテキストで「ロックダウンは5月17日まで延長だよ」と連絡が来た。2度目の延長宣言が出たのだ。3月25日から4月14日までだったのが、5月3日までになり、そして今度はさらに2週間先となる。

 それでも今日からロックダウンが少しだけ緩和される。オフィスは従業員の三分の一まで出勤してよし。モール以外の街中の個人商店も店を開けるようになった。

 午前中、会社のみんなとウェブ会議をする。みんな家族ともども元気そうで何よりだ。オフィスのあるノイダは我が家からだと隣州への越境なので、デリー住まいの私たちは出勤できないが、ノイダに住んでいるヴィッキー、アンキタ、ニーラム、オムプラカシュ、サリータは出勤できる。この5人に明日以降の運営を託すことになった。エンジニアのアトゥールとマヤンクは今、それぞれの実家に戻っているが、ヴィッキーが交通警察から通行パスを入手できればオートバイでノイダのアパートに戻って来られるという。ファリダバードのスニータも出勤不可能組だが、彼女の仕事はドキュメンテーションなので自宅でも問題なく仕事してくれている。
 みんなの給料については先月同様、半月分をまず今週中に振り込む。ロックダウン期限が5月14日になったのでその後の状況を見ながら、残り半分の支払いをどうするか検討することにした。相変わらず毎日、会社の代表アドレス宛に大量の履歴書が届いている。資金繰りが困難になり事業継続を諦めたり、解雇や減給に踏み切る企業が多いんだろうな。ウチの会社には幸い、休業中でも問い合わせや仕事の注文が入っている。なんとか持ちこたえたいところである。
 「明日からよろしくね」と言うと、みんなが「任せて」「だいじょうぶ」と力強く答えてくれた。久しぶりに仕事ができるから表情も声も明るい。まずは、よかったよかった。

 さて、我が家最大の目下の問題は、ロックダウンで酒屋が閉まっているため、「酒が買えない」ことだ。ご近所さんから「あそこの食料品店に在庫が少しあるらしい。店主に丁寧にお願いすれば売ってくれるかも」と聞いて行ってみたりしたが、すでに在庫は底をついたらしかった。確かに、もう1か月以上経つもんね。

 日曜日の夕方、デリー首相が明日からのロックダウン緩和について会見したのと併せて、州政府の方針としてデリー市内でも独立店舗の酒店は営業ができるようになると報じられた。ほんとうかいな。前回も「そろそろ」というニュースが、翌日のPM首相会見でばっさりクローズになってしまったものだから、実際、明日になるまでわからない。
 夜のニュースで、市内の酒屋数百件のうち政府公営店の123店舗だけが開店するとリストが流れてきた。幸い、明日からドライバーのパンディットが来られることになったので、近場の酒屋を当たってみよう。

 月曜日、のん気に構えて昼過ぎに車を出してもらった。昨日までと異なり、幹線道路はほぼ途切れることなくオートバイと車が走っている。公共交通はまだ禁止なのでバスやオートの姿はない。いつもの渋滞がないから、スイスイと行くので気持ちがよい。ところどころデリー警察が柵を設けて検問しているが、ほとんどはそのまま通過できているようだった。
 リストを頼りに近いところから酒屋を巡ったが、困ったことにすべてシャッターが下りている。より近い民営の酒屋も、当然ながら営業してはいない。どうやら朝9時の開店前からたいへんな人数が店の前に集まってしまい、警察官が出動する騒ぎになっていたらしい。諦めて帰宅してから昼のニュースを見ると、「ソーシャル・ディスタンス」もへったくれもない様子で大勢のひとびとが店の前に群れている画像がたくさん流れていた。私たちは完全に甘かった。
 ひとりが買えるお酒の量はウイスキー1ケースとビール1ケースまでらしいが、あまりの騒ぎに地元の自治会が「やはり酒屋は閉店しろ」と政府に苦情を申し立てているらしく、明日だってどうなることやらわからない感じだ。

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 せっかく出たついでなので、たまに行く高級食品スーパーにも寄った。店の前の駐車場がデリバリー用の商品と配達人であふれている。店に入るには外の列に距離を保って並び、受付でもらったトークンの順に、ひとりが店から出たら次のひとりが入店するという仕組みになっている。10分ほどで入店できた。いつもと比べて品ぞろえが極端に少ないというわけではない。焼きそばソースやケーキ用材料、フレッシュ・チーズなどを買いこんで帰ってきた。

 帰る途中で、パンディットの大学生の息子がテキストをくれた。運転中の父親に代わって、市内で開いている酒屋を調べてくれたらしい。なんと、今日は結局、デリーでわずか10店舗しか開けられていなかった。それ以外は準備が間に合わなかったか、あまりの混雑に恐れをなして早々に閉店してしまったらしい。
 夕方、デリー首相が会見で、「社会的距離が守られないなら、緩和は撤回しなくてはならない」と警告していた。酒屋の騒動はどのニュースサイトでも動画つきでトップに上げている。
 混乱を避けるにはたくさんある民営の酒屋もオープンさせればよいものを、恐らく税収狙いなんだろうと思うが、数少ない公営酒店にひとが殺到してしまっている。「緩和」のはずがこれじゃ逆効果だ。みんな、ちょっと落ち着こう。

 夕方のウォーキングのあと、部屋の床にヨガマットを敷いてジムのトレーナーが送ってくれる動画を見ながらスクワットやプランクをやっている。外が薄暗くなったころ、窓のほうに足を向けて腹筋をやっていたら、バルコニーの手すりの上を左から右に、四つ足でしっぽを立てた動物が悠々と横切って行った。『お猿』だ。酒屋の開店にやきもきしたり、あたふたしたりしている我々人間とは違って、余裕たっぷりの堂々とした歩きぶりだった。

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 インドは今、すごい勢いで一日あたりの検査数を増やしている。数人分の検体をまとめてテストするプール法や、新しい簡易検査キットなども導入を試みて一日あたり数万人のレベルで検査を実施している。がんばっているのだ。ただ、分母が13億人と巨大なので、単位あたりの検査数で言うと他国とは比べ物にならないくらい少ない。あとこれはインドに限らないが、検査方法の精度や統計の確からしさについてはなんとも言えない。せっかく封じ込めに成功したと思われる国でも、第二波が発生したり、拙速な緩和に浮かれて公園やビーチに繰り出したりして、それまでの努力が台無しになりそうな事象が起こっているから、予断は許さない。ましてインドの道のりはまだまだこれからなんである。
 ひとのことは言えないが、酒屋に殺到していたひとびとより、バルコニーの猿のほうがはるかに落ち着いていた。見習わなくては。

各国の検査数統計 ( Our World In Data )

- 酒屋の前が大混雑 ( NDTV, 4th May, 2020 )

( Photos : Modern Bazaar, Delhi, 2020 )


 


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